第二十七話

 突如として現れた魔物によって王都は大混乱に陥っていた。異様な空気を感じていた者も多くいたが、まさか魔物の襲来など予測出来るはずもなく。

 

「どうして王都に魔物が湧くんだッ⁉︎」


「知りませんよそんなこと!」

 

 騎士の誘導に目もくれず思い思いのままに逃げる市民達。必死に逃げ惑う市民によって被害は更に拡大する。


「大技は厳禁ですよキート!」


「分かってるわクソッ! 戦い辛ぇなホント!」


 魔物は決して強い種とは言えない。ゴブリンやスライム、コボルトなど種類は多いが、十分対処可能な範囲である。

 だがここは開けた場所ではなく王都。人が多く居住用の建物も多くある。守るべき対象がいる中での戦闘は思った以上にストレスとなり、細かなミスから負傷者が出ていた。


「避難させろってお達しだが何処へ逃げるんだ? 王都の外には出れそうにねえぞ」


「安全な場所を私達で作るしかないでしょう」


 結界により王都を出ることは不可能に近い。魔物が城壁内に存在する以上、どこも安全とは言い難い。


「とにかく……時間を稼ぎながら避難を進めるしかないということです!」


「並行して魔物の侵入経路も調べながらかよッ!」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「ハリアさん! この付近は鎮圧完了です!」


 警護のため持ち場についていた冒険者達。急な魔物の襲来に初めは浮き足立っていたが、今では持ち直していた。魔物との戦闘に慣れている冒険者ならではと言える。


「分かったわ。逃げ遅れがいないか確認しながら次に行くよ!」


 ハリア達『光の翼』を中心に魔物の討伐を進める冒険者達。市民の保護を優先するのは騎士達と変わらない。


「戦闘で仕方ないとはいえ、建物に結構な被害が出ましたね……」


「そこまで気にしてたら救える命も救えない。王都民には悪いけど復興を頑張ってもらうしかないわね」


 違いがあるとすれば建物までは配慮しない点だろう。騎士とは立場や考え方が異なるのが冒険者だ。


「今はまだ小物しかいないから楽だけど……結界がある以上、撤退の選択肢が無いのが辛いわね」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「何で王都に魔物が……どうなってるんだ⁉︎」


 宿で休んでいたヴァン。外を出歩く気にもなれず考えにふけていたのだが、騒がしさと妙な胸騒ぎを感じて街へ出てみれば、逃げ惑う人々の姿と魔物を目にした。


(スピリトは国一の安全な都市って聞いてたのに……)


 堅固な城壁と有事の際に発動する結界。両者が揃うことで鉄壁の守りとなるが、今はどちらも意味を成していない。内側からの攻めによる脆さが顕著に現れていた。


「血の匂いがする。何が起きているんだ……」


 ここに来るまでヴァンは数回戦闘を重ねていた。ゴブリンやスライムといった討伐難易度の低い魔物のため、手こずることはなかったがそれは武を嗜む者の場合。

 一般人からすれば魔物という脅威に差はなく全てが恐怖の対象だ。目に入っただけで足がすくみ動けなくなることもある。


(とにかく、魔物を倒さないと)


 狭い裏道を抜け開けた場所へと出る。

 目前に広がるのは大きな噴水が作られた王都民憩いの公園だ。


(な、何だよこれ……)


 その公園の中心には負傷した多くの騎士達が倒れていた。生きてはいるようだが血を流し動けそうにない。騎士団の象徴でもある鎧は歪みいびつな形へと変わっている。素人でも分かる。すぐに治療が必要な状況だ。


(騎士がゴブリンにやられるはずがない。なら……)


