第十八話

 地方都市ウェステンの東に位置する森林地帯。街から離れたその森にルーク達の姿はあった。


「何で魔術師団の連隊長様がいるんだよ?」


「そりゃあ……聞いちゃったからさ。あーあ、話しかけるんじゃなかった……」


 魔術師団の制服ではなく私服姿のヨルン。帰省していたのは事実だったのだろう。魔術師の要である杖のみ所持している形だ。


「連隊長がそんなテキトーでいいのかよ。……あん? どうしたんだ二人とも黙っちまって?」


「スキニー、お前は感じないのか? この異様な空気を……」


 顔を強張らせるナハル。普段はポーカーフェイスなナハルではあるが、今は表情を歪ませている。杖を持つ手には無意識に力が入っていた。


「感じないわけないだろ。馬鹿でも分かる」


 冷や汗をかくスキニー。気を紛らわせる為の軽口だったようだ。


「前に来た時よりも魔力が濃い……」


 真剣な表情で森を見つめるルーク。先日訪れた時に感じた言いようのない不安感は今では確信に変わりつつある。――気を抜けば殺られてしまう。


「うん、じゃあここで僕から君達に問題。冒険者達が一攫千金の目的で挑んだりするダンジョン。では、その具体的な定義は何でしょうか?」


「はぁ? いきなり何言ってんだアンタ? ……昔の奴が造った遺跡みてぇな物だろ?」


「うーん、三十点! さすがはお馬鹿さんだ。期待を裏切らないね」


 この野郎と呟くスキニー。前々から嫌ってはいたが協力してくれる手前無下にすることも出来ない。


「現代の技術では再現不可能な旧時代の文明が眠っていて、地上では入手できない武器や魔道具、未知の素材がある……と認識しています」


「お、さすがだねルーク。じゃあスキニーの言う遺跡、すなわちダンジョンはどうやって造られたか分かるかい?」

 

「旧時代の技術によって、としか。ダンジョン内には解明されていないギミックや魔術的な仕掛けも多くあります」


 眼鏡を上げる仕草をしながら答えるナハル。


「そう。具体的なことはまだまだ分かっていない部分も多いんだ。ただ、ダンジョンの種類は大まかに二つに分けられる。これは知っていたかな?」


 遥か昔の時代に人によって造られたダンジョン。

 現代の技術では再現不可能と言われている古代魔法を用いてダンジョンは造られたとされている。

 ダンジョンにはそれぞれ特徴があり、外と環境が大きく異なる部分があれば、異様に広い、ダンジョンにしか現れない魔物がいるなど様々である。


「大まかに二つですか……? まさかッ⁉︎」


「そう、人が造ったとされるダンジョンの他にもう一つ、するダンジョンも存在するんだよ」


 大地を流れる魔力の通り道である地脈。その地脈が何らかの影響により活性化することがある。

 活性化した地脈からは本来の数倍以上の魔力が流れ周囲に影響を与えるとされている。その極端な例がダンジョンの発生である。


「数年前に発見されたラギアスダンジョンも自然発生した物って結論だったね。……まぁ危険過ぎて調査は打ち切られていたんだけどね」


「賢者様がご活躍されたと聞いています。ですが、その自然発生ダンジョンと今回に何の関係が?」


「少し話を戻すよ。ダンジョン内の魔物はギミックによって発生したり、外から入って住み着くってことが分かっている。後はダンジョンの発生と同時に生まれたりね」


 杖を握るヨルン。練り上げた魔力を紡ぎ足元に魔法陣を形成する。


「ダンジョンの魔物とその外の魔物の生態系を見比べてダンジョンの質を判断するんだよ。自然発生ダンジョンは攻略難易度が桁違いだからね」


「馬鹿にも分かるように言えよ……。つまりどういうことだ?」


「今の状況はした時と酷似しているんだ」


 グラヴィティと呟くヨルン。その後音を上げ何かが地面に落ちる。目に見えない物体がヨルンの魔法によって圧縮され弾け飛ぶ。


「うげっ⁉︎ 何だよこれ……魔物の血みてぇのが飛び散ったぞ⁉︎」


「⁉︎ 馬鹿な……俺の索敵は継続中だったはずだ……」


「索敵は術者の力量に左右されるって前に言ったよね。話を続けるよ。これもそうだし君達が確認したサハギンもそう。本来生息しない魔物がいるからと決めつけるのは軽率だけど、この感じは間違いなくダンジョンが発生しているよ」


 ルークが魔法による光の矢を四方に放つ。目に見えない魔物はルークの魔法により貫かれ絶命する。

 ルークを見てやるねと手を叩き賞賛するヨルン。


「ダンジョンが発生した。それがヨルンさんの見解ですね?」


「……ちょっと違うかな。このダンジョンはダンジョンっていうのが僕の考えだ。誰かが意図的に地脈を活性化させている」


 ヨルンの発言を聞き息を呑む三人。ルークの表情は強張りナハルとスキニーは驚愕している。


「この地域は地脈の関係から元々魔力は少ないんだよ。それにここまで高レベルの認識阻害を使える魔物なんてそうそういない。誰かの意思を、悪意を感じるね」


「しかし連隊長……人が意図してダンジョンを発生させることなど……」


「昔の人に出来たなら今だって不可能じゃないはずだよ。ま、地脈に干渉するなんて法に抵触するどころか国際法違反の重罪だ」


 世界の根幹を成す魔力にその通り道となる地脈。下手をすれば世界のバランスが壊れ崩壊に繋がる。


「つまり纏めると……この異変は発生したダンジョンが齎したもので、しかも人為的に造られた人工ダンジョンって訳だね。うーん、参ったね〜」


「参ったね〜、じゃねえよ! 何処の誰がこんなことしでかすんだよ⁉︎」


「知らないよ、僕に聞かれても」


 杖を一振り。見えざる魔物はヨルンが発動した領域に入り込んだ途端、重力によって押し潰される。声にならない声を上げ絶命していく。


「どちらにせよ、ここは無理矢理造られたダンジョンだ。放置すればダンジョン暴走ダンジョンアウトが起きるよ」


「クソッタレがッ! やるしかねぇのかよ!」


 ルーク小隊のダンジョン攻略が始まる。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 重厚な魔力に満ちた森を進むルーク達。森林地帯そのものを呑み込み発生した異質なダンジョンを進んでゆく。


「ルーク! 次はどっちだッ⁉︎」


「前方に一体! 道を示すよ!」


 ルークが描く光の軌跡に沿ってスキニーが一気に突っ込む。目に見えない敵に臆することなく剣を振るい魔物を斬り裂く。


「ナハルは正面から十時の方向!」


「分かった――フェルゼンハンマー!」


 岩石で生成された槌でルークが示す地点を叩き潰す。轟音と同時に魔物の血液が飛散する。


 ルークが指揮者のように旋律を奏でスキニーとナハルが奏者として役割を果たす。

 お互いの信頼関係があるからこそ成り立つ連携。死線を共に乗り越えてきた三人の結束は固い。


「ルーク! お前は温存しておけよ!」


「ああ、俺達で三下は削る」


 単騎で、時に連携を交えながら魔物を捌いてゆくスキニーとナハル。入団当時は突出した物はなかったがルークと任務をこなす過程で実力を付けていった。


「驚いたね。実は適正な人員配置だったのかな? おっと……」


 魔物の攻撃をバックステップで躱すヨルン。その後斥力を帯びた球体を放ち魔物を森の奥地まで弾き飛ばす。


「小隊長殿、僕にも指示が欲しいんだけど……」


「そんなおこがましいこと出来ませんよ」


 ヨルンの要望を笑顔で却下するルーク。冗談を言う余裕はまだあるようである。


「結構倒したがまだ続くのかよ?」


「倒すだけでは駄目なんだろうな。ダンジョンの核を潰さないと」


 ナハルの言うダンジョンの核とはダンジョンによって異なる。最奥にたどり着くことを指していれば特定の魔物、ボスモンスターを討伐する意味合いもある。


「ここが人為的に造られたダンジョンなら、その首謀者を止める必要がある……」


「そういうこと。ボスモンスターを倒しただけでは終わらないだろうね」


 魔力の濃い場所、ダンジョンの中心を目指して進むルーク達。視界に捉えることの出来ない魔物を索敵や勘を頼りに討伐する。大きな負傷はまだないが、目に見えない存在を相手に戦うのは相当ストレスとなる。生半可な冒険者パーティでの攻略は難しいダンジョンであった。


