第三十話
ブリンク隊は異変の原因を探るためにスラム街を進んでいた。
「連隊長、魔物が全く現れなくなりましたね……」
「そのようだな。少なくとも気配は感じない」
多くの魔物を討伐してきたが今では接敵すら無い。何かしらの変化が生じた可能性がある。
「魔物の数に限りがあるのかもしれないが。全員警戒を怠るな」
ブリンクの指示により引き締まる騎士達。そしてその騎士達を見て緊張感を持つヴァン。直近で見る騎士団の統制の取れた動きに圧倒されていた。
スラム街の奥にまでたどり着いた一行。そこには集会などで使われていそうな空き地がある。そして異変の原因と思われる異様な光景が視界に入る。
「何なんだよ……これは?」
驚きのあまり言葉を失うヴァン。
地面には刻まれた魔法陣がある。半径三メートル程の大きさ。その魔法陣を囲うように設置された古めいた石。骨董品のような見た目をしている。
「先程話にあった、ここの住民達か……」
古めいた石から伸びるように刻まれた模様の先にはスラム街の住民達が折り重なるように倒れている。その数はかなりの人数となる。
「ローブ男が言っていた必要な魔力っていうのは……」
「おそらくあの石に溜められていた。彼らの魔力を石に移し魔法陣の発動と維持に使われていたのだろう」
現状、魔法陣は光を失い効力は失われているように見える。
「どうして……こんなことを」
「魔物を召喚する為に決まっているだろうが」
どこからか飛び降りてくるように着地するジーク。急な登場に驚く騎士やヴァン。
「お前はあの時の……⁉︎ それよりも魔物を召喚するって何だよ?」
「バカなのか貴様は? 魔法陣の解読すら出来ないとはな」
「なんだとッ⁉︎」
興味の無いように吐き捨てるジーク。その冷たき瞳に映るのは魔法陣のみのようだった。
「おい……そんなことより貴様は何をしに王都に来ている? あの悪趣味な石に見覚えはあるか?」
「――? 俺は行商の手伝いで王都にいる。あの石は見たことがないな」
本当に救われないな、と呟くジーク。
「くそッ、早くこれをどうにかしないとまた魔物が出てくるってわけかよ」
「喚くな鬱陶しい。それが起動することはない……今はな」
慌てるヴァンとは対照的に冷静なジーク。
「分かってるなら教えてくれよな……でも、やっぱり分からねえよ。何が目的なんだ?」
貴様が知る必要は無いと切り捨てる。まるで相手にされていないヴァンだった。
「……教えて欲しい。王都の他にも同じものが存在するのか?」
一人の騎士が緊張した面持ちでジークに尋ねる。
「ふん、貴様ら無能共の代わりに他は処分している。シュトルクとかいう連隊長も一つ潰していた。残りはここだけだ」
何気ない発言だったが騎士達からすれば驚きだ。やっと見つけた異変の原因をジークは一人で複数対処していたのだから。
「じゃあ、あの石を壊せばどうにかなるんだよな?」
「他はそれで事足りていた。だがここにはあれがある」
ジークが示す先にはスラム街の住民達の姿があった。
「もしかして……まだ息があるのか⁉︎ なら助けないと!」
「バカか貴様は? あれはもう助からん。限界手前まで魔力が搾り取られ、少し回復すればまたその繰り返しだ」
ジークの説明によると魔法陣と石を通じて住民達にも術式が刻まれているらしい。魔法陣や石の消滅は人の死に直結するとのことだ。
「ここで魔力を溜めて他の場所へ配置していたと……見張りの役目があの男というわけか」
落ち着いて的確に情報分析をするブリンク。しかしヴァンは動揺を隠せない。
「俺がもっと早く来ていれば、こんなことには」
「少年、これだけの作戦規模だ。君がいくら急いだところで結果は変わらなかった。我々騎士団の失態だ」
拳を握りしめ苦悶に満ちた顔をするヴァン。無力感に苛まれていた。
「くだらん茶番は他所でやれ。さっさと片付けるぞ」
手を魔法陣へ向けるジーク。魔法を放ち消滅させるつもりのようだ。
「⁉︎ 何やってるんだ! 魔法陣や石が壊れたらあの人達は死ぬんだろ⁉︎」
「だからどうした? 放置すればまた魔物が湧く」
「待ってくれ! 何か、何か方法があるはずなんだ……!」
魔法陣を庇うようにジークの前に立つヴァン。必死な表情で止めようとしている。
「あれは死ぬまで魔力を吸われ続ける。その魔力で魔物が湧き、また好き勝手に暴れだす。何がしたいんだ貴様は?」
「だからって、そんなのあんまりだろ……!」
「貴様がしていることは全てが無意味だ」
魔法陣を対処すれば生命的な繋がりのある住民達は死に至る。放置すれば魔力を失い続け魔物の出現が止まらない。
「魔力の搾取が続けばどのみち死ぬ。……時間の無駄だ失せろ」
「少しでも可能性があるなら助かる道を探すべきだろ!」
引かない両者。二人の関係性を表しているのかのようだ。
「連隊長、どうしますか? 取り急ぎ魔術師団とマリア教会へは連絡を入れていますが」
「引き続き周囲の警戒にあたれ。……誤解されやすいのはある意味、彼の欠点なのかもしれないな」
静観するブリンク。間に入るつもりはないらしい。
睨み合いが続く中、魔法陣が再び光を取り戻す。同時に住民達から呻き声が聞こえる。
「そんな……もう動くのかよッ ――⁉︎ ぐはっ!」
ジークに蹴り飛ばされるヴァン。反応出来ずに家屋の壁に突っ込んでしまう。
「ゴホッ、……待て、よ。――止めろぉぉーー!」
「――消し飛べ」
ジークから放たれた極寒を思わせる魔力の波動に呑まれる魔法陣。残されていたのは跡形も無く全てが消え去った更地のみであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「……お前は、何をしたのか分かってるのか?」
「何も変わってないな貴様は……また惨めに這いつくばっている」
躊躇なく魔法陣を破壊したジーク。その意味を理解しているヴァンは大きく動揺していた。
「どうしてだよ……他にも方法はあっただろ……?」
「知るか、俺は俺の判断で動く。口先だけの貴様に指図される謂れは無い」
剣を杖代わりにして立ち上がるヴァン。身体的なダメージよりも精神的な傷の影響が大きい。
「あの人達は、何も悪いことはしてないんだぞ。何で簡単に切り捨てられるんだ」
「知ったような口を聞くな。この掃き溜めに来たのは今日が初だろうが」
周りを見渡すヴァン。
寂れた家屋に不衛生な生活環境。日が射すことの無い見捨てられた地域。それがスラム街だった。
「力が無ければ分別も無い。だから貴様は駄目なんだよ」
「……お前こそ、俺の全てを知ったかのように馬鹿にするな」
両者を中心に剣呑な雰囲気が周囲に流れる。さすがに止めなければと一人の騎士が仲裁に入ろうとするが状況は動く。
住民の方から呻き声が聞こえてきたのだ。
「……え? 何で、だ?」
「ふん、運のいいゴミ屑共だな……ブリンク、教会の連中はまだか?」
「既に救援要請は飛ばしています。直にこの場に来ると思います」
落ち着いた様子で返答するブリンク。二人のやり取りの意味が分からずヴァンは呆けていた。
「魔物騒ぎは一先ずは決着というところでしょうか。しかし、結界は……」
「時間の問題だ。あれだけの規模を容易く維持出来るなら、世界中が結界だらけで貴様らは用無しだろうな」
それでも結界が解けないなら俺が消し飛ばすと冗談なのか本気なのか判断しにくい発言をするジーク。
「待ってくれ……何の話だ? 分かるように教えてくれ?」
「その目は飾りか? 魔法陣を跡形も無く消滅させた。それだけだ」
「だから、おかしいだろ? あの人達と繋がっていたんじゃないのかよ?」
「その繋がりごと消した。だから奴らは生きている。これで満足か無能?」
目を白黒させるヴァン。口撃による追い討ちをかけるジーク。容赦がない。
「また無茶をしましたね。ジーク様」
「様をつけるな鬱陶しい。……この程度の規模だからどうにかなった。本当に運がいい連中だ」
初対面とは思えないやり取り。騎士団の連隊長にラギアスの子息。事情を知るブリンクの部下でなければ目を丸くしていたかもしれない。
だが、この場にはその事情を知らない人間が一人いた。
「ジーク? それにその黒髪は……。お前がジーク・ラギアスなのか……?」
「だったらどうした? 貴様に何の関係がある?」
「そうかよ、そうなのか……」
ぶつぶつと独り言を呟くヴァン。周りの騎士達が心配したように顔を見合わせる。
「俺はお前のことを知らない。だから教えて欲しい。ラギアスやお前に関する悪い噂は本当なのか?」
重税により領民を苦しめていること。魔法で村を滅ぼしたこと。地方都市に疫病を撒き散らしたことなど多くの悪評に関する真偽を尋ねる。
「貴様に何を思われようが関係ない」
「……否定しないのかよ」
しっかりと否定して欲しかった。口が悪く性格は最低だが実力は本物だった。目標として追いかけたかった。目の前の少年のように強くなりたいと渇望していた。
「それだけの力があるなら……」
「バカか貴様は。力が全てだ。力があるから抗える。力があるから存在が許される。力が無ければ無能で惨めな負け犬だ」
淡々と語るジークであったがブリンクには心の叫びのように聞こえていた。ラギアスという悪名に押し潰されないように、折れないように、誰にも負けないようにと。
「違う……。力が無くても強くなれるし生きてもいける。弱くてもみんなで一緒なら変えられることもあるはずだ」
「本当に使えないな貴様は。何もかもが薄くて軽い。大口を叩く現実を知らない理想論者だ」
交わることの無い平行線のような二人。両者の間には深い溝が出来ていた。
「確かに俺は口だけかもしれない。でも、お前が言う大口に見合った実力をいつか身に付けて見せる」
「くだらんな。そんな暇があるなら他に目を向けろ」
「ブリンク連隊長! 報告がございます!」
一人の騎士が慌てて駆けてくる。空気を読めよと思う騎士もいたことだろう。
「王都に発生した結界の消滅を確認したとのことです! 合わせて魔物の出現も見られないようになったと連絡がありました」
「結界の解除が成功したのか?」
