第三十五話

 王国の極秘案件、古代の遺物『スペアライズ』が敵対組織に強奪される事件が発生した。これにより事情を知る者達には緊張が走り、事情を知らずとも感じるピリついた空気に不安を抱く者も多く存在した。


「――というのが事の顛末となります。ご理解頂けましたか? イゾサール卿?」


 表の案件は主に騎士団が取り締まるが今回のような裏に関する内容については彼らが動くことになる。ここ数日、働き詰めである銀を受け継ぐ青年はイゾサール家を訪れていた。


「あ、アクトル様……私には何が何だか……」


 アクトルの真正面に座るイゾサール侯爵家の当主ウィシュカ。顔を青くしたウィシュカは分かりやすく狼狽えていた。


 ウィシュカが書類の整理をしていたところに突然訪ねてきたアクトルとその護衛達。裏で暗躍している諜報機関の姿もあり、恥を忘れ口をあんぐりと開けていた。


 アクトルの指示により諜報機関の人間が改めて事情を説明する。灰色の装束に身を包み、顔を完全に覆う姿は諜報機関の証である。


「イゾサール卿。貴方の子息であるクロテッド・イゾサールには事件の実行犯として数々の容疑がかけられている」


「傷害、殺人未遂、器物損壊、脅迫、窃盗……キリがない」


「言葉の、意味は理解出来る。しかし、何故クロテッドが……」


「それを確認する為に我々は来ているんですよ」


 淡々と事実を述べる諜報員にアクトル。

 ウィシュカが視線をずらせば別の諜報員達がクロテッドの私物を押収している姿が目に入る。次男に当たるツァイティの私物も同様に持ち出されていた。


「クロテッドの聴取は進めていますが…………難航しているので他から進めています。ツァイティの行方も分かっていませんからね」


「アクトル様。私は本当に何も知らないのです。あの二人が国に仇なすなど……」


 アーロンが公爵家から何らかの指示を受けていたことは予想していたが、守護を命じられた古代の遺物をあろうことか兄であるクロテッドが強奪するなど誰が想像出来たのか。しかも、平民の幼児を人質に取るという悪逆非道な行いをした挙句、ラギアスにコテンパンにされるという情けない最期。罪を重ね恥を晒したクロテッドは一体何をしたかったのか理解に苦しむ。


「我々はある疑念を抱いています。イゾサール侯爵家が謀反を企てているのではないかと」


「滅相もないです! イゾサールは国の為にこれまで……」


「それはこれからの行動で示してください。本来であればイゾサール家は即刻取り潰し。クロテッドも処刑されていたでしょう」


 人目を憚ることなく頭を下げ釈明するウィシュカ。公爵家に見限られたらイゾサールは終わる。何としてでもという思いで忠誠を誓う。


「幸いにも後継はいるのですから――次はありませんよ」


「はい、必ずや……」


「…………この状況でも彼の名は出ませんか」


 冷めた目で小さく呟くアクトル。その声がウィシュカに届くことはなかった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ディアバレト王国の王都スピリトから離れた位置に存在する国境地帯。国を隔てる大河に掛けられた大橋が国境であり検問所の役割を担っている。

 

 隣国であるリアリズ王国との関係性は決して良好とは言えない。二年前に別の国境地帯で発生した小競り合いは両国にとっても忘れ難い出来事。当時の状況を再現するかのように武装した者達が向き合っていた。


「其方らは……銀を守護する者か?」


「違う。銀は既に朽ち果てた」


 何かの合言葉だったのか、固く握手を交わす両者。リアリズ王国の兵士を率いる指揮官と見られる男性、そしてディアバレト王国騎士団の副団長を務めるハンハーベル・プラント。集団亡命の瞬間であった。


「ハンバーベル殿、そして他の者達も。我らリアリズは全員を歓迎する」


「その言葉を聞け安心した。……手土産は用意している、多少予定と変わってはいるが」


 表情には出さず内心苦々しく思うハンバーベル。

 騎士団から持ち出した機密文書を複数を用意していたのだが、それが何者かによって盗まれていることを最近確認した。……もっとも犯人の目星は既についてはいた。社交界での発言からして公爵家が絡んでいるのは間違いない。


 処断されるのは時間の問題だと戦々恐々していた矢先に発生したイゾサール家の事件。公爵家が対応に追われている間にこれ幸いと仲間を集め行動を起こした。結果的には追ってもなく簡単に国境までたどり着いた。

