第三十七話

「副団長が……謀反?」


「どうやら、そうみたいだよ?」


 王都スピリトから南東に位置する地方都市オーステン。

 数ヶ月前、人の手によって起きた魔物のスタンピードによってオーステンは壊滅した。住民の半数以上が死に絶え、建物は倒壊。都市としての機能は完全に失われていた。

 絶望の底に沈んだオーステンではあったが、それでも希望の光が途絶えることはなかった。

 オーステンを救う為に命を賭けて戦った騎士や魔術師、生き残った住民達、隣の都市であるウェステンからの救援隊。彼らの存在によって少しずつではあるが復興は進んでいた。


「事情は詳しく知らないけど、君ら騎士団のナンバーツーが国を裏切ったらしい」


「何故、ハンハーベル副団長が……」


 ルークからすれば寝耳に水。

 現場の叩き上げの騎士で平民の出。堅実な剣と的確な戦術はルークが目指す騎士道の一つであり、いつか直接教えを乞いたいと思っていた。

 

「僕からすればあの人は何処かチグハグだったけど……って結果論か」


 住民達と共に一日の予定を確認していた時に王都から伝令が到着した。普段であれば街に配備されている情報伝達用の魔道具があるのだが、魔物の襲撃により魔道具は破壊されている。それを理由に直接出向いたという訳であった。


「二人の連隊長が急遽帰還したのは……」


「そういうこと。あの二人が今後の騎士団、ましてや国軍の中心になるのは間違いないからね」


 騎士団の連隊長であるシュトルクとブリンクが慌てるように王都へ向かったのはハンハーベルの離反によるものであった。


「騎士団の副団長だけじゃない。国軍の重鎮達も一斉に捕まったらしい。……公爵家が動いたようだね」


「本部まで……しかし、何故このタイミングで?」


「元々証拠は掴んでいたんだと思うよ。……諜報機関は凄腕ばかり。次期公爵様も相当頭がキレるって噂だ」


 周りに聞かれないように小声で話すヨルン。

 国を裏から守りコントロールする公爵家と諜報機関。彼らの存在を知る者達は国の中でも限られている。

 それらの事情を知っている前提で話を進めるヨルンに対してルークは内心苦笑いである。


『知らないとでも思ったか? 貴様らの背後にいる、いや国を裏から支える諜報機関がアステーラ公爵家の裏の顔だ』


 数年前のジークの言葉を思い出すルーク。

 地方都市アピオンで発生した呪い騒動。それを解決する為に公爵家の少女から依頼をされて現地に赴いた。ルーク自身は何も出来ず、最終的に呪いはシエルが祓い、被疑者はジークが捕縛するという形で決着した。当時は何も出来ず悔しく感じてはいたが、同時にジークの良き理解者が増えたと喜んでいた。

 あれから数年。シエルは今何をしているのだろうか。ジークと再会すれば何か面白いことが起きるかもしれないと親友を揶揄う未来を想像してしまう。


「魔術師団にも裏切り者はそれなりにいた。これからどうなることやら……」


「……ヨルンさんも戻るべきでは?」


 やれやれと首を振るヨルン。自分は関係ないような雰囲気を出しているが、ヨルン自身も魔術師団の連隊長である。


「僕? 僕には帰還命令は出てないからね。それに……君達やこの街を放っておく訳にもいかないでしょ? 面倒だけどね……」


 ヨルンが視線を向ける先には瓦礫の撤去を進めるナハルとスキニー。住民達やウェステンの救援隊と共に汗水垂らし頑張っていた。


「――本来なら彼らは全員ここにいなかっただろう。二人が無事だったのはシュトルク連隊長の治癒魔法があったからだ」


「そうですね……」


 派遣されたのはルークとナハルとスキニーの小隊だけであった。ヨルンは偶々居合わせただけで、身体を貫かれた二人を治すことは出来なかった。


「偶然いた凄腕の神官だっけ? その人がいたから住民達は今も生きている」


 シュトルクの話では街に滞在していたマリア教会の神官は魔力を失い倒れていた。シュトルク自身も魔力が枯渇しており、治療出来る状態ではなかったとのことである。そんな折に現れた凄腕の神官とやらが負傷した住民達全員を治した。