「いえ、自然に消滅したようです」
本部からは残党確認や王都民の救護に支援、復興指示が出ているようだ。
「終わったようだな」
背を向け歩き出すジーク。ヴァンは静かにその後ろ姿をただ見つめているだけであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
スピリトを囲うように存在する巨大な城壁。その上に佇む一人の人間。王都を見渡すように視線を向けていた。
「鍵と思われる反応はあった。だが、皮肉なことだな」
独り言のように囁き、風に掻き消されるように消えてしまう。残されていたのは物静かにそびえ立つ城壁のみであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
王都の守りの要とも呼べる神聖術を基にした結界。今回の襲撃により被害が生じていないか、王族の意向によりアクトルは調査を行なっていた。
スピリトの地下に存在する王家の血を引いた者にしか入ることの出来ない封印区画。法により許され、資格を持つ者のみが訪れることが可能な場所に特別な魔道具が設置されている。その魔道具によって結界が発動する仕組みとなる。
(予想はしていたが、やはり被害は無いな)
敵対組織による襲撃は予測していたが、封印区画が狙われる可能性は皆無だと踏んでいたアクトル。魔物騒ぎの事後処理に関する根回しが必要ではあるが、少なくとも王都の要は無事であった。
(目的は依然不明のまま。だが結界が無事なだけでも良しとするか)
今後に向けてやるべきことは多々あるが今はそれだけでいい。
(さて、次はどのような……)
「方針で行くべきか……といったところか?」
アクトルの背後にはいるはずのない
「何者です「動けば首を刎ねる」……か⁉︎」
アクトルの首を覆うように足元から鋭利な氷の棘が突き出す。少しでも動けば首と胴体は分離してしまうだろう。
(これだけの氷魔法を使える者は限られている。だが、あり得ない……!)
「やはり必要なのは血筋ではなく魔力の方だったか」
(何を言っている? ラギアスに王族の血が……いや、それこそ無い。しかし、なら何故だ?)
「動揺しているな。俺がこの場にいるのがそんなにおかしいか?」
「……当然です。この場は王族の、しかも限られた者しか訪れることが出来ないのですから」
(王族を脅して無理矢理立ち入ったのか?)
「くだらん浅知恵だな。脅したところで誓約がある以上、侵入は不可能……違うか?」
(王家の誓約まで……何故知っている⁉︎)
「結界に異常が生じれば、ここに来るのは予想がついていた」
身動きの取れないアクトル。そのアクトルの周りをゆっくりと歩きながらジークが目の前に現れる。
「ジーク・ラギアス……。ラギアスの貴方が何故ここに……?」
「あの近衛から聞いていないのか? 覚悟していろ、とな」
(まさか……イゾサールから妙な報告があったのは)
アタックがあるよ!とアーロンから謎めいた報告を受けた時はまたいつものやつだろうと深く考えなかったがここにきて後悔が募る。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。……散々俺を虚仮にしてくれたな」
思い当たる節はそれなりにある。
シエルを使った調査、必要に応じて暗殺。冒険者ランクの昇格に護衛依頼。冒険者に扮した部下による監視、アーロンに命じた戦闘能力の確認。
「分かっているとは思いますが私は王族です。何かあれば国を敵に回すことになりますよ?」
「バカか貴様は。一体誰が俺を疑う? 貴様らが忌み嫌うラギアスが王族の機密に触れられると本気で思うのか?」
目を三日月のように細め、邪悪な笑みを浮かべるジーク。冗談では無く本気で殺りにきている。
「私は神聖術の使い手です。何かあれば、それこそ国の……」
「他にもいる。最近だと貴様が捨てようとした
(何なんだこいつは……⁉︎ 本気で王族である私を殺すのか⁉︎)
氷棘の一部が首を掠め血が流れる。直撃すれば即ち死に繋がる。
「覚悟は出来たか? 神聖術が使えるのなら治してみるのも手じゃないか? ……いや、死を覆すのは無理だったか……」
ピキピキと音を立てながら棘が首元まで迫っているのを感じる。死が直ぐそこまで、アクトルを追い詰めていた。
「私にはまだ……するべきことがある。こんな、ところでは終われない」
声を詰まらせながらもジークから視線を外さない。確かな覚悟が目に宿っていた。
「ふん、泣き喚くなら即座に首を刎ねたんだがな」
氷の棘はアクトルを貫くことなく霧散する。緊張の糸が切れたかのように地べたに尻餅をつくアクトル。
「どう、して……?」
「死にたいのなら構わんがな。……次は無い。肝に銘じておけ」
入口の方へ歩いてゆき、そのまま煙のように消えるジーク。静かな地下にはアクトルの荒れた呼吸音だけが木霊していた。
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