 上手く行き過ぎている気もするが、それだけ今回の問題は重要な案件だったのだろうと、イゾサールの無能貴族に感謝していた。


「では、そろそろ……案内するので付いてきて欲しい」


「分かった」


 橋を越えてしまえばもう関係ない。どれだけディアバレトに国力があろうが国外にまで干渉は出来ない。

 長年募らせてきた復讐の炎で憎き王族達を焼き殺す。その為にハンバーベルは騎士を続けてきたのだ。背後に続く者達も立場や境遇は違うが志は同じであった。


「何やらディアバレトで問題が起きているようですな?」


「無能な連中には困ったものだ……」


「全くもってその通りだな。貴様らの為に仕事が増えた」


「「⁉︎」」


 突如現れた大河から伸びる氷柱。橋よりも高い位置からハンハーベル達を見下ろす黒髪の青年。ラギアスの悪魔が冷めた目で裏切り者達を見つめていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「な、何者だ⁉︎」


「バカなのか貴様は。この状況でただの通行人だと思うのか?」


 嘲笑うジーク。リアリズの兵士達は警戒の表情を浮かべているが、ディアバレトの者達は顔を青くしていた。


「何故……ラギアスがここにいる?」


「思い当たる節はあるんだろう?」


 笑みを浮かべるジークを睨むハンハーベル。


「……しくじったようだなハンハーベル殿」


「問題あるまい。この場にいる全員でかかれば」


 ハンハーベルが剣を抜きそれに続くディアバレトの亡命者達。彼らは一人一人が理解しているのだ。この亡命に失敗すれば未来は無いと。


「若い貴族、黒髪。……そうか、こいつがジーク・ラギアスか……」


「何だ? また懲りずに戦うのか? ――この俺と」


「お前のことは軍内で既に共有済みだ。…………総員撤退! 速やかに帰還せよッ!」


 指揮官の号令により一斉に駆け出すリアリズの兵士達。脇目も振らず橋を進みリアリズの方へと向かってゆく。その様子を見てディアバレトの者達は呆けていた。


「は?……ど、どういうつもりだ⁉︎」


「その悪魔に目を付けられた時点で其方は終わっている。こちらが全滅をしてまでお前達を迎え入れるメリットはない」


 指揮官も颯爽とその場を走り去る。結局残ったのはジーク含めディアバレトの人間だけであった。


 氷柱から橋へ飛び移るジーク。心なしかジーク自身も困惑しているように見える。


「……何をしたいんだ貴様らは?」


「哀れみの目で見るのはやめろ。彼奴等を見逃していいのか?」


「知るか。陰険は貴様らの処分をご所望だ」


 陰険が何を指しているのか亡命者達は直ぐに理解したのか、青くしていた顔を真っ青にしている。


「公爵家の犬が良い気になりよって」


「その犬に処分される貴様らはさぞかし大層なご身分なんだろうな」


 ハンハーベルの指示により武器を構え魔法の準備をする者達。ガクガクと震えながらも指示に従う彼ら。それしか道は残されていないのだ。


「かかれ! ラギアスの息の根を止めろッ!」


 叫びながらジークへ突っ込み魔法を放つ亡命者達。その彼らを尻目に少しずつ後退するハンハーベル。そのまま反転し駆け出す。

 ジークの戦闘は社交界で一度目にしている。長年騎士を続けてきた経験から数で実力差を埋めることは不可能だと初めから判断していたのだ。


「――おい、何をしている?」


「⁉︎」


 背後から伝わる殺気に自然と足が止まる。嫌な予感を抱きながら振り返ると悪夢のような光景が広がっていた。


「馬鹿な……これだけの数を一瞬で」


 一人一人が意識を失い倒れ伏している。死んではいないようだが身動きは取れそうにない。残っているのはハンハーベルのみである。


「どいつもこいつも似たような戯言ばかりだな。貴様らが等しくゴミ屑なのは初めから分かっていたことだろうが」


「……何故だ? 何故裏切りが分かった? 邸に仕掛けたあの厳重な守りをどうやって突破した?」


「笑わせるなよ、あれが厳重だと? 何でさっさと行動しなかったんだ貴様は? 何年も無駄に生きているなら、己の無能さを理解しているだろうに」


「――そうかお前か。私の邸に土足で侵入した賊は」


 沸々と怒りが込み上げてくる。時間をかけ計画してきた復讐が二十歳にも届かない若者によって潰される。しかもそれが、よりにもよってラギアスなど……認めるわけにはいかない。


「疑問に思わなかったのか? ――貴様は泳がされていたんだよ。まぁ……大した餌にはならなかったようだがな」


 意識を失った者たちを一瞥し溜息をつくジーク。これだけかと呟いている。


「何も知らぬ金食いのラギアスが! 私がどれだけ国に尽くしてきたかお前に分かるかッ⁉︎」


「知るかよ。亡命を選択する程度の働きしかしなかったんだろ? いや、出来なかったのか……」


「黙れ! クソ餓鬼がッ! 私が国を支えてきたのだッ! 何年も前からずっと! お前達がのうのうと生きてこられたのは私がいたからだ! …………だが、あろうことかこの国の王族達は……」


 ハンハーベルの脳裏に浮かぶ家族の姿。最愛の妻と二人の我が子達。記憶の中の家族は見た目が変わることなくずっと同じ姿である。


「私は神聖術で救ってもらうよう王家に懇願した。馬車での移動中に魔物に襲われ重体となった家族を治療してくれるようにと……」


 偶然居合わせたマリア教会の神官によって家族は一命を取り留めた。だが残された時間は非常に短かった。遠征先から戻ってきたハンハーベルが見たのは変わり果てた家族の姿であった。


「身内や上位貴族、国にとって都合の良い存在にしか奴らは神聖術を使わない。この意味が分かるか若造?」


 ハンハーベルの懇願は聞き入れられることはなかった。命には優先順位がある。そう短く告げられただけであった。


「小さな命よりも、国の、自らが享受する富の方が大事なのだ。神の奇跡を政治に悪用する大罪人だディアバレトは! そんなことが許されるのか⁉︎」


 子供が死に妻も追うように息を引き取った。碌に会話も出来ずハンハーベルの存在を認識することなく逝ってしまった。


「恨みを晴らす。その為の亡命か?」


「そうだ! その為の復讐だ! 長年心を殺して国の為に戦ってきてやったのだ! それの何が悪い? 因果応報であり、これは正義だ!」


 復讐に身を燃やし奪われた家族に報いる為に耐えてきた。気付けば歳を取り騎士団の副団長にまで昇進していた。


「それなのに……何故今だったのだ? 何故銀の聖女のような存在がもっと早く現れなかった? 何故私の家族を救ってくれなかったのだ……」


 生まれや地位に立場。それら関係なく神聖術を施す銀の聖女。

 王族の血を引く人間の勝手を国が許すわけがない。つまり、容認されているということになる。――ハンハーベルの家族は見捨てたのに。


「そこで倒れている同志には軍人もいるが、武に無縁な民間人も含まれている。……それをお前は、容赦なく蹴散らした。満足したか? 楽しかったか? 力の無い者から全てを奪い見下すのは。――お前も王家や公爵家と同じだ。無力な私達から……何もかもを奪っていく悪魔だ」


 銀の聖女の背後関係は知っていた。

 国内の情勢や政治的な理由から消される事が決まっていた哀れな少女。それがアピオンの一件を境に銀の聖女と呼ばれ国中に認知されるようになった。――その裏にはラギアスとの接触があったという話だった。


「そうか。それで……不幸自慢はもう終わりか?」


「――なん、だと?」


「貴様の過去なぞ興味がない。家族が死んだ。王家の救いはなかった。だからどうした? それと裏切りに何の関係がある?」


「お、お前に人の心は無いのか⁉︎」


「ハッ、笑わせるなよ。金食いのラギアスに同情されながら慰めて欲しかったのか? 気色悪い」


 心底嫌そうな表情をするジーク。


「貴様が復讐の為に王家を狙うなら勝手にしろ。だがな……貴様が復讐の為に切り捨てた命もあったよな?」


「――何の話だ?」


「惚けるなよ。二年前の王都襲撃に入団試験。それを手引きしたのは貴様だろうが。――最近あった地方都市の件も貴様は知りながら報告を握り潰していたな?」


「……」


「武に無縁な民間人? 無力な者から全てを奪う? それは――貴様の言う大罪人と何が違うんだ?」


 ジークの青い瞳が輝いている。膨大な魔力が溢れ出ていた。


「貴様は貴様自身が忌み嫌う王家と何も変わりはしない。ただの身勝手なゴミ屑だ」


「黙れ黙れ黙れッ! 世間知らずの若造がッ! お前さえいなければ全てが上手くいったのだ! 私は何も間違えてはいない! あれは必要な犠牲だ!」


「なら貴様も必要な犠牲だな。良かったな」


 ゆっくりとハンハーベルへ向かってくるジーク。悪魔の口元に笑みが浮かぶ。


「慣れないはするべきではなかったな」


「黙れぇぇぇ! 世界の異分子がぁぁぁあ!」


 剣を抜き渾身の一撃を放つが対象を断ち切ることは出来なかった。姿が一瞬消えたジークが再び目前に現れ、重い拳を顔面にもらい吹き飛ぶ。ここでハンハーベルの意識は途絶えることになった。