「シュトルク連隊長が言うんだから間違いはないだろうけど……大きな借りができたね」


「はい。ヨルンさんに対してもです。僕達だけなら全滅でした」


 拳を強く握るルーク。己の無力さを強く実感した出来事ではあったが、後ろを向いてばかりもいられない。前に進むと決めたのだ。


「それを言うなら僕の故郷のウェステンが無事だったのは彼のおかげだよ。まぁ、お互い助け合って生きていくってことでいいのかな?」


「そうですね。辛いことが沢山ある現実ですが……幸福だってその分あると僕は信じたいです」


 小さな女の子が母親と一緒になって飲み物を配っている。一人一人が掴んだ命を懸命に未来へ繋げようとしていた。


「よし、じゃあほどほどに頑張ろうかな」


「……しっかり頑張りましょう」


 話を終えルークとヨルンも復興作業へと加わっていく。


「――凄腕の神官ね。さすがに考えすぎかな?」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「――と、このような情勢です。今の国内は」


 王室特別区に位置するアステーラ公爵邸。

 次期公爵であり諜報機関の長であるアクトルと彼の部下であるアーロン、そして傍から見れば立ち位置不明のジーク。執務室に集まった彼らは今後について話し合いをしていた。


「それにしても……良いお茶だねこれは。来たかいがあったよ」


「それはついでです。目的は別のはずですが?」


「おい、何だこれは? コーヒーを出せ」


「ミスターアクトル殿。事前に好みを把握しておくのもオーガナイザーの務めだよ?」


「⁉︎ これは! お茶会では! ありません! 何を当たり前のように寛いでいるのですか!」


 来客用のテーブルで優雅にお茶を楽しむアーロンに紅茶を見て顔を顰めるジーク。公爵家の使用人はジークの為にコーヒーを追加で用意していた。


「貴方達の問題行動は相変わらず目に余ります! 大体何ですかこの前のアレは⁉︎ 何故公爵家の邸にバラが大量に届くのです⁉︎」


 先日、公爵家に届いた沢山の黄色いバラ。初めは粋なことをすると感心していたが、終わりの見えないバラの襲撃に恐怖を感じたアクトルと公爵家の関係者達。

 差出人がアーロンとジークの連名であったことから、またいつものやつかと頭痛を起こしていた。余談ではあるがジークは何も知らなかった。


「落ち着きたまえミスターアクトル殿。……今更かもしれないが良かったのかい?」


「…………構いませんよ。いずれは捕らえる予定でしたからね。この機会に一掃出来たのは好都合です」


 ハンハーベル達だけではなく国軍の重鎮達もマークしていた諜報機関。不正の証拠は既に押さえていたことから後はタイミングの問題だったのだ。


「国の、世界の仕組みが変えられようとしている状況下で足を引っ張るような連中は不要です」


「ふむ、彼らのラストストーリーということだね」


「……よく分かりませんが自業自得でしょう。残された者達は大変でしょうが」


 国軍本部の重鎮から騎士団の副団長に魔術師団の一員。多くの者が離反し不正を働いた。国軍全体として組織の立て直しは急務となっていた。


「これからについてですが……局面は大きく変わったと判断していいでしょう」


 敵対勢力との『鍵』を巡る攻防。アピオンから始まった戦いは『スペアライズ』の存在によって一転した。


「わざわざ『鍵』の継承者を集める必要はなくなりました。予備が手に入り次第敵は動くはずです」


「――決戦の地はラギアス領になる、ということだね。しかし、『鍵』が揃うだけでは足りないのでは?」


 アーロンの問いかけにそうですと頷くアクトル。


「『異界の門』までの道を示す『導き手』が必要です。その存在がいなければ、ただ集まっただけに過ぎません」


「その時は皆でパーティでもするかい?」


「貴方一人で勝手にどうぞ。……そして『導き手』が現れれば『番人』が動くことになる」


 焼き菓子を静かに味わうジーク。アクトルが視線を向けるが特に反応はない。


「『導き手』が今後のキーとなりそうだね。次はそれの捜索かな?」


「――賢者と共に行動している白髪の女。奴が『導き手』だ」


 断言するジーク。コーヒーカップは空になっていた。


「いいのですか? それを素直に話して。――私はまた同じをするかもしれませんよ。公爵家は常に最善を望んでいます」


「どうでもいい。アレが死のうが俺には関係ない」


 心底興味が無さそうに答えるジーク。空になったコーヒーカップを眺めている。


「結局は同じだ。アレが死ねば次の者へ『導き手』は継承される。……この腐りきった仕組みが無くなることはない。永遠にな」


 各継承者達が命を落としたとしても他の者へ引き継がれる。『鍵』や『導き手』を殺したところでラギアスの役割が消えることはないのだ。


「問題を先送りにすることが貴様らの言う最善なら好きにするんだな」


「……ブレませんね貴方は」


 二年前の選択。不要な存在とまで言うつもりはないが間違っていたとも思わないアクトル。

 国の為、公爵家のことを考えれば決して悪手ではなかった。あのままのうのうと生きたところで結末は変わらず、より酷い最期を迎えていたかもしれない。『鍵』や神聖術の覚醒は結果論でしかないのだ。

 ただ、ジークを見てアクトルは思う。この口の悪い貴族のように慧眼に優れ、力があれば別の道を義妹シエルに示すことが出来たのではないかと。自分のように公爵家に縛られることなく自由に生きる道もあったのではないかと。

 義妹とこの話題について会話したことは一度もなかった。お互い無意識に避けてきたのかもしれない。


「大丈夫さミスターアクトル殿」


「……何の話です?」


「――今の彼女はとても楽しそうだ。きっと後悔はないし恨みもない。勝手な言い分だが貴方の言う最善が今なのだと私は思うよ」


 使用人から紅茶を貰いトレビアンと呟くアーロン。既に何杯も御代わりするアーロンを見てジークは変人を見るような目を向けていた。


「何を言っているのやら……。話が逸れましたね。これからについてですが、下手に動く必要はないでしょう」


 敵の目的は『鍵』から本願へと変わりつつある。『導き手』が必要なのも事実ではあるが、行き着く先は決まっている。


「闇雲に敵を探す必要はありません。彼らの目的地はラギアス領なのですから」


「そこで待ち構えてアタック! というわけだね。シンプルで分かりやすいじゃないか」


 古代の魔法技術で神出鬼没に動き回り権謀術数を巡らせる敵対組織。こちらに無い幾つもの手札を持ち、常に後手に回ることを強いられてきた。


「一気に叩いて終わらせます」


「バカなのか貴様は? 今動かないでどうする?」


「……では貴方の意見は?」


 空気を読むように使用人が執務室から退室する。気配が完全に消えたことを確認し口を開くジーク。


「奴らの一番の障害は剣聖だろうが。それを放置する理由があるか?」


「容態からしてもう長くはないはずです。それこそ放置すればそのうち……と考えるのでは?」


「貴様の様な根暗ならそうかもしれんが……刺せる時に止めを刺す。――少なくとも俺なら殺る」

 

 確信めいたジークの発言。未来を見てきたかのような言葉にアクトルは何故か不安を覚える。


「今敵が動くのは『鍵』の目処が立ったから、ですか。シエルの存在と目的がバレた可能性もありますか……」


「ふん、貴様の報告を聞く限りあのマヌケ共はちんたらしているようだからな」


 ジークの考えによりシエルとセレンを賢者達の元に向かわせたアクトル。先日合流したと諜報機関の人間から連絡が入っていた。


「――剣聖に付けている監視はもう外せ。奴らを犬死させたくないならな。……俺が行く」


「マイフレンド。いつでも私は動けるが?」


「貴様は根暗とパーティとやらでもしておくんだな。……敵の代替案に貴様らも成り得ることを忘れるな」


 席を立つジーク。魔力の流れを感じた途端に煙のように消えてしまう。賢者オリジナルの転移魔法を当たり前のように使うジーク。執務室にいきなり現れた時は驚いたものである。


「全く……彼はいつも説明が足りません。貴方もそうは思いませんか?」


「問題ないのさ。我々はソウルで繋がっているからね」


 アクトルが手を叩くと諜報機関の人間達が集まる。ジークの発言を基に方針を変える必要がある。


「魔道具で各地の部隊に帰還するよう連絡を。邸や王族警護を万全にします。アーロン、貴方は……」


「レッツパーティ?」


「……病院へ行きなさい」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 晴れた青空の下、街道を進む豪華な馬車。シエル達がレント領を訪れた時に使っていた馬車に同乗させてもらったヴァン達。一行はマスフェルトがいるフィーニス領を目指して進んでいた。


「なぁ、ホントにこのまま突っ切るのかよ?」


「時間は限られているわ。少しでも早く進むならここを通り抜ける必要があるのよ」


 御者台に座るヴァンは街道を逸れた先にある樹海に目を向ける。広大な範囲に繁茂する密林からなるヴェルデ樹海。日がさすことのない深い樹海には多くの魔物が生息しており、大気に満ちる魔力は他と違いとても濃い。

 

 フリーク商会の一員として国内の各所を巡ってきたヴァンではあるが、時間短縮という理由で危険な道を選択したことは一度もない。危険を冒してまで得られるものは余りにも少なく無意味に近いからだ。急ぐ必要があるなら事前に計画を練り行動する。商会のメンバーは常に手堅い選択と判断をしてきた。


「記録だと一応道はあるって話よ」


「そうだけど……魔物が俺達を見過ごすとは思えないだろ」


 馬車の窓を開けて会話をするセレン。フィーニス領までの道順を決めたのはこの大人びた女性であった。


「これだけの人数がいるなら魔物も十分対処可能だと思うのだけれど。……剣聖のお孫さん、あなたは不安かしら?」


「戦うだけなら問題ねぇけどな。……馬車を操作しながらってのは初めてだ」


 御者はこれまでの経験から特に問題はない。六人全員が馬車に乗れる広さのため、他に御者を雇うという選択肢もあったが、何となく気恥ずかしくなりヴァン自らが御者を名乗り出ていた。


「ならあなたは御者の役割を全うすればいいのよ。私達で魔物はどうにかするわ」


 グランツの卓越した魔法技術にエリスの攻防一体の補助魔法。アトリの暴力的なまでの魔法は言わずもがな。そこにシエルの神聖術と護衛であるセレンが加わる。

 お互いの実力は未知数ではあるが、どうにかなるという考えが自然と頭に浮かぶヴァン。初めて会ったはずなのに何処か懐かしいと感じるのは気のせいなのだろうか。


「二丁の魔導銃だったか? 珍しい武器を使えるんだな」


「遠距離攻撃にはもってこいよ。……二年前までは近距離専門だったのだけれどね」


「? とにかく進むしかないか」


 視界に入るヴェルデ樹海は段々と大きくなる。一度足を踏み入れたら引き返すことは難しいだろう。手綱を握る手に力が入る。


 ヴァンが集中していると別の窓が開きそこから顔を出すエリスとアトリ。ニヤニヤしながら声をかけてくる。


「あらあら、ヴァン。どうしちゃったの? もう、お年頃なんだから……」


「……頑張れヴァン。骨は拾う、多分」


「だ、だから違うって言ってるだろッ⁉︎ 文句あるなら御者を変われよ!」


 囃し立てるエリスとアトリ。無表情で揶揄ってくるアトリを見ると余計に腹立たしく感じる。


「ごめんなさい。私の未来は決まっているのよ」


「⁉︎ 何のごめんなさいだよ⁉︎ お前ら後で覚えとけよ!」


 フィーニス領を目指して一行の馬車は進んでゆく。

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