第二十八話
冒険者全員を魔法で作り上げた氷牢に閉じ込めたジーク。二十名以上の人間を余裕を持って拘束可能な大きさの牢。エリスや王都民達は驚愕の表情を浮かべていた。当の本人はこんなところか、と呟いていたが。
「何が、こんなところか……よ⁉︎ どこからツッコミを入れたらいいのよ⁉︎」
オーガの殲滅、逃げた冒険者の無力化、そして目の前にある氷牢。死を覚悟した直後というのもあり、エリスは動揺を隠せない。
「魔物は沢山出るし、オーガなんて初めて見たわよ。冒険者は逃げるしアンタは規格外過ぎなのよ……」
腰を抜かしたかのように地べたに座り込むエリス。目元には涙が浮かんでいた。
「本当にもうダメかと思ったのよ……ありがとう」
泣きながらも笑顔でお礼をするエリス。見方によっては物語の一幕だと想像する者もいただろう。……ジークの発言が無ければ。
「頭がイカれたようだな。神官にでも診てもらうんだな」
「……明日世界が終わりを迎えても、アンタは平然としてそうよね。笑っちゃうわ」
周りの者達は絶句していたがエリスは変わらず笑顔だった。
「……下手をすれば、そうなりかねないんだよ」
静かに呟くジーク。風に流され誰かの耳に入ることはなかった。
「それにしても……こいつらは大丈夫なの?」
拘束された冒険者達。項垂れている者、気を失っている者、騒いでいる者、必死に氷牢を壊そうとしている者など様々だった。
「ゴミ共にどうにか出来る魔法じゃない。他の魔物も同様だ」
冒険者は身動きが取れず魔物でも破壊は不可能。なら程の良い囮に使えとジークは言う。
「そういう意味じゃないんだけど……まぁいいわ。因果応報ね」
魔物の襲撃は止まっている。だが王都の騒ぎは未だ終息していない。離れた場所からは魔法による戦闘音が聞こえてくる。
「この辺りは粗方片付いたか」
遠くを見つめるジーク。次の場所へ移動するのだろう。
危機は去ったがそれは一時的なものだと容易に想像がつく。自分達の気配を察知し再び魔物が現れる可能性は高い。その時自分はまた戦えるだろうか。
(一緒にいてみんなを守ってほしい……なんて言う資格はないわよね)
初めて経験した命の危機。自分は大丈夫だろうと思っていた根拠のない自信は粉々に砕け散った。
(私が巻き込んだことがきっかけ。あの時、もしかしたら一緒に死んでいたかもしれない)
魔物との戦闘経験はあったが、誰かを守りながら戦うのは初めてだった。ここまで精神を摩耗するとは思いもしなかった。それだけ人の命は重く、力ある者には責任が伴うのだと実感した。
(私には、引き留めることは出来ない)
「……次へ行くんでしょ。アンタなら救える命が他にもあるわ。ここは私に任せない」
(精一杯の強がり。本当に笑ってしまうわね。これもまた因果応報かしら)
巻き込んだのが目の前の少年でなければあの場で自分と一緒に大勢の人が命を落としただろう。今の状況はそのツケが回って来たからかもしれない。
「まだ言ってなかったわね。あの時は巻き込んでしまってごめんなさい。……謝って済むことではないけれど」
言葉は無い。ジークは腕を組み、視線は別の方向へと向いていた。
(そもそも眼中に無いのね。仕方ないけど、ちょっと悔しいわ……)
「大丈夫よ私は……だから早く行って」
「ふん、やっと追いついたか。無能な連中だな」
ジークが向けていた視線の先には騎士や魔術師の姿があった。数は十名程と冒険者の半数ではあったが、どこか頼もしく感じるのは気のせいだろうか。
「どうして騎士達がここに?」
「自惚れるなよ。貴様のような矮小な存在を戦力に数える訳ないだろうが」
手を振りながらこちらへ移動してくる騎士。眼鏡を掛け、溜め息まじりにジークへと視線を向ける魔術師。どうやら面識があるようだ。
「広い王都でどうやって私達を見つけたの?」