「ふん、これでアイツも多少は動きやすくなるか。……まぁ俺には関係ないが」


 滔滔と流れる大河の音がジークの呟きを消してしまう。


「……こいつらを俺が運ぶのか?」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王室特別区に位置するアステーラ公爵家の邸。職務の都合で何度も足を運んだ、ある意味馴染みのある場所をアーロンは訪れていた。


(私がここに来るのもこれが最後か……)


 件の事件により重傷を負ったアーロンではあったが、マリア教会の神官であるバートの存在もあり完全に回復していた。

 自身の休養とイゾサール家の問題もありしばらく謹慎していたのだ。


 事の顛末は諜報機関の人間から報告を受けているアーロン。守護を命じられた『スペアライズ』は敵の手に落ち、クロテッドは数々の容疑により捕縛。次兄であるツァイティの行方は依然不明なままであった。


(イゾサール家の存続が認められただけでも奇跡。ただ私は……)


 自らの失態により国だけではなく多方面に被害を出した今回の事件。誰かが何らかの責任を取る必要がある。それをアーロンは理解しており、それが自分自身であると考えている。どのような罰でも受ける覚悟はあるが、唯一残念に思うのはこれまで出来た繋がりを失う事であった。


 執務室で淡々と仕事を続ける次期公爵であるアクトル。今思えばアクトルに声をかけられた時から全てが始まった。その出会いがあったからこそ自分を再び見つけることが出来たのだ。


「仕事続きというのも大変ですね……」


 イゾサール家の問題や騎士団副団長の背任に亡命未遂。有力貴族の謀反に騎士団重鎮の裏切りは国の今後に大きく関わる事態。国を裏から支えるアクトル達には頭の痛い問題である。


「その様子からして身体は問題なさそうですね」


「……はい。この度はご迷惑をおかけしました」


「全くですよ。……まあ、毎度の事ではありますが」


 いつもと同じアクトルの嫌味。この忙しい時にも変わらない様子に少し安堵するアーロン。これからは嫌味を聞くどころか会話すら無くなるのだろう。それを寂しく感じていた。


「他の者から話は聞いているとは思いますが、何か質問はありますか?」


「……では、一点だけ。兄は、クロテッドの様子はどうですか?」


「……彼は牢屋にいます。傷は完治しているはずなのに痛みで転げ回るという不審行動を繰り返していますよ」


 まともに聴取が出来ず大変だと嘆くアクトル。時折、悪魔が来ると叫び錯乱状態になるとのことであった。


「本来であれば極刑ですが、有益な情報源となる点、イゾサール家のこれまでの貢献から寛大な処分となりました」


「そうですか……」


 兄達に対する想いは複雑である。それでも割り切らなければ、今自分に出来ることを続けなければならない。それが贖罪に繋がると信じて。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか……」


「――はい。どのような罰もお受けします」


「アーロン・イゾサール。貴方は古代の遺物『スペアライズ』の守護を命じられていました。――しかしながら、賊に襲われ対象を奪われました。最終的に実行犯は捕まりましたが『スペアライズ』は今も行方不明。……事実誤認はありますか?」


「いえ、ありません」


 一つの顔を捨てるだけ。近衛師団の職務に専念する今まで通りの生活に戻るだけ。それなのに……何故こうも悲しく感じているのだろうか。


(ああ、そうか。私は…………楽しかったのか)


 裏を生きる者として暗躍する日々。無理難題を押し付けてくる上司に碌に会話をしない同僚。そして――誰よりも口が悪く、誰よりも傲慢で強くて優しい自称の友人。

 近衛師団とはまた違う、彼らと過ごす日々を楽しく感じていたのだ。


(失ってから気付くこと。本だけにある世界かと思っていたが……私にもあったのか)