 咄嗟の判断で前方へ転がるように回避するヴァン。直感と言ってもいい。自身の命に危険が迫っていると感じ取ったのだ。

 寸刻の差でヴァンが先程まで立っていた場所に上空から何かが落下してくる。着地と同時に地面はひび割れ衝撃が広がる。


「ォォオオオオオーーーー‼︎」


 大声で叫ぶ人型の魔物。体長は三メートル近くあり筋骨隆々の肉体と赤い肌が特徴的で凶暴そうな見た目をしている。


「ッ⁉︎ こいつは、まさか……オーガ⁉︎」


 発達した肉体と膂力を武器に戦う交戦的な魔物として知られるオーガ。山奥などを好み、人里から離れた場所を住処としている。


(騎士の鎧がひしゃげてたのはこいつのせいか)


 ゴブリンやスライムとは違い討伐難易度はBからCとかなり高い。経験豊富な騎士であっても街中での戦闘には慣れていない。魔物の襲来は想定しても実戦を積むことは出来ないのだから。


(人は見当たらない。多分、騎士が上手く逃したんだろう)


 身を挺して市民を守ったのは流石と言える。だからこそ、彼らを助けると己を鼓舞するヴァン。


「いつもの剣は無いけど、やるしかない!」


 オーガが叫びながら突進してくる。巨体に見合わずそれなりに速い。


「当たるかよッ! あいつは目に見えないくらい早かったんだ」


 余裕を持って回避するが、地面を砕きながら方向転換するオーガを見て冷や汗が流れる。


(力が違いすぎる。一撃でも食らったら危ないぞ)


 膂力を活かした跳躍から拳を振り下ろすオーガ。横に飛び躱すが、砕けた地面の破片までは捌けない。


「ぐっ、痛いな。……けど痛いだけだ」


 剣を抜き即座に魔力を込める。炎へと魔力は変わり剣は熱を持つ。イメージは飛ぶ斬撃。


「火炎斬!」


 炎を帯びた飛翔する斬撃をオーガにお見舞いする。優れた魔力操作と剣速が合わさることで形となるヴァンの得意技の一つだ。

 素早い反撃に対応出来ずモロに攻撃を受けるオーガ。吹き飛び炎に包まれる。


「これで終わ「オ、ォオオオオオーー!」終わるわけないよな……」


 咆哮と同時に炎は消失する。

 体表には横一文字の斬撃跡が刻まれ、血が吹き出ていることからそれなりにダメージはあるのだろう。だがまだ倒れそうにはない。


(長引かせたら騎士が危ない。巻き込むかもしれないし、他の魔物が来たら詰みだ)


 目を血走らせこれまで以上の叫び声を上げながら猛スピードでヴァンに迫るオーガ。奇しくもその後方には負傷した騎士達がいる。躱せば彼らが巻き込まれるのは確実だろう。


(もうやるしかない。誰も死なせない)


 剣を上段に構え目を閉じる。魔力をより鋭く熱く練り上げる。心は静。体は止。イメージは瞬間的な爆発。

 目前まで迫り来るオーガ。だが恐怖はない。誰かが命を落とす方が余程恐ろしいのだから。


「熱昇火炎刃!」


 振り下ろされた剣。研ぎ澄まされた一撃から炎が生まれ火柱が立ち昇る。王都の空を赤く染め上げた炎の斬撃は、熱さではなくどこか優しい温かさを秘めているように感じた。

 

 火柱が消失した後、上空から黒炭のオーガが落ちてくる。つい先程まで活力に溢れたオーガではあったが、もう動くことはなかった。


(何が優れた剣士は武器に頼らないだよ。俺みたいな半人前は剣が無ければ無力なガキなのに……)




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王都に複数あるマリア教会の礼拝堂。その一つに王都民達は避難していた。


「くそっ、魔物の種類が雑魚から変わってきてる」


 冒険者達はこの礼拝堂を拠点と定めて民間人の保護を行っていた。


「神官共ッ! もっと援護しろよ! 押し切られるぞ!」


「無理を仰らないで下さい! 回復用の魔力を温存しなければならないのですよ!」


 初めはゴブリンなどの弱い魔物が大半を占めていたが、それが段々と変わり始めオークやウルフ、ハイゴブリンなどの中級魔物が現れるようになる。比例するように数も増え始め余裕が無くなる冒険者達。