「偶々目に入ったから連れて来たまでだ。少なくともそこのゴミよりは使えるはずだ」
歩を進めるジーク。今度こそ移動するようだ。
「待って! ……一つ教えてほしいの。どうしてアンタは戦えるの? 魔物が怖くないの?」
死にかけた今だからこそ分かる。思いの強さだけで恐怖を払拭することは難しい。同じ年代のこの少年は何故歩みを止めないのだろうか。
「そんなことは決まっている。……魔物より恐ろしい
足元に形成された氷の足場。ジークを突き上げるように空へ伸び、動きに合わせるように跳躍する。
高く建てられた王都の建物を軽く飛び越えそのまま姿は見えなくなる。
そう言えば上から降って来たわね、と思考を停止したかのような感想を抱くエリス。騎士達が何か騒いでいるが頭に入らない。
(ヴァンの気持ちが少し分かる気がするわ。でもね、これは無理よ。アンタはアンタのペースで頑張りなさい)
新たな目標が出来たと、力強く立ち上がるエリスであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
王都全域を囲むように発動した結界。複数の部下を従えたヨルンはその結界を調査するために城門へ訪れていた。
「なるほど……術の起点は城門よりも更に奥。これじゃあ手が出せないね」
魔物の発生源を特定することは急務ではあるが、結界の解除についても同じことが言える。全ての魔物を討伐出来たとしても、王都に閉じ込められた状況が続けばまた別の問題が生じる。
(永遠に持続可能とも思えないけどね)
「王都の結界が悪用されたわけでは無いようだけど。これだけの規模を維持するには人の手だけじゃ無理だね」
広大な王都全域を覆う結界。魔術師のみで同じことをしようとすればどれだけの人間が必要になるのか。
(普通に考えれば魔道具だろうけど……。呪いの次は結界に魔物。何が目的なんだろうね?)
「空まで覆われていますが、地下ならどうでしょうか? 穴を掘り王都から脱出すると言うのは……?」
「う〜ん、三点! この手の結界は円を築くように発動するから一緒だよ。そもそも穴を掘る時間は無いし、今急いで外に出たい訳でもないしね」
部下の残念な発言に気分を害することなく、説明するヨルン。
(今の時代、言い過ぎてもやる気を無くしちゃうからね。放置したらどこぞの野蛮集団みたいに増長するし……。まぁクビにすればいいんだけど)
軽い言動が時折目立つヨルンではあるが、上に立つ者としての考えは一応持っている。
(そういう意味で言えば冒険者協会よりはマシかな。少なくとも王都本部はもうダメでしょ)
先日の会議や模擬戦、領主会談前日の彼らの行いを思い出す。態度や口は大物だったが、それに見合う実力を兼ね備えていなかった。
(地方の冒険者達の方が普通に優秀だと思ったけどね)
上手くアーロンに乗せられた冒険者達。成り行きを見守っていたヨルンではあったが、遅かれ早かれジークと衝突することは目に見えていた。
(そもそも疑問に思わなかったのかな? 国からの正式な依頼で、その打ち合わせの場に協会職員が一人もいないことを)
名だけの高ランク冒険者が王都には増え過ぎた。実力が多少あっても、人間性が優れていなければ力を持った乱暴者と変わらない。王都冒険者協会特有の事情が彼らを増長させてしまったのかもしれない。
(王都のトップは変わったようだし、これを機に不要な冒険者はまとめて切られるんだろうね)
怖い怖いと内心で呟くヨルン。部下の報告では魔物を前に怖気付き市民を囮に逃げ出した、なんて話もある。
(そういう意味で言えば、改革に持ってこいの人材だよね彼は……)
アーロンとの模擬戦が目に浮かぶ。最終的には完膚なきまでに叩きのめされたアーロンであったが、他の冒険者とは違い実力は折り紙付きだった。単に相手が悪かったに過ぎない。
