第三十一話
王都に突如として現れた魔物と結界。想定されていた領主会談の襲撃はなかったがスピリトには多くの被害が生まれていた。
魔物に襲われた住民に戦闘で負傷した騎士達、建物の損傷や流通停滞など様々であった。
そんな中、住民達から非難の矛先が向いたのが王都冒険者協会となる。
魔物の襲撃時に住民を囮に使い逃げ出したという事実が明るみになったからだ。一部の人間が騒ぐだけなら大した影響は無かっただろう。だが多くの目撃者と証言があった。騎士や魔術師からも同様の報告があり拍車をかける結果となった。冒険者協会の周辺では連日のように抗議活動が行われていた。
事態を重く見た王都冒険者協会は該当する冒険者全員を処分することを発表。程度に応じて多少の違いはあるが、明らかな非人道的な行いをした者は冒険者としての資格剥奪という重い処分が下された。
住民達からすれば命に関わった事態に対して処分が甘い、法的な処罰をといった声も上がったが、非人道的な理由のみで法の裁きは難しく、冒険者協会自体は中立組織である。
騎士や魔術師とは違い職務として戦闘義務はないことから落としどころとして今回の処分に至った。なお、処分された冒険者の中には王都で名をあげていた『光の翼』も含まれていた。
事件から数日経った現在。王都では復興作業が行われていた。王都に住む多くの者が協力して作業を行う傍ら、半ば強制的に駆り出される冒険者の姿もあった。
「くそ……なんで俺達がこんなことを」
「知るか。信頼を取り戻すために必死なんだよ」
今回の事件による冒険者の一斉処分。その中には情状酌量の余地がある、または証拠が不十分だが怪しいと疑われている冒険者も一定数存在する。降格処分のみで冒険者の資格を剥奪されることのなかった者は強制依頼という名目で奉仕作業を行っていた。
「水路の瓦礫拾いなんぞやってられるか」
「……ドブさらいよりはマシだろ」
特に問題を起こしていない冒険者も参加している。王都に住む者としての責務であると、最近就任した王都本部のトップが方針を示したからだ。
「こんなんでいいだろ」
「……そうだな。こっちは忙しいんだよ」
文句を言いながら水路掃除を行なっている二人の冒険者。多くの瓦礫がまだ残されているためか水の流れが悪い。作業が完了したとは言い難い惨状だ。
水路から上がり背伸びする二人。その両者に近付く黒い影。
「馬鹿馬鹿しいよなぁ」
「だな。俺達は王都の冒険者だぜ?」
突如、蹴りを入れられ頭から水路に突っ込む冒険者達。全身水浸しだ。
「て、てめぇ! 何しやが……る?」
「お、お前は……!」
「イカれた頭は正常に戻ったか?」
水路の縁から見下ろすように視線を向けるのは、王都冒険者の天敵とも呼べる存在になったジークであった。
「何か言いたそうだな?」
「いや、何でもない……」
「ああ……続けるぞ」
冒険者の一人として奉仕作業を行なっているのではなく、単に王都を見て回っている浩人。ゲーム知識と現実とで変化があるか確認するのが目的であった。
(魔物騒ぎでゆっくり確認する暇はなかったからな)
領主会談も無事に終わり依頼は完了したと言える。ラギアス領に戻る前の観光も兼ねていた。
(冒険者の奴らはこき使われてるな。……俺には何もないけど)
自分にも声がかかるかもしれないと身構えていたが特に何もなかった。少し拍子抜けしたがそれならそれで好きにしようと考えていた。無論、話が来たところで無視するつもりではあったが。
水路から離れ王都の散策を再開する。先程のように不届き者がいればお灸を据えて回っているが見張りを買って出たわけではない。過剰な指導をすることで少しでも冒険者協会の心証を悪くしようと最後の足掻きのつもりでいた。
(アクトルに降格させろって脅すべきだったな)
いっその事自分も一緒に処分されてもよかったのだ。降格は望むところであり、資格が剥奪されたとしても特に問題はない。逃走用の資金集めはある程度目処が立っているし、評判が悪くなったところで今更なのだから。
依頼も終わり復讐も果たした。ラギアス領に戻ればまた修行の日々が待っている。そして次に来るのはルークにとっては分岐点と呼べるイベント。それは浩人にしてもジークから見ても同様であった。
(メインキャラと関わる度に騒ぎが起きてる。次もあると考えるのが普通だよな……)
悩み事は尽きないが考え過ぎても仕方がない。一つずつ片付けていくしかないのだ。
「そこの黒髪! 待ちなさい!」
新たな悩みが生まれてしまった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「まったく、探したわよ」
「人違いだ失せろ」
王都で出会った少女。短杖と短剣、補助魔法を使って戦う珍しい戦闘スタイル。勘違いのような形で関わりが生まれたエリスと再開した。
「本当に口が悪いわね。ここまでくると感心するわ」
「貴様に感心されるようでは先が知れるな」
明らかに見下した発言ではあるがエリスが怒り出す様子はない。ジークの人間性は既に把握していた。
「まぁいいわ。……王都からは離れるのかしら?」
「用済みだ」
ジークの発言から王都を出るのだと察したエリス。何かを決意したかのような表情を浮かべている。
「聞いたわよ。アンタがジーク・ラギアス……だったのね」
マルクスやキートとの会話の流れで知ることになったと説明するエリス。
「それがどうかしたか?」
浩人はまたそれかと内心辟易していた。噂だけでも面倒なのにラギアスと分かればより顕著な反応をするのがこの世界の人々だ。
それでも心証を改善するつもりは毛頭無い。初めから実情を正しく認識していたからだ。……多少思うところがあるというだけで。
「ごめんなさい!」
急なエリスの謝罪に目を細めるジーク。何事かと思う浩人。
「ラギアスというだけで勝手な悪印象を抱いていたわ。会ったことも無いのに周りの声だけに耳を傾けて……本当にごめんなさい」
懺悔のように一つ一つの悪評を話していくエリス。浩人からすればどれだけ数があるんだよと驚いていた。
「どれも噂レベルで信憑性がないわ。全てが事実なら国が黙っているはずがないものね……」
マルクスやキートといった国の人間との関係性が答えだったと思い詰めるように苦笑するエリス。
ラギアス夫妻に関しては本当ですと申し訳なく思う浩人。
「少し考えれば分かるのにね。今更許して貰えるとは思えないけど、謝りたかったの……」
「くだらん」
鼻を鳴らして一蹴するジーク。
「思い上がるなよ。貴様が何を考えようが俺には何の影響も無い」
「どうして? 多くの人から悪く言われて……アンタは何もしてないのに。この前だってそうよ。沢山の人を助けたのはジーク・ラギアスじゃない……」
命を救って貰ったあの場だけではない。多くの住民が同じように助けられたと発言があったのだ。黒髪の貴族風の少年が目にも留まらぬ速さで魔物を蹴散らしたと。名を聞きお礼をする間も無く消え去ったと。
「どうして平気なの? 何で否定しないの? アンタは称賛されるだけのことをしたはずよ。
聞かずにはいられなかった。周りの全てを敵に回したかのような状況で、何故ブレることなく堂々としていられるのか。
「何度も同じことを言わせるな。何を思われようが関係ない」
「間違った真実が出回ってるのよ?」
「バカか貴様は。そこらの奴らにそれは違うと否定して回るのか? それこそ愚の骨頂だ。言いたい奴らには言わせておけばいい。向かってくるなら全てを叩き潰す。それだけだ」
決して折れることのない大樹のような考えと強さを持ったジーク。これ以上は無駄ねとエリスの方が折れてしまう。
「分かったわよ、もう何も言わないわ。本当に頑固なんだから。私のパパみたいね……」
少し照れながら笑顔になるエリス。
「何だそれは?」
「パパから聞いてるわ、会ったことがあるわよね? シュトルク・ラルク……私の父親よ」
騎士団の連隊長の一人で今回の作戦指揮を取っていた、いぶし銀な印象を受ける男。賊の拘束に魔法陣の特定及び破壊。功労者の一人でもあった。
「……現実を見ろ」
「事実よ! よく似てないって言われるけどね!」
ここにきて新たな事実が浮上するが特に何も思わない。浩人からすればふ〜んという感じだ。
「とにかく! 人を見た目で判断するのは良くないって実感したわ。アンタが望まなくても私は私で好きにさせてもらうわよ……じゃあね!」
離れてゆくエリス。結局何を言いたかったのかよく理解出来ない。だが、この先邪魔をするようなら容赦しないと考えを改める浩人であった。
「やぁ! レディを怒らせてしまったのかい? 私が年長者としてアドバイスしようか?」
視線を向ければ派手な装いをした近衛師団所属のアーロンがいた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「殺すぞ」
「待ちたまえ……随分と過激じゃないか」
殺害予告を受けたにも関わらず笑顔なアーロン。まるで堪えていないようだ。
「冗談さ。私の言いたいことはレディが代弁してくれたようだから割愛しよう」
「どいつもこいつも暇なようだな」
アーロン・イゾサール。近衛師団に所属しているイゾサール侯爵家出身の若き天才。レイピアと雷魔法を軸に戦い、宮廷剣術を扱うことで有名な剣士である。
「見ての通り、元気になったからね。挨拶をと思ったのさ」
「頭はイカれたままのようだな」
侯爵家ともなれば名が知れていることは間違いないが、それはこの世界での話であって浩人は認識していない。ゲームで登場することのなかった人物の一人であった。
「周りは理解が追いつかないのさ。君のような天才でなければ、ね」
「先天性ということか……不憫な奴め」
可哀想な者を見るような視線を送るジークであるが何故か胸を張るアーロン。
「よく言われたさ。ただ上には上がいると正しく認識出来た……」
原作を知る浩人からすればアーロンの実力は高めの部類に相当する。侯爵家であることも加味すればゲームで登場しても不思議ではない。もしかしたら没案の中に含まれていたのかもしれない。
「話は変わるが……顔を青くしていたよ。誰とは言えないけどね」
「ふん、根暗には良い刺激になっただろうな」
襲撃の後アクトルに呼び出されたアーロン。お咎めは無かったがただ一言……今後は下手に刺激するなと釘を刺されていた。
「彼は現場の過酷さを知らないからね。私達の気持ちを理解して欲しいものだ」
やれやれと首を振るアーロン。
言動からは想像し難いが、近衛師団に所属しながら諜報機関にも籍を置くのだと考えれば、かなりの大物と言える。
「ここからは独り言なのだが……国の上層部は今大慌てしている」
地方都市の呪いに王都の襲撃。これまでに無かったことが立て続けに起きている。
自然に起きた事象ではなく何らかの組織が関与している明らかな敵対行為であった。
「全容を掴めていない以上、次もあると踏んでいる。めぼしい催し事とすれば騎士団の入団試験かな」
「だろうな」
王都で毎年行われる入団試験。実力は勿論、素性や経歴に人間性など多くの事が評価の対象となる。入団希望者もかなりの数で厳しい競争として有名だ。
さらに例年とは違い今年は魔術師団と合同での入団試験が発表されている。
「一次試験はこの王都だけど以降は異なる。何かあるならそこだろうけど、私は立場上スピリトを離れることは難しい……」
入団試験の概要は原作知識から把握している。魔術師団との合同試験も違いはない。だが襲撃などの話は無かったはずだ。
「入団試験は杞憂かもしれない。ただ捕らえた者達が共通して口に出しているのが君の名だ。勿論不要かと思うがこの言葉を送らせてもらう。――気を付けたまえ」
真剣な表情でジークに警戒するよう伝えるアーロン。いつものふざけた様子は見られない。
「バカが、今更なんだよ……」
今までと変わらない。この世界に来てからというもの、周囲の全てが敵だった。多少増えたところで変わりはない。これまでもこの先も……。
「そうか、何かあれば呼んで欲しい。地平の果てであっても馳せ参じよう!」
チャオ!と言いながら軽やかに身を翻すアーロン。行き交う人々は不審者を見るような目で道を空けていた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「ルークさん、また大物を討伐しましたね……しかもつがいを」
レント領冒険者協会。ジークやルークが普段活動している拠点となる。
「彼に負けてはいられませんからね。それに入団試験はもうすぐですから」
受付スタッフであるミスリーとルークは数年前から面識がある。ジークに至っては約三年からの付き合いだ。
そのミスリーが驚いているのは討伐難易度Bランクの半鳥半獣の魔物、グリフォンを単騎で討伐したからであった。
「そのジークさんは王都にいるようですが……」
「なんでも王都に用事ができたようですね」
依頼に関する話を聞いたルークは同行を求めたが拒否されてしまう。
「お前はやるべき事に注力しろ」
邪険にされた訳ではなくルークを慮った発言であった。それなら今出来ることをと思い鍛錬と冒険者活動の両方を続けていた。
「彼は一人でも問題ありませんからね。……ただやり過ぎてしまうのが欠点かもしれません」
「当協会としては分別を弁えている、貴族には珍しい冒険者と評価していますよ? それにレント領からAランク冒険者が生まれたことは鼻が高いです!」
Aランク昇格の裏事情を知らないミスリー。数日限りの栄光になるかもしれないとルークは苦笑いだ。
「……それではお願いしますね。また数日後来ます」
冒険者協会を後にするルーク。家に帰ったら剣の鍛錬を予定している。
(ずっと前から目標にしていた入団試験。必ず受かってみせる)
強い決意を胸に抱き、気を昂らせるルーク。夢を現実にするために前だけを見てきた。それはこれまでもこの先も変わらない。
ただ寂しく思うのはいつも隣にいる親友が入団試験では不在になることであった。
物語は止まらない。二人の結末がどのような結果であったとしても。
第二章 主人公と悪役と 終
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