「目に見えねぇのはこのダンジョンのルールか何かなのか?」


「ある意味そうだけど……少なくともこんな力を普通の魔物は持たないよ」


 索敵で捉えることの出来ない魔物。高度な認識阻害を用いて王都で暗躍していた存在と姿が重なる。


「現れる魔物に細工をしているんだろうね」


「傍迷惑なことを。一体何が目的なんだ……」


「それはもちろん……」


 独り言のように呟く。

 ヨルンが視線を向ける相手、常に索敵を展開しながら魔法を紡ぎ全体を指揮する若き騎士。最年少で騎士となり、僅か二年で小隊長となったルーク。羨望の眼差しを向けられることもあれば上層部から煙たがれることもあった。


「頭の固いお偉いさんからすれば、ラギアスに次いで彼もまた鬱陶しく感じたんだろうね」


 国の失態からくる非難の目を逸らす為に、各地で戦果を上げるラギアスに対抗する為にルークという若き英雄を作り上げた。国軍からすれば上々の成果ではあったが、今ではそれ以上の影響力を持ってしまった。


「傀儡のように踊るのか、本物になるのか。彼の場合はどちらだろうか……?」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 大勢の人々が行き交う大通りを進むブリンクとシュトルク。普段着ている鎧や騎士服姿ではなく平服で歩く姿は珍しいと言える。旅行にでも行くのかその手には大きな荷物が握られていた。


「皆がびっくりしていたな。まさか連隊長が二人して同時に休暇を取るとは思わなかったんだろうな」


「……お前が妙な笑顔を浮かべたのも理由だったはずだ」


 何処か楽しそうなブリンクに普段通り表情が薄いシュトルク。同期入団である二人は公私共に親交があることが騎士団内では知られている。


「長期休暇など何年振りだ? 笑顔になっても不思議ではないだろう? さて、ここからだが……」


 周りに意識を向けながら会話を続ける二人。今のところ尾行されたり監視の目を感じることはないが油断は禁物である。この広い王都の何処に間者が潜んでいるかは分からないからである。


「私用に騎士団の馬車や備品を使う訳にはいかない。先ずは王都を出てそこから馬を調達する」


 二人の持ち物は全て私物であり、必要な物資は自らの所持金で買い集めた物である。時間が限られることから必要最低限の準備であった。


「時間が惜しいが仕方がないか。シュトルク……態々付き合う必要はないんだぞ」


 神妙な面持ちでシュトルクに問いかけるブリンク。

 休暇という形で王都を離れる訳だが、実際のところは私情を挟んだ服務違反に近い。事実が明るみになれば罰せられる可能性も十分ある。


「私情により息子を助けに行く連隊長。下手をすればクビになる。お前にだって家族がいるはずだ」


 同じように家族を持つからこそ巻き込みたくはないというのがブリンクの本音であった。


「地方都市が陥落すれば国や王都に被害が出る。結局は動くことになる」


 淡々と意見を述べるシュトルク。感情の変化が分かり辛いのは昔から。長年共に騎士として切磋琢磨してきたブリンクはシュトルクの性格も実力も知り尽くしていた。


「お前は相変わらず不器用だな。――ありがとう」


「……お互いにな」


 今後の打ち合わせを小声でしながら王都の城門まで到着した二人。ここからは近くの町まで足での移動となる。長距離走は若手時代のトレーニングを彷彿とさせていた。


「おい、初老前の男が二人して何をしている、気色悪い」


 城門前に駐められた家紋の無い馬車から聞こえる不遜な声。窓は閉じられており中の様子を窺うことは出来ない。


「⁉︎ なぜ貴方が……」


「どうでもいいが、俺はこれからとある地方都市に用がある。割増なら乗せてやらんこともないが」


「……不器用なのは他にもいたようだな」

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