(土下座したら何かの間違いでウチに来てくれないかな……)
それは無いかと首を振るヨルン。あの狂犬が誰かの下に付くわけがないと考えを改める。
「さて、仕事しますか……。結界の強度や術式を調べるよ。何かしてたら敵さんに動きがあるかもしれないからね」
✳︎✳︎✳︎✳︎
「魔物がどんどん増えてくるな……」
オーガを無事に倒したヴァン。その後は負傷していた騎士達をマリア教会へ預けて再び王都を駆けていた。
騒動の原因を探ろうと初めは考えていたが、頭の悪い自分が知恵を絞ったところで何も解決しない。なら体を動かして少しでも多くの人を助けようと切り替え魔物を追っていた。
ヴァンの前方にはゴブリンの群れが多数。だが立ち止まることなくスピードを上げ、すれ違い様に斬り刻む。ゴブリンは反応すら出来なかった。
(商会のみんなは無事なのか……いや、きっと避難してるはずだ。直ぐに勘付いて行動してるに決まってる)
馬車での移動中に魔物に狙われたことは何度もあるが、その度に協力して撃退してきた。今回も問題ないと信じている。
上空から鳥類型の魔物、ロッシュバードがヴァン目掛けて強襲してくる。硬い翼を持った岩のような小型の魔物。体当たりを受けただけでもそれなりのダメージとなる。
(あいつも……まだ王都にいるのかな)
体を反らし攻撃を避けるヴァン。振り向きざまに炎の斬撃、火炎斬を飛ばしロッシュバードを仕留める。
(あいつなら、もっと沢山の魔物を討伐してるだろうな)
脳裏から離れない先日の記憶。自慢の剣は気付いた時には断ち斬られていた。
(俺は強くなったと思ってた。けど、全然ダメだった)
動きが見えないほどに速かった。どれだけ剣の腕を磨いても攻撃が当たらないなら意味がない。
(全部無駄だったのか?)
道を塞ぐようにオークが三体程待ち構えている。ヴァンを視認した途端に声を上げながら突っ込んでくる。
だがヴァンも引かない。剣に炎を乗せ回転するように突っ込む。炎の渦を纏った突進にオークは呑み込まれ灰となる。
王都の土地勘があるわけではない。魔物を追いながら駆け回り、気付けば知らない場所へと足を踏み入れていた。
「ここは……随分と物静かな場所だな」
古びた建物が密集した日当たりの悪い地区。いわゆるスラムと呼ばれる退廃地区にヴァンはいた。
「人の気配は……無いな。避難の後なのか?」
確認した限り怪我人はいない。
「スラムの人間の安否を気にする者がいるとは驚きだ」
「⁉︎ 誰だ!」
声質から男性の物だということは分かる。だが姿はどこにも無い。
「さすがに声を出せば認知されるか……スラムの奴らは声にすら気付けなかったが」
「何言ってんだ! ここの人達をどうしたんだ⁉︎」
剣を構え辺りを見渡すが古びた建物しか目に入らない。
「会ったこともないスラムの人間がどうなろうが関係無いと思うが」
「それを決めるのはお前じゃない!」
威勢のいい餓鬼だと聞こえてくる。
「まぁいい。……だが、計画はまだ終わっていない。ここから先には行かせられんな」
「……さっきから何を言ってるんだ」
背後から感じる悪寒。咄嗟に剣を出し何かを受け止める。武器同士がぶつかるような衝撃を手に感じる。
「勘は良いようだな。運もある」
男の姿が露わになる。全身をフードで覆った黒という印象が強い。先日対峙したひったくり犯と姿が重なる。
「この前の自爆男に似てるな……」
「……なる程、お前が我らの敵か。アピオンや王都では仲間が世話になったな」
男の手には刃幅の広い無骨な剣が握られている。以前ヴァンが所有していた剣とは異なる不気味な赤色をした刀身。血を啜っているかのような色をしている。
「俺はこれでいくつもの首を刈ってきた」
「念のため聞くけど、それは魔物の話だよな……?」
「最早人も魔物も関係ないな」
「そうかよ!」
距離を取り、挨拶代わりに火炎斬による斬撃を放つ。二度、三度と連続で炎の刃をお見舞いする。
「勇ましいな。だが若い」
正面から受け止めず流れるように斬撃をいなす。炎の刃は空を切り、後方の建物へ衝突し霧散する。
「まだだッ!」
接近し上段からの振り下ろし。勢いよく剣を叩きつけるが男は焦ることなく、攻撃を受け止め鍔迫り合へと持ち込んでくる。
「結界の維持に魔物を呼ぶ。どちらも魔力が必要だった」
押し返そうとするが山を相手にしているかのように動かない。
「人の魔力は有限だ。我らが必死になったところで高が知れている」
賢者クラスなら話は変わるがと男は続ける。
「だから我らが価値を与えてやった」
「もういい……止めろ」
力押しを諦め、腹に蹴りを放つ。それでも男は微動だにしない。
「無駄に数だけはいたからな。大いに役に立った。都合が良いことに、スラムの人間が何人消えようが誰も気付きはしなかった」
「だから、止めろって言ってるだろ……」
剣を鞘に戻し魔力を溜める。イメージは閃。魔力の暴発を利用した刹那の一撃。
「緋剣抜刀!」
速さに重きを置いた居合が男に迫る。無骨な剣で防御を試みるが間に合わず男は斬り裂かれる。
「だから、若いと言っている」
「っ⁉︎ これは……!」
男の傷口を中心に術式が浮かび上がる。黒い術式が光を放ち辺りは影に包まれる。
「同胞と戦ったなら目にしたはずだ。我らは全員刻まれている」
「くそッ⁉︎ 分かっていたのに……動けねぇ」
先日苦しめられた同じ魔法によりヴァンは身動きが取れなくなる。
(また同じ手に嵌まっちまった。くそッ!)
「見込みはある。だからこそ残念だ」
(こんなんじゃ、またあいつに罵られるな。ここにいたのが俺じゃなければ助かった命もあったのに……)
剣を上段へ構える男。構図は執行人と死刑因のようだ。
(あいつなら……? ――そういえばあいつも同じ状況だったよな。なのにどうして動けたんだ?)
脳裏に浮かぶのはゆっくりとした動作で歩く黒髪の少年。ヴァンやエリスと同じよう魔法の影響を受けていたにも関わらず行動に制限が無かった。
(エリスは魔法を使えなかった。なのにあいつは魔法で武器を作れてた)
もう一度思い返す。何か見落としがあるような気がする。
(まてよ、本当に身動きが取れないならどうして会話は出来たんだ? 口は動くし目もそうだった)
術式の発動と同時に足元に広がった黒い影。自分の影を覆うように。
(まさか、縛っているのは動きじゃなくて……影⁉︎)
突如発生した炎に包まれる二人。まともに炎の煽りを受けた男は堪らずヴァンから距離を取る。
「餓鬼……何をした?」
「やっぱり、な。魔力は練られるし魔法も使える」
(影を縛る……影の動きに影響が無い目や口は問題無く動かせる。そして魔力も。エリスが魔法を使えなかったのは動けないっていう先入観から、か)
「影を縛るのがこの魔法の正体だろ? 一度、目にしてたからこそ活路を見出せたんだ」
(魔力を使った強引な身体強化であいつは拘束から外れてたんだ。俺も一歩だけなら動かせた。ほんと滅茶苦茶だなあいつは……)
「やはり我らの妨げになるのか……ジーク・ラギアス」
「はぁ? またそれかよ。……俺はヴァンだ!」
限界まで魔力を練り上げる。後先考えずに次の一撃に全てをかける。
「俺は魔法は苦手だから……手加減は出来ないぞ!」
形成されるのは巨大な右腕。炎で錬成された灼熱を思わせる大腕が男の真上に現れる。
「⁉︎ ……これだけの魔法を放てば周りはもちろん、お前もタダでは済まんぞ」
「ああ、分かってる。だから……我慢比べと行こうぜ! 燃えろぉぉーーーー!」
神を思わせる鉄槌が下される。
男を中心に辺りは爆炎に呑み込まれてしまう。
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