第二十四話

「キート……今の見えましたか?」


「雷の方は辛うじてな。だが防げるかって言われると厳しいな」


 激しい戦況の変化に付いていけない。アーロンが優勢であることは皆分かっていたが気付けばそのアーロンは戦闘不能となっていた。

 さすがに全員が理解する。ジークの実力は本物であると。


「マルクス……聞いてた話と違うんだけど」


「無理を言わないで下さい。三年前の話ですからね」


 当時の報告以外にも情報はあった。だがアーロンが相手にならない程とは想定していなかった。


「坊主のやつ、結局一度も剣を抜いてねぇ。飾りのつもりかよ」


「武器を使うまでもないって自信の表れかな。体術も結構いけそうな感じだし」


 アーロンのレイピアや魔法、そしてオリジナルとも呼べる宮廷剣術の全てを見切っていた。劣勢のように見えていたが結果は初めから決まっていたのかもしれない。


「余計な邪魔が入ったな。……次は貴様らの番だ。覚悟は出来ているんだろうな?」


 ジークから放たれる圧倒的なプレッシャー。直近で受けたアーロンのものとはまるで違う。まさに格が違うと言える。


「化け物め……」


 この状況では『光の翼』は引くに引けない。周囲の目もあり、なによりジークに目を付けられている。


 ハリア達は小声で素早く作戦を練る。討伐対象を悪童ジークと定める。討伐難易度はA以上。

 最早、模擬戦の域を超えている。命のやり取りをするつもりでハリア達は動くつもりだ。


「キート、止めますよ」


「ああ、これ以上は……賢者にも頼まれてるしな」


 ハリア達は散開しジークを囲うように陣形を組む。その陣形を構成する一人一人が淡い光に包まれている。マリア教会出身の神官が既にバフをかけているようだ。


「待った。君達は動かなくていいよ」


「何を呑気なことを。彼は加減を知らないんですよ」


「いいから。……ここにはシュトルク殿がいる」


 『光の翼』に包囲されたジークではあるが表情に変化はなく動きもない。先手を譲るスタンスに変わりはない。


「リーダー! 対象の魔力は確認出来る。だが高度な判別ならもっと時間がいる!」


「そんな時間をこの化け物がくれると思う? 戦いながら常に索敵!」


 了解、と苦笑いを浮かべるパーティメンバーの一人。アーロン戦で見せたジークの動きをハリア達は警戒している。


 戦闘が始まる直前――だがそこに待ったをかける人物がいた。


「そこまで! 両者共に武器を納め魔法を解くように。模擬戦は終了とする」


 芯の通った力強い声。シュトルクの掛け声により模擬戦は終了となる。


「ふん、命拾いしたな」


 意外なことにシュトルクの指示に素直に従うジーク。

 騎士団の指示を無視して暴れれば今度はこちらが悪者になると浩人は分かっているのだ。


「ふ、ふざけるな! 俺達はまだ」


「冒険者の中心として参加するのが光の翼お前達だ。万が一の事があれば護衛に支障が出る」


「……私達が負ける前提ってわけね」


 納得出来ないといった表情のハリア達。


「引き際の見極めも武人として必要な心得だ。どうしてもと言うのなら好きにすればいい。だが、違約金は払ってもらう」


 不満げな『光の翼』ではあるが押し通したところで得られる物は限られている。国や冒険者協会からの信用を失えば今後の活動に支障をきたす恐れもある。何より第一前提として必ずしも勝てるとは言えないのだ。


「お互いの力量は理解出来ただろう。この模擬戦が実戦で功を成す事を期待する」


 当初は多くのギャラリーがいたが今ではその数を減らしている。返り討ちにあった冒険者がいれば恐れをなし逃げ出した者までいた。

 

 この模擬戦の結果が後々どのような影響をもたらすのか。浩人が望む物を手に入れられるかどうかは分からない。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 時間を置いてシュトルクから担当割が伝えられた。王都を全体的にカバーするのが騎士団、魔術師団となり、要所要所を重点的に配置した冒険者で埋める。マリア教会を中心とした回復、医療関係は複数の拠点を設け有事の際は素早く対応出来るように手配。そして最も重要な領主会談の警護が近衛師団、騎士、魔術師の精鋭で固められている。

 蓋を開けてみれば特に驚きはない。順当な判断と言える。

 