 アクトルはもちろん、ジークとの関係も解消となる。

 ……これで本当に最後。


「貴方へ処分を下します。――アーロン・イゾサール。これからも国の為に尽力しなさい。以上」


「――えっ?」


 アーロンから視線を外し書類の確認に移るアクトル。


「アクトル様……? 一体何を?」


「聞こえませんでしたか? これまで通り働きなさい」


「しかし、私は……」


 完璧主義なアクトルが言い間違いなどするはずがない。耳を駄目にしてしまったかと身体の不調を疑うアーロン。


「いいですか? 貴方のような変人を野放しにして、一体誰が貴方の監視をすると言うのです?」


「何を言って……」


「大体、こちらには手が付けられない問題児がいるんですよ? 二人纏めて監視をする方が効率的なんです」  


 どうやら耳の不調ではないらしい。アクトルがおかしくなってしまったようだ。


「コホン! 私は忙しいんですよ。早く出ていってください」


 アクトルが合図すると護衛の人間が現れアーロンを連れ出す。そのまま邸の外へ追い出されてしまった。


(何が、何だか……)


 状況を理解出来ず呆けるアーロン。邸に戻るわけにもいかず歩き出す。これからどうすればいいのだろうか。


「おい、何をしている」


「⁉︎」


 聞き覚えのある声に他人を見下す不遜な態度。王国中を探し回ってもここまで傍若無人な人間はいないだろう。アーロンが振り返ればいつもと同じ不機嫌そうな表情をしたジークがいた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「どうして……ここに」


「俺が何処で何をしようが貴様には関係ない」


 合わせる顔がない。

 アーロンが療養中、忙しく動き回っていたことは耳に入ってはいたが詳細は聞かされていない。自分の失態に対する尻拭いをしていたのであれば尚更顔向け出来ない。


「何だその陰気臭い面は? 頭でも打って正気に戻ったか?」


「……私を、責めないのか?」


 普段と変わることのない態度に逆に不安になる。

 取り返しのつかないことを自分はしてしまった。下手に気を使われるよりも糾弾される方がまだ楽だった。


「訳の分からん奴だな。本当にイカれたのか?」


「私はッ! 君の期待に応えることが出来なかった。託された物を私情を挟んでふいにしたんだ! どうして君は私を責めない⁉︎ 何故非難しないんだ⁉︎」


 何年も前から変わることのなかった心が荒波のように激しく乱れる。


「自惚れるなよ。俺は俺にしか期待せん。貴様が何をしでかそうが関係ない」


「……新たな『鍵』が創られれば今の継承者達を集める必要は無くなる。そうなれば、ラギアスである君の両親はもちろん、下手をすれば君自身もどうなるか分からないんだぞ……」


「『鍵』も『番人』も関係ない。邪魔をする奴らは叩き潰す。俺は俺の好きなようにやる」


 どこまでも強く真っ直ぐなジーク。自分では変えることの出来なかった兄をジークの強さがあれば変えることが出来たのか。

 一人先に歩き出すジーク。その背中はとても遠く感じた。


「……何を呆けている貴様。さっさと来い」


「え……」


「使い潰すと言ったことをもう忘れたのか? ……あの陰険に余計な仕事を押し付けられている。貴様も巻き添えだ」


 終わってしまった関係。あの日が最後だと思っていた、否思い込んでいた。

 本当に大切なものはそう簡単には壊れはしない。本に書いていた話。空想上の物語だと遠い星空を眺めるような感覚で捉えていた。


「私も……共に歩んでも……良いのだろうか」


「バカなのか貴様は。何をしようがそいつの勝手だ」


 兄達との関係は断ち切れてしまったが、隣を歩く友は確かに存在している。――アーロン・イゾサールとして見てくれる友が。


(私は本当に愚か者だ。――ならばこれからは……友の為に剣を振ろう)


 イゾサールの為でなければ国の為でもない。必要だと言ってくれたジークの為に……。


 道の先に破滅が待っていたとしても、歩みを止めることはしない。どのような結末になったとしても最後まで進み続ける。それで命を落とすなら本望である。

 アーロンが生まれた意味は目の前の友と巡り会うためだったのだから。


 先を行くジークに走って追いつき隣に並ぶアーロン。


「マイフレンド! これは極秘情報なのだが……ミスターアクトル殿のバースデーが近いらしい。盛大に祝うのはどうだい?」


「知るか。貴様で勝手にやれ」


「百本の……いや、千本の、否! 国中に存在する黄色い薔薇で公爵家にアタックをしようではないか!」


 二人の戦いはこれからも続いてゆく。




第三章 悪魔の剣 終

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