「文句を言っても仕方ないでしょ! バフが欲しいならあげるわ! チャージネス!」


 冒険者達と共に戦う薄桃色の少女……エリスも前線で戦っていた。

 バフによる援護、魔法による攻撃、短剣による牽制と、器用な立ち回りを見せていた。


「ハリアさん……もう仕込みは残ってない。そもそもこんなの想定していなかった」


 『光の翼』が中心となり戦っていたが彼らが得意とする対魔物に特化した結界術。それを保険として残していたが、中級魔物に混じり突如現れたオーガに使ってしまう。オーガ含む多くの魔物を殲滅出来たが以降も魔物の侵攻は止まらない。限界が近づいていた。


「弱音を吐かない。私達はAランクパーティよ……」


 ここまで多くの魔物を討伐してきた冒険者達。討伐数だけを見れば騎士や魔術師達よりも上だろう。日頃の経験が功を奏していた。


「負傷者も出始めている。神官の回復も追いついていない。このままじゃあジリ貧だ」


 風の魔力を纏ったエリスが素早く駆け回り魔物達を翻弄する。『ウィンドオーラ』によるバフを自身にかけスピードを上げていた。


「態勢を整えるためにここは一旦……」


「ォオオオオオーーーー‼︎」


 辺りに巨大な咆哮が響き渡る。礼拝堂の前方には赤い巨体をしたオーガが迫っていた。


「……ッ、何なんだよこれは⁉︎ こんなの聞いてねぇぞ!」


「ありえん……オーガが複数だと? 奴らは群れないはずだ!」


 種として単独行動を基本とするオーガが少なくとも六体は確認できる。それが悠然とした歩きでこちら側へと迫って来ている。


 数だけで言えば冒険者は二十人はいる。だがその一人一人が凶悪なオーガを目にした途端、萎縮し慄いてしまう。


「無理だ……あんなの勝てっこねぇ」


「俺は、抜けさせてもらうぞ。こんな話は依頼には無かった」


「私には出来ないわ」


 一人が恐怖に呑まれると伝播するように広がりを見せる。冒険者達の心は既に折れていた。


「オーガレベルなら俺達の結界術でどうにでもなる。……今は引くべきです」


「……分かってるわね。逃げるんじゃない。準備したら直ぐに動くわよ」


 オーガがゆっくりとした動作で礼拝堂の前まで歩いてくる。焦らすような行動は普段のオーガからは考えられない。作戦行動でも取っているかのようだ。


「に……逃げろーーーー‼︎」


 早かった。一人が背中を見せ逃げ出せば他の冒険者も同じように逃げてゆく。狭い脇道に入り撹乱するように礼拝堂から遠ざかる。


「っ⁉︎ ちょっと、アンタ達? 何してるのよ!」


「命を懸けてまで戦うわけねぇーだろ! そもそも依頼に魔物の討伐なんて文言は無いんだよ!」


 一人また一人と数を減らす冒険者。気付いた時には『光の翼』まで姿を消していた。


「そんな……じゃあ、私一人であのオーガ達を相手にするの?」


 残されたのはエリスとマリア教会の神官や職員、そして避難してきた王都民だけ。数を見ればオーガよりも上だが、数だけで敵う相手ではない。


 神官は顔を青くしながら祈りを捧げている。援護は期待できそうにない。

 エリスより倍近い背丈の強靭な肉体をした魔物が複数体迫ってくる。恐怖を感じても仕方がないだろう。


(どうしてこんなことに……パパの言い付けを守っておけば良かったの?)


 背後には戦闘経験の無い民間人。老若男女様々であり、下手をすれば初めて魔物を見たという人もいるかもしれない。

 逃げてもいいはずだ。自分は騎士でもなければ冒険者でもない。戦う術を持った一般人に過ぎない。逃げたところで責任は問われない。


(……なんて言うわけないじゃない。私が逃げれば後ろの人達はまず助からない)


 大きな目標がある。だからこそ、ここで死ぬわけにはいかない。でも民間人も見捨てない。どちらも必ず手放さない。


「チャージネス、ウィンドオーラ、ブレイクオーラ」


 続け様にバフを纏うエリス。ぶっつけ本番ではあったが、初めて複数バフを同時にかけることに成功した。これなら……きっと負けない。


「き、きなさいよ。私は、逃げないわ……戦うのよ」


 覚悟は決めた。バフも成功した。なのに口が回らない。体が動かない。恐怖で震えが止まらない。


「戦うのよ。逃げちゃダメ……後ろには子供も……」


 涙が溢れる。これまでの人生が走馬灯のように頭に浮かぶ。口数が少ない父と、正反対に騒がしい母。にも関わらず夫婦間は良好な二人。自分もいつか、家族を持つ日が来るのだろうかと何となく考えていた。


「…………嫌よ、まだ死にたくない」


 木霊するように響き渡るオーガの咆哮。だがそれは雄叫びではなくのようだった。


「――え?」


 先程まで悠然と構えていたオーガであったが、今は苦しげな表情を浮かべ死に絶えていた。

 死因はオーガを貫いた氷の槍。地面から突き出すように六体全てのオーガを串刺しにしていた。


「憐れだな。魔物を前に怖気付くとは……まぁコイツらゴミよりは遥かにマシだがな」


 先日見た、傲岸不遜を体現したかのような黒髪の少年。身勝手な行いから命の危機に巻き込んだどころか、その命まで救ってくれた恩人。名前も知らない、エリスが知り得る最強が目の前にいた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「アンタ……どうして」


「ふん、癪だがこれが依頼の内容だからだ……鬱陶しいがな」


 強力な魔法を放った後にも関わらず平然としているのは相変わらず。気にはなるが、それよりも異常な光景が新たに目に入る。


「⁉︎ アンタの付近に転がってるのは……さっきの冒険者達⁉︎ どうなってるの⁉︎」


 そう、オーガに魔法にジークと目紛しく目の前の光景に変化があり見逃していたが、ジークの周りには先程逃げ出した冒険者達全員がいたのだ。しかも何故か地面に伏している。


「……アンタ、自分が何をしているのか、分かってるの?」


 声を発したのは『光の翼』のリーダーであるハリアだ。意識はあるが口を動かすのがやっと、といったところだ。


「こちらのセリフだ。使えない連中だとは思っていたが、まさか依頼の内容を正確に理解出来ないとはな」


「何を、言っているの? 私達は会談の警護を……」


 ジークの言葉の意味を理解出来ないハリア。他の冒険者も同様だった。


「バカか貴様は。依頼の内容は『会談の警護及び敵対組織の排除』だろうが。魔物も奴等の仕業に決まっている。勝手に湧いて出てくるとでも思ったのか?」


 屁理屈かもしれないが必ずしも間違っているとも言えない。


「……それなら何故、私達を攻撃した?」

 

「本当に使えないな。敵対組織に背を向け逃走を図る。そして王都へ混乱を招く。貴様らの行いはそこらの魔物と大して変わらん」


 こちらは屁理屈ですらない。冒険者と一緒にエリスも驚いていた。


「そんな所業が罷り通ると本気で考えているの?」


「黙れ畜生共。それを判断するのは背後の連中だ」


 顔を動かせば後ろには沢山の王都民がいた。大人から子供までの全員が非難の眼差しをハリア達冒険者へ向けている。一方でエリスへは感謝や憧れの感情を向けていた。どうやら答えは既に出ているようだ。


「貴様ら畜生共は拘束する。……命があるだけありがたいと思え」


 冒険者達を氷牢へ閉じ込めるジーク。反抗出来るものは誰一人と存在しなかった。

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