 王都を知り尽くしている騎士や魔術師を全体的に配置するのは当然であり、王がいる会談場所を近衛含む精鋭に任せるのは理にかなっている。そもそも重要な場を冒険者含む外部の団体に任せられる訳がない。

 冒険者達は広い王都に対してより目が届く事を目的に集められたのだ。


 では冒険者でもあるジークがどこに配置されたかというと特に受け持つエリアはない。個人の判断で行動し、必要に応じて各地の応援に回る遊撃部隊の命を受けた。……ちなみに所属はジーク一名のみである。

 

 体よく厄介払いされたと浩人は思うが不満は無い。王や領主の警護には関わりたくないし、誰かと組めば確実に軋轢を生む……というよりは既に生まれている。大義名分が無い状況での喧嘩の売買は自らの首を絞めるだけなのだ。単独行動が許されたのは却ってよかったのかもしれない。

 

 今後の予定は領主会談までの数日間、交代制で王都の見回りを行う。不審者や不審物等の異常を確認した場合は即座に対処し凶行を防げとのお達しだ。

 浩人は指示には従うつもりでいるが、馬鹿正直に働くつもりもない。適度に王都を見て回って時間が過ぎるの待とうと考えていた。

 原作に無いイベント。下手に関われば碌なことにならない。最低限働き、公爵家への復讐の機会を窺うのだ。


 そして現在、荒れた会議の翌日。ジークは一人で王都の見回りを始めていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「王都か……いつ来ても賑やかだよな相変わらず」

 

 王都に無事辿り着いたフリーク商会の面々。検問も問題無く通過してこれから各所で商談に入る予定だ。


「それにしても……良かったのか? 荷物を全部確認してないだろ?」


 行商であるフリーク商会の荷物は商い品が多数を占める。各地の名産品であったり、日常雑貨、貴族向けの骨董品など様々だ。


「普通はもっと厳しい。だが、俺達フリーク商会は何度も王都で商売をしているからな。信用されてるって訳だ」


 ヴァンに説明をしたのはフリーク商会で働く従業員の一人トレート。ヴァンにとっては幼い頃から親交がある叔父のような相手だ。


「でもよ……何か騎士が多くないか? 魔術師までいるし」


「ヴァン……。商人なら情報に敏感になれといつも言われてるだろ。今王都は厳戒態勢だ」


 アピオンの出来事はフリーク商会の耳にも入っている。領主会談が狙われることを国が危惧しているのも把握している。


「も、もちろん知ってたさ。当たり前だろ⁉︎ ……でも、だったら尚更確認するべきじゃないか?」


「領主会談が無くても王都は賑わってる。全てを確認するには時間が必要だ。だから例外もあるのさ」


 それだけ名が売れていると締め括るトレート。疑問はあったが、そういうものかとヴァンは取り敢えず納得しておく。


「にしても、今回もまた商品が多いな。本当に全部売れるかな?」


「……それを売るのが俺達の仕事だ。効率良く回らないと働き詰めだぞ」


 それは困ると焦りだすヴァン。約束をしている商談相手のもとへ歩を進めるフリーク商会であった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「シュトルク様。現時点では特に異変は無いとの報告です」


「分かった。継続して警邏を続けるように」


 騎士団本部の一室。連隊長であるシュトルクに与えられた執務室で部下から報告を受けていた。


「今のところは順調といった感じか……シュトルク?」


 連隊長であるシュトルクを呼び捨てにするのは、同じく連隊長を務めるブリンク・ハルトマンであった。


「そのようだな」


 同期として入団をしたシュトルクとブリンク。見習い時代から共に切磋琢磨し連隊長の座まで昇格を果たした傑物コンビ。その二人は公私共に親交がある。


「だが、油断は出来ない。狙われるなら会談中のはずだ」

 

 息子であるルークが病で倒れ騎士団を退団したブリンク。治療法探しに明け暮れていたブリンクであったが、業務に支障が出ない範囲で協力していた内の一人がシュトルクであった。

 そして、ルークが快復し生活に余裕が生まれてきた段階で騎士団復帰を勧めたのもこの旧友だった。


 当初ブリンクはその申し出を固辞していた。家族の為とはいえ、私情で騎士団を退団したのだ。問題が解決したからといって、騎士団に復帰するつもりは端から無かった。……シュトルクからすれば織り込み済みであったが。友人がどのような人間性であるかは理解していた。


「そうだな。会談そのものが狙いか、それとも」


 シュトルクが取った手段は単純明快。より立場が上の人間へブリンクの実情を伝えたに過ぎない。いつでも復帰は出来そうであると報告したのだ。

 私情を挟んでいると捉われる可能性もあるが、実力、人望、他に何を見ても騎士団に必要な人間であることは間違いない。共通認識であったことから話は早く進んだ。ブリンクが断ることが出来ない状況まで。


「話は変わるが……ジーク様の様子はどうだった?」


 それが一番欲しい情報かと内心理解するシュトルク。


「お前からの話に冒険者としての活躍。そしてアステーラ公爵家の報告からすれば当然と言える」


 ルークの命を救った貴族の少年の話は元々聞いていた。ラギアス家の子息でありながら武に優れ、言動とは真逆の他者を想う優しき博愛主義者であると。……かなり美化されているが。


「魔術師団が欲しがるのも頷ける魔法の腕前でもあった」


 ジークの性格も事前に把握していたからこそ、模擬戦の流れは予想出来ていた。ラギアスの名が邪魔をするならこれも一つの良い機会であると。


「口の悪さも優れていたな。あれでは騎士団への入団後は苦労するだろうが」


「……残念ながら彼は騎士団に入るつもりは無いようだ」


 以前ルークが共に騎士を目指そうと熱心に勧めていた事があったが、まるで相手にされていなかった。


「そんなものに興味は無い。貴様ら親子で俺を笑い者にする気か?」


 ラギアスの名が確実に悪影響を及ぼすことは分かっている。そして二人にも被害が生まれる可能性も。ブリンクはジークの発言をそのように理解していた。二人の余計な足枷にならないようにと。……事実は大きく異なるが。

 原作でジークは騎士団に所属していたから、単にそれを回避したいに過ぎなかった。


「そうか。お前の息子と共に入団試験を受けるものだと考えていたが」


「慧眼の持ち主だ。我々には見えない何かを見ているのだろう」


 会う度にジークの話を聞かされることから洗脳されているのではないかと思った程だ。だが実際にジークを見てその考えは霧散した。言葉以上の凄みを感じていた。


「我が子贔屓の……と思うかも知れないがルークもまた逸材と言える。入団試験は荒れるだろう」


 ブリンクが子煩悩であることをシュトルクは把握している。けれどもここまで直接口に出すことは珍しい。


「ジーク様と何だかんだ三年間共に過ごしている。冒険者活動を始めたのもそうだ。常に彼の背中を見てきた」


 ジークレベルの同い年の少年が近くにいれば自ずと影響を受ける。剣にしても魔法にしても、同年代では破格の実力であることは間違いない。


「そこまで言うか。なら、楽しみにしておこう」


 嵐の前の静けさ。この考えが杞憂に終わればいいと考えるナイスミドル達であった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「ラギアスの悪童が王都に来てるらしいな」


「ああ、ラギアス領主と一緒にな」


「それだけじゃないぜ。冒険者や近衛兵を血祭りに上げたらしいぞ」


 見回りをしていたジーク浩人であったが何処もかしこもラギアスの話題で持ちきりだ。あれから一日しか立っていないのにこの有様。王都中に広まっているのではないかと思う勢い。もしかしたら、逆にラギアスは愛されているのではと錯覚する程だった。


「目に入るもの全てに噛み付く狂犬らしいな」


「沢山の魔物が怯えて逃げ出したって話も聞いた」


「公爵家の女神様には従順らしい」


 否定をしたいが確実に悪目立ちする。そしてまた悪評が広がるのだ。王都で脅された、と言った内容で。まさに悪循環と言える。

 ただ不幸中の幸いだったのが、街行く人々がジークの存在に気付いていない点だ。

 黒髪はこの世界ではどちらかと言うと珍しい部類に入る。それで貴族の身なりとなれば分かりそうではあるが、特に反応は無い。普段王都にいない事が功を奏したのかもしれない。


「そこの黒髪! 待ちなさい!」


 やはり勘違いかもしれない。ラギアスは所詮ラギアスなのだ。


「ちょっと⁉︎ 止まれ、待ちなさい、私を無視するな!」


 早足で立ち去ろうとするが見逃してはもらえなかった。もしかしたら他に黒髪がいるかと思ったのだが。             

 声の主に先回りされ行く手を阻まれる。そこには同年代と思われる少女がいた。


「アンタ失礼な奴ね! この私が話しかけているのよ!」


 肩より少し長い薄桃色の髪が特徴的な少女。外光により輝いてるように見える綺麗な髪質をしている。アニメみたいだなと思うが、他にも沢山いるから違和感は感じない。


「アンタ……怪しいわね。黒髪ってところが特に」 


 黒髪であるだけで疑われたのは初めてだった。どれだけ嫌われているんだと逆に感心する。


「ジーク・ラギアスって悪い奴も確か黒髪だったわね。怪しいわ。じーー……」 


 また妙な奴に絡まれたと辟易する。多くの人がいればそれだけ不審者も湧くのだろう。絡まれた時は下手に相手にしない。即刻退散しようと考えていたのだが、


「ど、泥棒⁉︎ 誰か捕まえて!」


 またベタだなと声の方向に目を向ける。そこには倒れた女性、そして女性の物と思われるバックを掴み逃走する男の姿があった。


「まさか⁉︎ あれがジーク・ラギアスなの⁉︎ すっかり騙されたわ……待ちさない!」


 慌しい女だと思うが注意が逸れたならそれでいい。王都なら騎士もいるから自分には関係無いとその場を後にする……ことは出来なかった。


「何ボケっとしてるのよ! アンタも来るのよ、早く!」


 何故か同行することになっていた。手を引かれ無理矢理追走を強要されてしまう。ちなみにだが、ジークはここまで何一つ発言していない。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 少女に引っ張られる形で走っているためか、思いの外犯人との距離が縮まらない。


「待ちなさい泥棒! 証拠は押さえてるのよ!」


 走りながらよく声を出せるなと感心する。意外に体力があるのだろうか。……なら一人で行けよと口に出さずツッコミを入れる浩人。

 大通りから離れ今は裏通りのような場所で追走している。ジークなら直ぐに犯人を捕らえる事が出来るが、それをしないのは少し違和感を感じていたからだ。

 王都でこれだけ騒げば騎士団が駆けつけても不思議ではない。だがその姿が見えない。そして犯人から感じる妙な気配。釈然としない状況にもう少し観察しようと決めていた。


「⁉︎ そこの茶髪の人退いて! ひったくり犯よ」


 犯人の逃走経路には茶髪の少年がいた。手には紙袋を掲げている。買い物帰りだろうか。


「ひったくり⁉︎ ……任せてくれ! 俺も協力する」

 

 荷物を脇に下ろし剣を構える。握られた剣は飾り気の少ないシンプルな造りではあるが、目を引くのがその刀身だ。若干の赤みを帯びた刀身は建物の隙間から漏れる太陽の光を反射し赤く輝いて見える。如何にも業物といった見た目をしている。


 普段であれば剣に目が行くのだが浩人はそれどころではなかった。

 茶色の髪の毛。前髪は軽く上げ流し、後ろは柔らかく刈り上げたヘアスタイル。そしてトレードマークである主張の激しい真っ赤なロングブーツ。

 何度もゲームで見た主人公、ヴァン・フリークがそこにはいた。


 剣を向けられ男は逃走を止める。囲まれたが観念した様子はなくナイフを取り出す。押し通るつもりのようだ。


「やる気ってわけね……上等よ受けて立つわ」


 少女は短剣、そして短杖をそれぞれ握り犯人へ向ける。


「見せてあげるわ。これが新世代のバトルスタイルよ!」


 確かにゲームでは見たことのないスタイルではあった。……だが少し静かにして欲しい。今はヴァン主人公に集中したいのだ。


「スッゲェなお前! 俺はヴァンだ。見ての通り剣士だ」


「よろしくね剣士さん。私はエリスよ。……黒髪のアンタは後ろに隠れてなさい!」


 相変わらずジークの発言はない。というよりも周りが騒がし過ぎて入る隙間が無い。キャラが渋滞している。


「どうなっている? これは何だ?」


「……ブツブツうるさいわよ。 チャージネス!」


 エリスが淡く輝き出す。バフによって能力を上げたようだ。


「悪者相手なら容赦はしないぜ!」


 剣を構え男に突っ込む……のかと思われたが何故か剣を地面に突き刺し無手で走り出すヴァン。


「ちょ、ちょっと⁉︎ 何で剣を捨てるのよ?」


「優れた剣士は武器に頼らないって爺ちゃんが言ってたんだ!」


 ナイフを持つ男に対して体術を仕掛けるヴァン。

 正拳突きや蹴り技を織り交ぜ相手を牽制する。素早い連続攻撃に男は防戦に追われる一方だ。


「仕方無いわね……援護するわ。ファイアオーラ!」


「な、何だこれ⁉︎」


 エリスの詠唱後ヴァンの手足が炎に包まれる。驚いて動きが止まるが熱さは感じない。衣類が燃えている様子もない。


「エンチャントよ。自身に害は無いから思いっきり行きなさい!」


 エリスの言葉を受け即座に理解するヴァン。頭の回転の速さは目を見張るものがあると言える。

 拳を振り抜けば炎の衝撃が飛ぶ。蹴りには炎を纏った強力な一撃。上手く捌いていた男であったが次第に動きが鈍る。火傷の影響を受けているのだろう。


「次で終わりよ。……ブレイクオーラ!」


 赤い光に包まれるヴァン。攻撃力を上げる補助魔法の影響により力が漲る。


「任せろ! 吹き飛べぇーー!」


 炎の塊を拳に纏い地面へ打ち付けるヴァン。その衝撃により男は熱と共に吹き飛ばされる。

 ゲームでは見ることのなかった体術版主人公の戦闘。浩人は面白いものが見れたと感心していた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ヴァンの攻撃により身動きの取れない男。意識はあるが戦闘のダメージで地に伏していた。


「やっと大人しくなったわね。ジーク・ラギアス!」


「こいつがジーク・ラギアス⁉︎ この黒フードのおっさんがッ⁉︎」


 エリスの一言に驚きを隠せないヴァン。浩人も驚愕していた。


「……確かにおっさんね。私と同年代って話だし」


「ああ、俺もそう聞いてる。……美少年って話もな」


 不審がる二人であったが、それもそのはず。本人は真後ろにいるのだから。


「ジーク……ラギアス、だと⁉︎」


 不意に男が動き出す。無理に体を動かした影響からか火傷をした部分から血が吹き出る。


「おい、もう大人しくしてろよ! 死んじまうぞ!」


「死んでも、やり遂げなければならんのだ」


 男の体表に複数の術式が浮かぶ。黒と赤二種類の術式が妖しく光っている。


「これは魔法⁉︎」


 男を中心に影のようなものが広がる。


「嘘だろ⁉︎ 動けない!」


 足元に広がった黒の領域にいたヴァン達は動きが封じられている。対象を縛る魔法の類のようだ。


「何故、俺を認識出来たのかは分からんが……生かしてはおけない。全員道連れだ」


 赤い術式が激しく輝きながら熱を発する。ヴァンとエリスの連携よりも強力な熱が周囲を覆う。


「不味いわ……こいつ自爆する気よ」


「何だよそれッ⁉︎ 逃げなきゃヤバいだろ⁉︎」


 強引に体を動かそうとしても微動だにしない。魔法も封じられて窮地に立たされる。


「ごめんなさい……私のせいよ」


「ふざけるなよ! まだ何かあるはずだ。俺にはまだ……やる事があるんだ!」


「同志達よ……後は頼んだ」


 光と熱に加え振動まで響き渡る。破滅の手前まで差し迫っていた。


「くだらん曲芸だな。自爆が流行っているのか?」


 突然何者かの声が聞こえた。術式により声の主を窺う事は出来ない。だがゆっくり平然とした動きで歩を進める黒髪の少年が視界に入る。エリスが無理矢理連れて来たジークだ。


「アンタ……何で動けるの?」


「貴様が知る必要はない。……確か魔法には起点があるんだったな」


 男の前に立つジーク。右手には魔法で象った冷気を帯びたレイピアが握られている。そしてそのレイピアを男の左肩辺りに突き立てる。


「何者だ……お前は?」


「バカか貴様は。叫んでいただろうが。……こんな感じか?」


 術式は熱を失い急激に冷え崩壊する。黒と赤の妖しい光は全て消失してしまう。


「ふん、思ったより大した事はないな」


 自由に動けるようになったヴァン達であったがその場に立ち尽くす。ジークから目が離せないでいた。


「何をした? 封印を解けば、止まらないはずだ」


「もう貴様に用はない。消えろ――プリズンラウト」


 氷で出来た氷牢に閉じ込められる男。関節は細かく固定され指先すら動かせない。


 思いがけない形で不審者の捕縛に成功した。

 

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