第四十一話
反乱分子と思われる者達の収監が行われる中、ジークの姿は再び取調室にあった。
「貴様らは暇なのか? 一体何がしたいんだ?」
「……何度も聞いているがどのような目的でイグノートに来た? 何を企んでいる?」
ホフラン達に関しては目的がはっきりとしているが、自称貴族を名乗る目前の少年はある意味不気味な存在であった。
「観光などと言う理由がまかり通ると思うのか?」
「ハッ、ならその辺りをうろついている観光客全員を連れてこい。そして同じ質問をしてみせろ」
証言は全て真実であるのだが、ジークの魔法を直接目にし、体感した兵士達は異常性に気付いていた。何か裏があると考えても仕方がなかった。
「時間はかかるがその気になれば素性を調べることも出来る。その場合、立場を悪くするかもしれないが?」
「バカか貴様は? 素性もなにも初めから全て話しているだろうが」
「……おいクラッツ、どうなっている? この少年は何なんだ……?」
歴戦の取調官も手を焼く異国の少年。取調室のような殺風景な場所では普通萎縮するものだが。
「僕に聞かないでくださいよ。というか何で僕まで聴取に参加させられてるんですか?」
「それは……お前が担当だからだ」
厄介な人物として押し付け合いが行われていた。
「とにかくだ……何が目的かは知らんが現状では解放は出来ん。不服なら国外退去となるだろう」
「僕達としてもそんなことしたくはないんだよ。君は反乱分子の拘束に協力してくれたからね……みんなも拘束されたけど」
得体の知れない外国人ではあるが、進んで敵対したくもないというのが実情であった。
「どうしても事情を語りたくないなら……取引をする手もあるが?」
「取引だと? 何を勘違いしているのかは知らんが、取引は対等な関係で成り立つ物だ。俺と貴様らでは何もかもが違う」
顔を引き攣らせる取調官に頭を押さえるクラッツ。
「話は最後まで聞くんだ。素性がハッキリしない以上、国内を自由に動き回られても困る。だからな……」
見張りとなる兵士を常に同行させる。それが最低限の条件だと説明する。
「奴らをまとめて拘束した魔法の腕前は高く評価している。そこでだ」
イグノート共和国を騒がしている反乱分子。その人物達の拘束及び問題解決に向けて協力してほしい。それが軍から持ちかけられた取引内容であった。
「あの夜叉って呼ばれてる人も同じような理由からだよ。……君みたいに不法入国はしてないけどね」
「もちろん強制はせんし、タダ働きでもない。そちらが望むことを可能な限り叶えよう」
協力要請を受ければ制限はあるものの滞在が認められる。限度はあるが見合った報酬が得られ信頼も手に入るとジークに説く取調官。
「自国の問題を外国人に解決させるのか? くだらんな」
「本当に観光が目的なら悪い話でもないと思うけど。……誰も信じてないけどね」
部外者の人間が何故そのようなことをしなければならないのか。普段であれば、考えることなく無視するが今回ばかりは熟考する理由があった。
場合によっては将来イグノート共和国を逃走先に考えている浩人。今回の案件で心証が悪くなれば今後に響く。何より不穏な者達の存在が逃走計画に影響をもたらせば後々面倒になるからだ。
不穏分子を今のうちに叩きのめすことも出来るが、今の自分は立場のない外国人で軍からも目をつけられている。だが協力することで軍の後ろ盾が得られ且つ面倒な者達を叩く口実も手に入る。やり過ぎてしまったとしても、指示に従ったという理由を前面に出せばいい。
心の内で笑みを浮かべる。
軍には軍の思惑ももちろんある。
旧貴族の者達は反乱を隣国兵の仕業に見立てている。国内においても彼らの存在は無視出来ず難しい関係性となっている。今後の制圧がどのような影響をもたらすのかは未知数である。
そのような時に都合が良いのが外国人の存在だ。何か起きた時の証人となり、手に負えない面倒事が発生した場合は最悪彼らの独断とすればいいのだから。
場合によっては互いを利用し切り捨てる算段を立てている。まさにお互い様と言える。
「まぁいいだろう。貴様らの思惑に乗ってやる」
「……それは良かった。で、君は何を望む?」
「ふん、面倒事を片付けた後に盛大に取り立ててやるから覚悟しておけ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
月明かりが水の都を幻想的に映し出す。
日が落ちた現在、ジークの姿は軍施設にあった。
「何だこの物置は? カビ臭くてかなわん」
「物置じゃないよ。ここは軍宿舎……君が寝泊まりする所だよ」
若い兵士が寝泊まりをする宿舎。その空き部屋に案内されていた。
「何だと? 何故俺がこのような扱いを受ける必要がある? バカにしているのか?」
「君、本当に人の話を聞かないよね? 見張りのために僕までここで寝泊まりだよ、まったく」
協力関係となりはしたが放置するわけにもいかず、基本的にはクラッツが行動を共にするよう指示を受けた形だ。
「ほら、先ずは片付けに掃除だよ」
「何? 貴族である俺が掃除だと? 笑わせるなよ」
「…………いや、自分から率先して掃除してるじゃない。絶対君の方が僕をバカにしてるよね」
言動が噛み合わないジーク。箒とちりとりを手にし掃除に励む姿は原作ではあり得なかった。まさにキャラ崩壊と言える。
「何だその体たらくは? この国の兵士はまともに掃除も出来ないのか? 寄越せ手本を見せてやる」
「一日中働いた後なんだから疲れてるんだよ……大人は大変なの」
二人で掃除や荷物の整理を行う。物置のような空間は段々と部屋の様相へと変わる。
「でもさ、実際のところ何が目的なんだろうね?」
床の拭き掃除をしながらクラッツが会話を続ける。
「貴族が統治する本来の形へと戻す、だったかな? そんなの誰も望んでないのにね」
長きに渡る圧政。人を人と見ない不当な扱いや差別。貴族絶対主義の歪な価値観。当時の人々は耐えきれず国外への脱出が相次いだ。
「悪行を重ねた貴族は粛清されて貴族という立場そのものが撤廃されたんだ」
貴族は悪という風潮が強まり、自らを元貴族と名乗る者さえ極端に減った。
「貴族を語る人達は今では一部分に過ぎない。体制を変えたとしてもどうやって統治するんだろうね? それこそ直ぐにまたひっくり返るのに」
圧倒的な少数派で国を統治など出来るわけがないとクラッツは述べる。
興味が無さそうにジークは黙々と掃除を行なっているが内心他人事ではないと考えていた。
国と領地では規模が異なるが根幹部分は近しいと言える。当時のイグノートは今のラギアス領のことかと思える程である。思い当たる節が多過ぎた。
ラギアス領の行き着く先は今のイグノート共和国なのかもしれないと考える浩人。原作通りに進めばラギアス家は取り潰しとなり、そうでないにしてもラギアス家はいずれ終わる。――どちらにしても逃げることに変わりはないのだが。
「彼らは何を考えているのかな?」
「知るか、ゴミ共の思考回路など」
何だかんだで二人は掃除を続け部屋としての体裁は整った。
「やっと終わった〜。もうクタクタだよ」
「情けない奴め。俺はこれから鍛錬に出る……邪魔をするなよ」
「いや、だからダメだって。今日はもう休むんだよ」
アメニティ用品の配布、共同浴槽やトイレの確認を手早く終わらせ、後は休むのみであったのだが。
――軍施設内に警報音が鳴り響く。
「これは異常を知らせる警報だ。しかも高レベルの」
「そうか。さっさと行け、俺は寝る」
「何言ってるのさッ⁉︎ 君も来るんだよ! 今の時期に鳴るなら間違いなく例の件だ……」
✳︎✳︎✳︎✳︎
情報を頼りにクラッツ達が駆けつけたのは軍のとある施設。そこには大勢の兵士の姿があった。
「先輩! この状況は一体?」
「クラッツ、と件の外国人か……」
人だかりができているのは軍の留置所に当たる施設。その留置所から火の手が上がり勢いよく燃えている。
「あの留置所に今は……」
「ああ、例の反逆者共が収容されている」
幸いにも軍関係者の避難は終わっているが収容されていた人物全員を連れ出すことは出来ていない。火の手が回るのが余りにも早過ぎたのだ。
「必死に消火活動を行なっているが、追いついてない。……してやられたな」
「まさか、口封じということですか……」
顔を青くするクラッツ。これまで証拠を突き付けた時は関与を否定してきた元貴族達であったが、今回は確固たる証拠があったのだ。それを直接葬りにくるとは想定外であった。
「と、とにかく消火活動を続けましょう! 幸いにも水が多くあるのがこのワーテルですからね」
「……その必要はないかもしれない」
くぐもった声。金属が擦れるような音を出しながら近付いて来るのは全身甲冑姿のブラッドであった。
「夜叉殿か。それはどういう意味だろうか?」
「……少年、気付いているようだが?」
ジークを一瞥するブラッド。
「ふん、無能共と一緒にするな」
「だ、駄目だよそんな言葉遣いをしたら……」
怯えたようにブラッドを見るクラッツ。周りを見れば他の兵士も同様であった。
「貴様らの都合なんぞ知るか。……それよりもさっさと中を確認したらどうだ?」
「中を確認? この火をどうにかしないとそれは……」
ブラッドは一人、激しく燃え上がる留置所へと近づいて行く。恐れを感じない足取りであった。
「鎧で熱を防ぐってことなのかな? いくら何でもそれは」
懸命に消火活動が行われているが火の勢いは収まらない。それどころか更に勢いを増しているかのようだ。
「本当に使えないな貴様らは。あの様な紛い物に騙されるとは情けない」
「何を言ってるんだい? 僕には何のことか」
ブラッドが何処からか呼び寄せた巨大な槍。禍々しいその槍を一振りすると燃え上がっていた炎は即座に消えてしまう。
「⁉︎ 凄い、炎を一瞬で……」
「確かにな……いや待て、何か妙だぞ。あれだけ燃えていたのに建物は普通に見えるぞ……」
水による消火活動は全く成果がなく、建物にも焼痕が見られない。兵士達に困惑の感情が広がる。
「幻覚魔法……古典的な手を使うバカがいたものだな。そして上手く騙されるバカ兵士共」
「ま、まさか……全員急いで中を調べろッ⁉︎」
隈なく留置所内を捜索したが、ホフランを始めとした反乱容疑の疑いがあった者達は全員姿を消していた。
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