第十六話
ディアバレト王国の首都であるスピリト。大陸有数の城郭都市として有名なだけではなく、貿易や流通、経済の中心地としても幅広く知られていた。
「見ろよあの黒髪」
「あぁ……ラギアスの悪魔だ」
「何であんな悪党が大手を振って歩けるんだよ」
商いを目的に商人が集まり、付随するように冒険者協会には多くの依頼が寄せられ、それを目的に冒険者が集まる。
つまるところ、それだけ多くの人間が王都にはいるのだ。人の数だけ口がある。好評よりも悪評の方が人々の記憶には残りやすく広がってゆく。例えそれが真実ではないとしても。
「敵も味方も関係なしに叩きのめすらしいぞ」
「あんなのがAランク冒険者で大丈夫なのか?」
「実力だけは本物ってことだろ?」
この二年間でラギアスの心証が改善されることはなく、寧ろ悪化していた。
フール夫妻は相変わらずの悪徳夫婦であり、苦しんでいる領民も少なからず存在する。だがそれ以上に目立つのがジークの存在であった。
「公爵家お抱えの冒険者とか正気かよ……」
「嘘なら即座に処分されるだろ? つまりそういうことだ」
ジークは公爵家専属のAランク冒険者として数々の功績を挙げていた。魔物の討伐から王族の守護、隣国兵相手に単騎で挑み蹴散らすなど八面六臂の活躍を見せていた。
国の英雄と呼ばれても不思議ではないが、ラギアスというフィルターがそれを阻む。そして何より、当人の口や態度の悪さから英雄像とはかけ離れている。おかげで今ではラギアスの悪童から悪魔と呼ばれる始末であった。
「黙っていれば男前なのに……」
「ルーク様と同い年なんですって」
「どっちが強いのかしら?」
騎士団の小隊長であるルークとは度々比較されることがある。同年代ということもあるが、二人が余りにも対照的であるからだ。
平民と貴族。騎士と冒険者。正義と悪。
二人の話題性と相俟って注目を集めていた。無論、圧倒的にルークの方が人気ではあるのだが。
王都に来ればいつも感じる視線に聞き慣れた話題。流石にもう気にすることはないが、慣れていない人物が二人いた。
「ある意味感心するわ。本人を前にしてよく悪口を言えるわね」
「同じ王国民として情けないです」
ジークの後ろを歩く青髪と銀髪の女性。セレンとシエルは不満気な目を周囲に向けていた。
「同族嫌悪か? 笑えるな」
そんな二人を気に留めることなく前を歩くジーク。興味が無いのか振り返ることすらしない。
「あら? あなたはああいう人達がお好みかしら? ならこれからは毎日耳元で悪口を囁いてあげるわ」
「せ、セレン⁉︎ 何てはしたないことを……」
何がはしたないのか浩人にはさっぱり分からない。だがそんなことはご遠慮願いたいものである。
「くだらん軽口を叩くなら他所でやれ。大体貴様らは何をしている? 目障りだ消えろ」
「おかしいわね。あなたの目は後ろにあるのかしら? こっちを見てくれないなんて寂しいわ」
「ジークさん、誰かとお話をする時は顔と目を見ないとダメですよ」
ふざけているセレンと素の発言をするシエル。
この二人もまた浩人からすれば天敵である。将来的には命のやり取りをする可能性があるメインキャラが背後にいる。中々にストレスを感じる状況であった。
「シエルを狙ってまた彼らが来るかもしれないでしょ? 私とあなたはシエルの護衛。何も不思議なことはないわ」
「不要だ。少なくとも公爵家の女が今狙われることはない」
可能性の話ではなく断言するジーク。どのような理由からなのか、そもそも何故狙われているのか。断片的な情報しか持ち合わせていないセレン達はその話を詳しく聞く必要があった。
王都に戻ってきているという話をアクトルから仕入れた二人は張り込みをしていたのだ。すると情報通りにジークを見つけたため現在に至る。
「……公爵家の女ではありません。私はシエルです」
「まだいいじゃない。私は銃女よ、物騒ね」
浩人からすれば付き纏われているのだが、側から見ればジークが二人を引き連れているように映る。しかも目を引くような綺麗な女性ということもあり、より注目を集める事態となっていた。
「銀の聖女様にその護衛のセレン様だ」
「何でラギアス何かと一緒なんだ? 脅されてるのか?」
「おい、変なこと口走るなよ。殺されるぞ」
酷い言われようである。ジーク自身やラギアスの悪評ならともかく、二人の存在が状況を悪化させていた。
「貴様らの名などどうでもいい」
「あらそう。つまり自由と言いたいのね。……ならこれからはあなたのことをダーリンって呼ぶことにするわ」
「⁉︎ セレン、何てハレンチな……」
驚愕するシエルではあるがやはり浩人にはよく分からなかった。
ただ一つ言えることはダーリン呼びなどという悍ましいことは止めさせるべきである。メインキャラが
「貴様……殺すぞ」
「死なないわ」
暖簾に腕押し。セレンにはジークの脅しもまるで効果を成していない。
このセレンという人物は何かと理由をつけてジークに絡み揚げ足を取りにくる。油断ならないメインキャラであった。
何だかんだで三人は会話を続けながら道を進んでゆく。大通りから少し逸れた脇道を進み小さな喫茶店にたどり着いていた。
「お洒落な喫茶店ね。あなたのお気に入りかしら?」
「アンティークな感じがいいですね」
シエルが言うように年季を感じさせる外観ではあるが、単に寂れている訳ではなく、定期的なメンテナンスが施されている。そんな喫茶店であった。
「ふん、どうでもいい」
二人を置いて喫茶店に入るジーク。外観同様店内も落ち着いた雰囲気である。客席はカウンター席とテーブル席で分かれており、店主と思われる男性が静かに佇んでいた。
「イメージ通り……いいお店ね」
「はい、ですが勝手について来て良かったのでしょうか?」
今更何を言っているんだと浩人が内心思っていると店主が近付いてくる。
「ジーク様ですね。お客様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「ハッ、都合良く客がいないようだな。くだらん浅知恵だ」
ジークが言うように喫茶店には人の姿がなかった。人払いされた店内を進み角のテーブル席へと案内される。そこには普段着に身を包んだナイスミドル達がいた。
「お久しぶりですねジーク様」
「活躍はよく耳にしている」
騎士団所属のブリンク・ハルトマンとシュトルク・ラルク。二人の連隊長との再会であった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「急に呼び出すような形となって済まない」
「謝るくらいなら端から余計な事をするな」
連隊長相手でもジークの態度が軟化することはない。ラギアス夫妻以外にはこれが標準である。
促される前にテーブル席に着くジーク。二人とは向かい合うような形である。
「ジーク様、お連れの女性方は……」
目を引く輝かしい銀髪の女性にその護衛である青髪の女性。騎士団所属のブリンクやシュトルクからすれば二人が何者なのか直ぐに見当が付く。
「放っておけ。俺とは無関係だ」
「ご紹介頂けないのかしら? なら勝手に自己紹介してしまうわよ?」
「……セレン、この方達は騎士団所属と思われます。おそらく連隊長の方々です」
妾の子とはいえアステーラ公爵家出身のシエル。公的な行事で何度か顔を見たことがあり記憶に残っていたのだ。
「挨拶が遅れ申し訳ございません。仰る通り我々は騎士団の人間です」
ブリンク達が身分を明かし、それに倣いシエル達も名乗る。
「普段通りで構いません。ここは公的な場ではありませんから」
「ならそうさせてもらおう。我々はラギアスに用がある」
「……私達は席を外した方がいいかしら?」
「いや、問題ない。寧ろ君達にも聞いて欲しい話だよ」
ジークを差し置いて話が進んでいく。
気を利かせた店主がシエル達のイスを用意して二人は席に着く。
「前置きが長くなったな。早速本題に入るがいいか?」
「ふん、よく分かっているじゃないか。さっさと始めろ」
シュトルクとブリンクが目を合わせた後、改めて周囲を確認する。人の気配は無いが警戒していることが窺える。緊張感が場に漂っていた。
「騎士団、いや国軍と言った方がいいか。今軍内部で不穏な空気が流れている」
シュトルクの言う国軍。それはディアバレト王国の正規軍を示しており、騎士団や魔術師団、近衛師団など国の公的組織を表している。地方を治める領主の持つ私兵団や冒険者は正確にはこれに該当しない。
「国を、民を守る国軍の一部が何らかの干渉を受けている」
国の平和を脅かす者達がいる。
騎士団に入団してから十五年以上経つが、これまでに感じたことのない違和感。それが今では確信に変わりつつあった。
「ジーク様が、いや二人もそうだったな。この前調査に向かわれた農村民の失踪事件。あの案件は騎士団に
「通報があった? 随分と妙な言い回しね?」
「あの案件は少なくとも我らには知らされていなかった」
一つの村から住民全員が忽然といなくなる。天災などによる影響から村そのものが打ち捨てられることは中にはあるが、今回はそれに該当しない。
「つまり連隊長であるお二方には……場合によってはもっと広い範囲で情報伝達がなかった」
「そういうことだ。意図して情報が伏せられている」
断言するシュトルクに神妙な面持ちのブリンク。事態の深刻さがひしひしと伝わってくる。
「内容が内容。本来であれば騎士団や魔術師団が当たる案件だ」
「公爵家が動かなければどうなったのか……という捉え方も出来るが、私は逆だと思う。敢えて
アクトルからの指示で調査に向かった三人。
騎士団や魔術師団の動きが悪いことをアクトル自身も気付いている様子ではあったが、逆に誘導されていたのだとすれば話は大きく異なってくる。
「アピオンから始まった一連の事件。特に王都や入団試験の襲撃は不可解な点が多く残っている」
当初は領主会談の護衛として進められていた作戦。その陣頭指揮を執っていたシュトルク。事件から二年経った今でも事件の調査を継続していた。
「王都全域を覆う結界に魔物を呼び出す召喚魔法陣。人の手だけでは到底成し得ない力であった」
「魔道具を媒介にした類の力。魔法陣の周辺には魔道具と思われる古めいた石が多くあった。ジーク様も目にされたと思います」
アピオンの呪い騒ぎから王都は厳戒態勢を敷いていた。
平常時以上に厳しく取り締まるべき検問ではそのような搬入記録は残されていなかった。つまり、偶然見落とされたのか意図して見逃されたのか、そのどちらかである可能性が高い。
「待ってください。その言い方ではまるで……」
「国軍の中に
息を呑むシエル。
生まれてからこれまで色々な出来事があった。十代ながら激動の人生と言っても過言では無いだろう。
それでも生まれた国であるディアバレト王国に裏切り者がいるとは考えてもみなかった。
「入団試験にしてもそうだ。こちら側の情報が漏れているとしか考えられない」
「敵の襲来を予測して増援部隊を送る。これもまた一部の人間にしか知らされていなかった」
敵の裏をかいた作戦とも取れるが、結果的にはその上を敵に行かれた。下手をすれば全滅する事態となっていたのだ。
「確かに不可解ね。敵に都合が良すぎるわ。それに神聖術が狙いなら単純にシエルだけを狙えばいいもの」
「敵は何かを確かめている。或いは探している。私にはそう思えてならないんだ……」
毅然とした態度の裏に不安も見え隠れしている。ブリンクは事件の裏に別の憂いを抱いている。セレンはそう感じた。
「先日、騎士団にある情報が寄せられた。本来生息するはずのない水棲魔物が森林地帯で目撃されたという内容だ」
「……先遣隊として出向いた小隊からも報告が上がっている。情報に誤りはなかった」
王都から南東に位置する地方都市ウェステンとオーステン。両都市の中央に位置する森林で異常が確認されている。
「……王都からかなり遠いわね。増援が着くのはしばらくかかりそうね」
「その増援だが……騎士団は増援を派遣しないという判断に至った。魔術師団も同様だろう」
勘の鋭いセレンはその一言で全てを察した。今回の事件も繋がっていると。
「何故ですか? 魔物の発生には一連の法則性があります。……明らかな異常事態です」
「派遣された小隊なら対応出来るだろうというのが上の方針らしい。……たった三人で当たるような案件ではないというのに」
「派遣された小隊の長は国で話題になっているルーク・ハルトマンだ」
視線がブリンクに集まる。普段は王都にいるシエルやセレンもルークのことは認識していた。ファミリーネームからブリンクとの関係性を判断する。
「色々と繋がったわね。シエルが狙われたようにその小隊長さんも狙われていると。……時期的に件の入団試験を受けていたんじゃない?」
「その通りだ。――ルークを狙う格好の舞台が整っている。ルーク小隊を派遣し孤立するよう仕向けられたと考えるのが妥当だ」
ブリンクから感じた憂い事の正体がはっきりした。連隊長であっても人の親であることに変わりはない。
「危険な状態にあるのは分かったわ。だけどそれを何故ジークに?」
「ラギアスとルークは顔見知りの仲だ。そして何より我々は動きが取れない。……身勝手な言い分であるのは理解しているが、力を貸して欲しい」
動けない騎士団の代わりにジークに対応をお願いしたい。シュトルクとブリンクからの非公式的な、あくまでも個人的な嘆願であった。
全員の視線がジークに集まる。ここまで口を挟む事なく話を聞いていたジーク。
生き残る為というスタンスはこれまでも、そしてこれからも変わることはない。それしか
「一応確認だが話は終わりか?」
ジークの問いかけに二人は頷く。これ以上の話は無いようである。
「そうか……なら話は単純だ。――知るかよそんなこと。貴様らがどうなろうが俺には関係無い」
メインキャラの一人がどうなろうと浩人の目的が変わることはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます