第二十五話
「えっと……ありがとな。助けてくれて」
落ち着きを取り戻したヴァン。色々と聞きたいことはあるが、先ずはお礼が先だと思い直しジークに話しかけた。
「……」
そのジークは特に反応することなく氷牢により拘束された男を観察していた。
「聞こえなかったのか……? 俺はヴァン。ヴァン・フリークだ。……言葉が分からないのか?」
「そんなわけないでしょ……さっき普通に会話してたじゃない」
限界を迎えたのだろう。男は意識を失ってしまう。
「……死んでないよな?」
「多分ね。最低限の治療は必要そうだけど」
これかと呟くジーク。男の着たフードに隠れるよう身に付けられた小さなペンダント。仄かに光っていたがジークが手にした途端に光は消える。
「違和感の正体か……ふん、手土産にはちょうどいいか」
ペンダントを懐に仕舞うジーク。用はもう済んだのだろう。男から離れ視界から外す。目を見れば分かる。完全に興味が消失していた。
「なぁ、もう話しかけても大丈夫かな?」
「知らないわよ。……聞いてみなさいよ」
話す機会を窺うヴァン達であったがジークにはその気が無いようだ。二人を無視しその場を離れようとする。
「ちょっと待ってくれ! 話したいことが……」
「俺には無い」
「少しくらい……いいじゃない」
出会った当初はなりふり構わずといったエリスであったが、今では遠慮がちだ。死が身近に迫ったことから思うところがあったのだろう。
「自殺志願者共に割く時間は無い。失せろ」
「だ、誰が自殺なんかするかよ!」
「違うのか? わざわざ武器を捨てて突っ込んだのは死を望んだからじゃないのか?」
地面に突き立てられたヴァンの剣。光を浴び赤く輝いて見えた刀身は日陰の影響でまた別の趣を醸し出していた。
「本物の剣士は剣に依存しない。俺の爺ちゃん、師匠の教えだ」
「くだらんな」
鼻を鳴らしどこか嘲笑めいた表情を浮かべるジーク。
「何が可笑しい……?」
「その老人も災難だなと思ってな。出来損ないに指導するのはさぞ骨が折れただろう」
場に不穏な空気が漂い始める。ヴァンの表情は次第に険しくなる。
「俺が出来損ないだってどうして分かるんだ?」
「ハッ、笑わせるな。相手の力量も測れず丸腰で挑んだ挙句、死にかけた奴が何を抜かす」
「何だと⁉︎」
剣に関することで師に叱られたことは何度もある。だが罵倒されるのは初めての経験。しかも同年代の相手にだ。
「本物は剣に依存しない? なら貴様は偽物以下の惨めなガキだ」
「! ……俺は負けてない。最後は油断しただけで負けてはいない」
「そこの女の補助ありきで負けてはいないか。偽物の癖に言い訳だけは一人前……笑えるな」
師に勝てたことは一度も無いが同年代の相手に負けたことも一度も無い。大人を負かしたことは何度もあるし、危険な魔物との戦闘経験もある。裏打ちされた確かな経験があるからこそ素直に頷けない。
「貴様がしたことは半端に痛めつけただけ。そして結果がこのざまだ」
「お前は戦ってないだろッ!」
「俺は奴の愚行を止め捕縛までした。対して貴様は何をした? いたずらに刺激して爆発騒ぎまで起こした。……裏通りとはいえ何人の人間が犠牲になったんだろうな」
はっとなり辺りを見渡すヴァン。人通りは無いが、建物に囲まれた裏通り。密集した家屋が爆発で倒壊すればどうなるのか。頭に血が上ったヴァンでも直ぐに理解出来た。
「油断しただけ、だったか? それで巻き込まれた奴は何を思うんだろうな」
俺には関係ないがなと吐き捨てるジーク。静かに話を聞いていたエリスは顔を青くしている。
「貴様がどう思おうが集団自殺未遂を起こした事実に変わりはない。チャンバラ遊びをしたいなら他所でやれ」
拳を強く握り俯くヴァン。悔しさと後悔により感情が入り乱れる。反論したい気持ちと周りを危険に晒した責任感から分からなくなる。
「――取り消せよ……遊びじゃない。俺はいつも真剣に向き合ってきたんだ」
離れた位置にある剣に向かうヴァン。しっかりと手に取りジークに向ける。
「だから、誰にだって負けない。……みんなを守るために強くなったんだ」
赤みを帯びた刀身を向けられるジーク。だが反応は無い。興味の無さそうな瞳に変化はなかった。
「ちょっと⁉︎ アンタ何をするつもりよ!」
「証明するんだ。俺は偽物なんかじゃない。だから取り消せ。……取り消せよぉぉーー!」
言葉と同時にジークへ仕掛けるヴァン。
――否、仕掛けようとしたが正しいか。カランと何かが地面に落ちる音がした。
「……は? 何で」
ヴァンの右手には確かに剣がある。だが柄から鍔のみで刀身が消失していた。
「使い手が偽物なら剣は棒切れか。……憐れだな」
消えた刀身。師から与えられたヴァン自慢の名剣の一部は地面に転がっていた。刀身部分だけがきれいに断ち切られている。
「何で、どうしてだよ……俺は今まで、ずっと」
「何をしてきたのかは知らんが、それが貴様の現実だ」
膝から崩れ落ちるヴァン。これまでの全てを否定されたかのような感覚に陥る。
「見るに堪えんな、何もかも」
その場から立ち去るジーク。先刻までの喧騒が嘘のように静まり返る。
残されたのは敗北者だけであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
裏通りに取り残されたエリス達。放心状態だったヴァンであったが、落ち着きを取り戻し会話が出来るまで回復していた。
「ねぇ、アンタ……大丈夫?」
「ああ、悪いな取り乱して」
会話に応じるヴァンではあるが表情は暗い。怪我は無いが精神的には重症。明らかに無理をしている。
「ごめんなさい。全て私のせいよ。私の身勝手な行動で……」
「いや、結果論かもしれないけど、これで良かったんだよ。大通りとかで自爆したかもしれないしな」
無鉄砲な追跡、自身の力量を過信。その結果、死にかけただけではなく多くの王都民を危険に晒した。危なかったで終わる話ではない。
だが、ヴァンが言うように被害無く男を拘束出来た点は不幸中の幸いだろう。
「それでも……アンタの剣は」
「形ある物はいつか壊れるって爺ちゃんも言ってたからな。……でも今回は全部俺の実力不足だ」
力の無い笑顔を浮かべるヴァン。
「本当は分かってたんだ……。あいつが言った通りだ。でも……認めることが出来なかった」
断ち切られた刀身に目を向ける。光を失い燻んだように見えるのは、ヴァンの心情を表しているからだろうか。
「アイツが異常なだけよ……異常なくらい強かっただけで」
誰よりも剣を振ってきた。強くなるためにはどうしたらいいか考えた。どれだけ辛くても剣だけは止めなかった。
「それでも、歳は近いだろ? 俺にはあいつが何をしたのか全く見えなかった」
エリスにしてもそうだ。気付いた時には決着がついていた。
「何度も何度も努力してきた。なのに、どうしてこうも違うんだ」
涙が溢れる。拳を強く握りしめ堪えていたが限界を迎えてしまう。
「俺とあいつの……何が違うんだ」
ヴァンの悲痛の問いかけに答える者はいない。エリスはただ静かに聞くことしか出来ない。
「……ごめんな、男が泣き言なんか言って」
「そんなの関係無いわよ。私なんて悔しくて何度も泣いたことがあるわ」
エリスの言葉で少し笑顔になるヴァン。
「ダメだな、元気を出さないと。俺には目標が沢山あるんだから」
「私だってあるわよ! ……ちなみにどんな?」
「爺ちゃんみたいな剣士になる……は最終目標として。――ジーク・ラギアスって奴より強くなることだ」
思いがけない人物の名前に目を丸くするエリス。
「そいつは悪い奴なのよ。何でまた……?」
「……俺の知り合いが言っててさ。滅茶苦茶強くて優しい最初の友達なんだってさ」
人違いじゃない?と疑問を投げかけるエリス。
「確かにそう思うけど、会ったことないしな。……何か凄く悪いってイメージがあるんだよな」
「……言われてみれば確かに変な話ね。どうしてそう思うのかしら? みんなが言っているから?」
急に湧いて出た疑問に二人は悩むが答えは出なかった。
「まぁいいや。てかジーク・ラギアスもそうだけど、さっきのあいつも強すぎだろ! 王都ってやっぱ凄いな」
「あれと王都民を一緒にしないでよ。私は王都出身だけどあんなのは知らないわ。異常よ!」
何故かジークの話題で盛り上がる二人。ライバル意識や劣等感、後ろめたさを感じはするが嫌悪感は無い。同年代の少年が理解出来ない強さを持っていることに素直に興奮していた。……興奮し過ぎて男の存在を忘れていた。氷の牢に囚われた重症の男を。
「アイツが衛兵に……言うわけないわよね。持ち主にバックも返さないとだし」
「とりあえず、連絡するか……」
✳︎✳︎✳︎✳︎
「ねぇ? 成果上げるの早くない? 絶対サボってると思ったのに」
報告を受け急遽集められた騎士や魔術師達の護衛関係者達。早過ぎる進展に戸惑いを隠せない者もいた。
「……ある意味やる気になっていましたからね」
突然黒髪の少年が騎士団本部を訪れ、シュトルクに会わせろといった内容で要求をしてきたのだ。当然素性の分からない人間を連隊長に会わせることは出来ないと断ったが、少年の発言で流れは変わる。
「ほう? 貴様らの都合で
傲慢な態度に黒髪。そしてラギアスの名。ある意味話題の中心となっているジーク・ラギアスであると即座に判断がついた。
そのジークは騎士へ小さなペンダントを投げ付ける。
「くれてやる。精々しっかりと調べるんだな」
踵を返し立ち去るジーク。騎士の問いかけにも答えずその場を後にする。
「……王都の南西にある裏通りを調べてみろ。貴様らが欲しがるものが手に入るかもしれんな」
気になる発言を残して去ったというのが顛末となる。
「あのペンダントには認識阻害の術式が組み込まれてたって話だね」
一連の報告を確認した後、今は解散となりそれぞれの拠点へと戻っていた。ヨルンとマルクスはブリーフィングを行なっていた。
「かなり強力らしいですが……そもそも彼はどうやって被疑者を認識したのでしょうか?」
斥候がよく使う術として知られている認識阻害。存在を希薄にすることで周りの意識から外れることが可能となる。偵察、奇襲、逃走に必須とも言える技術だ。
「色んな種類の認識阻害があるけど、無条件で全ての人を欺ける訳じゃないからね。彼には効かなかっただけだと思うよ」
身体的接触があれば効果は無くなり、耐性がある者や勘が鋭い者には効果が薄くなる。また完全に見破った者の周囲にいる人間も同様の効果を得ることが出来る。矛盾が生じるからだ。
「力量の無い人間が誰でも高度な認識阻害を可能とする装飾品か。……複数あるとしたらどうなるのかな?」
「彼が近くにいたからこそ今回は良かったですが。……もうこれは」
「確定だろうね。捕らえた男からも同じ術式が確認された。アピオンで暗躍していた組織がこの王都にも潜んでいる」
男達に刻まれていた術式。少なくともディアバレト王国には存在しないものだった。
「結局、情報を抜くのも無理という話ですし。……酷いことをしますね」
情報漏洩を防ぐためか、魔法や尋問などで情報を抜き取ろうとすれば自動で発動する呪術が刻まれていた。発動、すなわち死へと繋がる呪いだ。敢えて分かりやすいように刻まれており、解呪を試みてもすぐさまトリガーが引かれる仕組みとなっている。徹底された対策に打つ手がない。
「最早、互いのメンツを気にしてる場合じゃないでしょうに。使えるものは何でも使わないと」
「悪感情はそう簡単には拭われませんよ。私も以前はそうでしたから。……ラギアス家がしてきた事はそう簡単には相殺されません」
ジークの人柄を知り命を救われたからこそ今がある。それが無ければマルクス自身も他と同じような考えを持っていただろう。
「まぁ、そうだったとしても僕達とくらいは行動を共にして欲しかったのにね」
「……彼が素直に頷く訳がないでしょう」
一部の理解ある者達はジークへ同行を要請したがまるで相手にされなかった。
「貴様らは数だけは立派な無能集団なのか? 群れたければ勝手にしていろ。俺に気安く近寄るな失せろ」
酷い言い草は火に油と変わらない。反感的な人間はより反発しジークを遠ざけようとしている。ジークよりも成果を上げようとやる気になっている者までいる。
「やる気を出すのはいいけど分かってるのかな? あからさまに動けばより警戒されるのに」
「……部下の指導は上に立つ者の仕事ですよ。貴方のような」
やれやれと首を振るヨルン。
たまに軽率な言動が目立つヨルンであるが頭が切れ腕も立つ。同じ魔術師団に所属する上司の一人でもあるが、どこか油断ならないとマルクスは感じていた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「やれやれ、冒険者に紛れさせた者がまとめてやられるとは。これは確実にバレていますね」
ジークとの模擬戦の場に忍ばせていた部下達は、吹き飛ばされた冒険者に巻き込まれる形で行動不能となってしまった。
「アクトル様、恐れながら申し上げますが、状況は大きく変わっています。ラギアスに人員を割くよりも」
「いいえ、継続してジーク・ラギアスを監視してください。変化のきっかけはその彼ですよ」
アピオンを呪いで堕としかけた存在が王都へ入り込んでいる。由々しき事態ではあるが、あくまでもジークに拘るアクトル。
(全て分かった上で目立つ行動を取っているのか?)
「承知しました。……接触したと思われる二人の扱いはどうしますか?」
「偶然と片付けるのは簡単ですが……今はそれでいいでしょう」
(フリーク商会の少年に騎士の親族。そこにラギアスがどう結び付く?)
「呪い騒ぎで済めばいいのでしょうが……さて、どうなることやら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます