第十九話
「ここが最奥のようですね……」
陽が届くことのない森の奥、異常な程の魔力で満ちたダンジョンの最深部にルーク達は到着していた。ルークを始め、スキニーやナハル、そしてヨルン。誰一人欠けることなくここまでたどり着いていた。
「何だよ、ありゃ……」
スキニーがとある物体を見上げながら困惑の表情を浮かべている。森に似つかわしくない金属製の物体、杭のような見た目をした物が地中深くに突き刺さっていた。
「かなり大きいな。どうやってこんな物を……」
杭を覆うように木々や蔦が生い茂り、球体状の巨大なオブジェが形成されている。
「天然のドームに杭が刺さってるみたいだね。ま、実際は逆なんだろうけど」
外から見てもかなりの広さがあることを窺える。異変の原因と思われる杭に近付くにはドームの内部に入るしかなさそうだが、入口と思われる場所は見当たらない。
「あれを壊すのか? そもそもどうやって入るんだよ」
「セオリー通りなら火属性魔法だが」
ダンジョンとはいえ元は森林地帯。下手に魔法を使えば森林火災に繋がる恐れがあることから、道中は火属性魔法の使用を制限してきた。
「時間も無いことだし手段を選んではられないでしょ? いつ魔物が溢れ出してもおかしくないよ、この魔力の濃さは……」
膨大な魔力の海に沈んでいるような感覚。ヨルンが言うように魔物に対する危惧もそうだが、魔力の濃い環境に長居することも得策ではなかった。人が内包出来る魔力量には限りがあるからだ。
「よし、じゃあ…………なるほどね」
ヨルンが魔力を練り上げ魔法を放とうした瞬間、木々や蔦が不自然に動き出し、固く閉じられていた天然のドームに入口が現れる。
「お! さすがは魔術師団の連隊長様だな!」
「そんな訳ないでしょ。僕は何もしてないよ」
突然の変化に警戒するルーク達。たがいくら待っても何かが起きる様子はなく、辺りは静まり返っていた。
「誘われているようですね……入ってこいと」
「そうみたいだね。さて、どうしようか」
罠である可能性は高いが、件の杭に近付く為には中に入る必要がある。取れる手段は限られていた。
「行きましょう。入って中を確かめるべきです」
「だよね、やっぱり……じゃあ行きますか」
ルーク達は異変の中心、ダンジョンの最奥へと進んでゆく。――訪れる悲劇へと向かって。
✳︎✳︎✳︎✳︎
天然のドーム、見方によっては要塞とも取れる木蔦で形成された空間。天井は枝葉が折り重なるように覆われている。
ダンジョンの最深部。最奥地には巨大な杭が地面に刺さり、異常な程の魔力を放出している。その様子を興味深そうに眺める一人の青年に目が向く。
「このような場所に人……どうやら決まりのようだな」
「オイッ、テメェ! 覚悟は出来てんのかオラッ!」
「……君、本当に騎士? チンピラの方が向いてるんじゃない?」
各々がリアクションをする中、ルークは注意深く青年を観察する。立ち振る舞いや身に着けた衣服から学者と思われる人物であることが窺える。だが、ルークが気になった点は他にあった。
「あの服の刺繍は確か……」
「よく気付いたね。あれは国の公的組織、考古学調査機関の制服だね」
考古学調査機関。名の通り考古学を中心に日々調査や研究を行なっている組織であり、その調査対象はダンジョンから古代魔法、過去の歴史や遺物など多岐に渡る。
異変で発生した、ダンジョン調査の名目でこの場に赴いているのであれば適任と言える人物ではあるが。
「騒がしいな。無知からくるその傲慢さ。猿の方がマシだとは思わないか?」
「何だとッ⁉︎ 誰が猿以下だって⁉︎」
憤るスキニーに反応することなく、背を向けていた人物が振り返る。クッキリとした眉に切れ長の目からは知的な印象を受ける。
「何処かで見たとは思っていたけど……」
「そうなのか? 俺には全く記憶にないが……『鍵』を除いてな」
ルークを見ながら意味深に語る青年。その切れ長の目にはルークのみが映っている。
「連隊長この人物は一体……」
「彼はロヴィンズ・クルトール。考古学調査機関の副所長を務めている……はずなんだけどね」
ヨルンとナハルの会話に反応することなくルークの観察を続けるロヴィンズ。取り出した手帳を時折見ながら何かを書き記している。
「何か変な奴だな……」
「変わり者が多いんだよ。……一応決まりだから聞くけど、ここで何をしている?」
「分からないか? 人工ダンジョンの精製と維持、その他実験だ」
「あっさり認めやがった」
悪びれることなく淡々と答えるロヴィンズ。騎士や魔術師を前にしても慌てる様子はない。
「貴方の立場なら、やっていることに対する違法性を理解出来るはずだ。地脈に干渉してダンジョンを生み出す。それは国際法違反の重罪だ」
「人が作り出した決まりではそうかもしれない。だが、世界は生まれ変わる」
「……ほらね、やっぱり変人だ」
会話を続けながら手帳とルークを見比べるロヴィンズ。一通りの確認を終えたのかパタンと手帳を閉じる。
「記録通り、ルーク・ハルトマンで間違いはないようだな。だが見た目だけで『鍵』の持ち主と判別は難しい」
「……何のことかは分かりませんが、何故このようなことを? 近くには街もあるんですよ」
「理由は二つ。『鍵』の継承者であるお前をこの場へ誘導する為。そして不要なゴミを処分する為だ」
剣を抜くルーク。それにスキニー、ナハルが続く。
「人の手によってダンジョンを生み出す。長年の課題だったが、ラギアス領に現れたダンジョンは良い研究材料となった」
突然出たラギアス領という言葉に反応を示すルーク。自然と剣に力が入る。
「考古学調査機関主体の調査。賢者からの警告を無視して調査に踏み込んだことには違和感を感じていたけど、裏で色々と悪さをしていたようだね」
「賢者……旧時代の異物。早めに処分しておくべきだったな。おかげで『代替案』の実行に支障が出ている。剣聖は時間の問題か」
大地に突き刺さっている杭に手をかざすロヴィンズ。その手には術式が浮かび上がり杭にも同じ物が現れる。その後大きな振動が起こり魔力が更に溢れ出す。
「くそッ、テメェ何しやがった!」
「その術式、王国を騒がしているテロリスト達の物と似ているね。……身内に裏切り者がいるとは思っていたけど」
「勝手に勘違いして被害者面か? 知識の乏しい人間は愚かで醜い」
妖しい光を放つ杭に変化が表れる。
杭を中心に魔法陣が出現し巨大な複数の手足を持った魔物が這い出てくる。
「こいつは……ジャイアントスパイダーか⁉︎ かなりデカイぞ⁉︎」
「うげぇッ、気色悪りぃな!」
八本の手足に八つの単眼。口元には鋭い鋏角があり緑の液体が滴っている。そして何より目を引くのはその大きさ。通常の倍以上の体躯である。
「何を食べればそこまで大きくなれるのかな?」
「知識を求めるなら対価を払え。――ルーク・ハルトマン。お前の『鍵』はここで頂く」
「鍵? 一体何の話だ。――戦闘準備! 遠距離主体で対処する!」
「分かっていると思うけど、蜘蛛糸に触れちゃダメだよ。溶解液にも注意だ。ドロドロになるよ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
「何だこの異様な魔力は……! まさかこれはダンジョンか?」
「狼狽える暇があるなら足を動かせ」
森の入り口に彼らの姿はあった。
道中にあった地方都市ウェステンに立ち寄ることなく直行したジーク達。当初は街で補給を予定していたのだが、異様な魔力を感じたことから計画を変更した形だ。
「明らかな異常事態だ。ウェステンの責任者を咎める必要があるが……今は先に進む」
「ふん、そう都合良くはいかないという訳だ」
森からジーク達の方へ向かってくる影が二つ。
長身で甲冑姿の男性と燃えるような赤髪が特徴的な十代と思われる男性。以前ジークと敵対したデクスとフェルアートの姿があった。
「……最悪だな。またお前かよ」
「いや、
苦々しい表情を浮かべるデクスに憎悪の炎を燃やすフェルアート。共通しているのはどちらもジークを天敵と見なしている点である。
「ラギアス、知り合いか?」
「貴様らが血眼になって探している連中。こいつらはその主要メンバーだ」
その一言で剣を抜くブリンクにシュトルク。騎士団からすれば苦汁をなめる結果となった出来事。アピオンの呪い騒動や王都襲撃。どちらも多くの被害を王国は受けていた。
「さすがにバレてやがるか」
「どうでもいいだろそんなこと。デクス、手出しするなよ……ラギアスは俺が潰す」
フェルアートの身体に術式が現れる。顔や腕に浮かぶ術式は熱を発している。
次第に熱は炎となり自身の頭髪と同じように赤々と燃え上がる。
「王都で捕らえた被疑者と似た術式か……」
「自白も同然だ。……ブリンク、いつも通りにいく」
「騎士団の連隊長を二人同時にか。やれんこともねえか……こっちはな!」
デクスにも変化が現れる。顔を中心に術式が浮かび、甲冑の表面を覆う。黒い線で紡がれた術式はやがて身体全体を覆うように広がってゆく。
「デクス! もう出し惜しみしなくてもいいんだよな?」
「そうなるな。態々こいつらに時間を与えてやる必要はねえ」
「シュトルク……術式の起点は確認済みだ」
「こちらもだ。状況次第でコンバートする」
場に緊張が走り戦闘の火蓋が切られる。各々が動き出そうとしたその瞬間、戦場に悪魔が現れる。
「おい、何を勝手に話を進めている?」
強烈な殺気により全員の足が止まる。
デクスの纏った術式はひび割れフェルアートは吐血している。殺気を直接向けられていないブリンクとシュトルクですら表情を強張らせていた。
「何を勘違いしているのかは知らんが、貴様らは等しくゴミ屑だ」
強烈な殺気に冷気が混ざり始める。フェルアートから発せられていた炎は見る見るうちに小さくなる。
「こ、いつ……どうかしてやがる。化け物かよ」
「……分かったろフェルアート。こいつに『番人』を継承させるわけにはいかん。いくら『鍵』を集めたところで突破出来なきゃ意味ねぇからな」
冷気により周囲が凍てつく。足元の草木から木々に至るまでジークを中心に氷の世界が広がる。
「何をしている貴様?」
「ジーク様……?」
「貴様はこのゴミ屑共の相手をする為にここまで来たのか?」
目を見開くブリンク。
「貴様が立場を捨ててまで欲しかったもの。それを今度は自らの手で捨てるのか?」
捨てた立場。五年前に退団した騎士団のことを言っているのだとブリンクは即座に理解する。
「選べよブリンク。理不尽な現状を変えたいのなら」
五年前と同じ言葉。それに従ったからこそ望んだ未来があった。裏を返せば失った未来もあったのだ。
「このくだらん茶番に時間を浪費したいなら止めはせんがな」
「いえ…………ここはよろしくお願い致します。――シュトルク行くぞ」
剣をしまうブリンク。特に言葉を発することなくシュトルクも続く。
「⁉︎ させるかよッ! 『鍵』は俺達が奪取する!」
「待てッ! フェルアート!」
消えかけていた炎を再び燃え上がらせるフェルアート。足元に発生させた炎を暴発させ一気に二人へと迫る。だがその行手を阻む悪役がそこにはいた。
「それが貴様の戦闘スタイルなのか? 無鉄砲なガキと変わらんな。全てやり直せ」
「……はぁ? グハッッ⁉︎」
不遜な声が耳に入った途端、フェルアートの意識は消失した。フェルアートの頭上に現れたジークの踵落としにより地面に叩きつけられたからだ。
フェルアートの炎は完全に消え術式も消失している。その様子を見てブリンクとシュトルクは森の奥へと駆けてゆく。
「くそ……またこのカードかよッ! パリアーチの奴分かってたな!」
「今回は楽しませてくれるんだろうな? 精々見苦しく踊って見せろ」
冷き魔力と黒き瘴気がぶつかり合う。
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