第9話 穴ウサギ in 迷宮

一条邸が警察の訪問を受けた11月より4ヶ月前の7月の中頃

希望ケ丘女子学校 生物資材庫


「先生、ミラコスタで良いですよね」

 西門の横に並ぶプレハブ倉庫の一つ、生物資材庫の中で林真帆が呟いた。

 情事の臭いでむせかえるような室内、真帆は渡邉にもたれかかってスマホをいじっている。

「僕の給料じゃ、出せてチケット代だけなんだけど。」

 真帆の制服のスカートの中へ手を入れると、身動ぎと共に片手で払い除けられる。

「もぅ、今日はもう終わりですってば。チケットもホテルも私が手配します。だから、先生ディズニー行きましょう?」

 抱きついて身体をり寄せてくる。

 渡邉は真帆の整った顔を引き寄せてキスをする。真帆はまんざらでもない風に応えてきた。

 そのままキスを繰り返しながら押し倒すと、スルッと身体をかわして抜け出てしまった。

「先生ほんと…、ね、ディズニー行ったらずっと一緒に居れますから」

「……終業式の次の日? 真帆がそれで良いなら……」

「決まりね! 時間とかはまた連絡します!」

 真帆はそう言って手を振ると、渡邉の返事も待たずに資材庫から去っていった。


 なんなんだろう、この空虚感……。

 渡邉は腰掛けているキャビネットの上で仰向けになる。

 こうなったのも僅か先月からのことだ。

 授業を持っている三年生の中で、一番の美少女、一番の金持ち、林真帆が俺に興味を示して近寄ってきた。

 なんだか良く分からないけれど、女子校ってのはこういうものなのだろうか。

 こっちが抑えて隠していた欲望を向こうから招待するようだった。

 やたら二人きりの時に現れては、中学生なりに誘ってくるので、良いのかなとつい手を出してしまった。

 希望が丘女子校このがっこうに勤めるようになってからの2~3ヶ月、絶対に踏み越えては行けないと思っていた断崖を飛び越えるのは、とても簡単だった。そして、断崖でもなければ、その先にあるのも底無しの地獄でもなんでもなかった。

 渡邉は目を閉じて思い出す。

 温室でくつろいでいた渡邉の至近距離テリトリーに遠慮なく迫ってくる美少女。

 喰ってくれって言ってるんだから、喰ってやればいいんだろう?

 キスして甘い言葉を囁いたら、案の定素直に資材庫についてきて、俺に処女を差し出した。

 あの時は、興奮したものだ。至極簡単に堕ちてきた幸運に。

 財界も動かす大企業の重役の娘で、芸能界にいてもおかしくないくらいの美形。

 それも14歳。

 想像以上に、若い身体は刺激的で、背徳感も合わさってこの上ない快感に溺れられた。

 プレハブ倉庫の硬いキャビネットの上と言うのも、「先生」と喘ぐ声もそれを助長した。

 何度でも、いくらでも、性欲が湧いてきて、無知につけ入った生の感覚ややりたい放題を楽しんだ。

 それから何度となく資材庫に呼び出して、セックスをしたけれど、気付けばすぐに主導権は真帆が握っていた。

 もうゴム無しじゃさせて貰えないし、回数だって、やり方だって、いつも真帆が決めている。

 最近は資材庫でやるのは好まないようで、外出デートに付き合わされる週末におあずけを食うことも増えた。

 まぁ、金は全部向こうが出してくれてるし……

 上手くご機嫌を取っていれぱ欲しいものをプレゼントしてくれるし……

 悪くは……ない……

 目を開いた渡邉は、空虚な目で天井を眺めていた。

 そこには深い緑の葉も、青く澄んだ空もなかった。

 ……何故か、面倒臭くなってくる……

 真帆とのことを考えると無性に閉塞感を覚える時があって、渡邉はそんな時に自分に好意のありそうな生徒にも手を出していた。

 もう断崖もなにもないのだから、抵抗も、勇気もいらない。

 生徒に宿題を出すのと同じように、簡単なことだった。

 島崎はセックス自体が好きじゃないみたいで、正直手を出したのは失敗だったな。

 宮原は従順だから、一番俺への貢献度が高いけど。

 最近は全ての関係が渡邉の閉塞感を強め息苦しくさせる時がある。

 そんな時、全て無かったことにならないかと思ってしまう。

 この関係は、どう顛末をつければ良いのだろう。

 考えると、とてつもない面倒臭さが渡邉を襲うのだった。

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