第十七話

「私達だけ……ではアピオンの方全員が……?」


「その気になればいつでもやれたと言いたいようだな」


 倒れ伏した人間達は微動だにしない。

 当初は体調不良から始まり時間の経過で少しずつ被害が出てきた。それが今では過程を飛ばし即座に昏睡状態に陥る。


「何故、このようなことを……?」


「知るわけないだろうが」


 目的は不明。アピオンの陥落が目的なら段階を踏む必要はなかったはず。呪いの行使には制限があるのか、他に理由があったのか。いずれにせよこの場にいる人間では計り知れない。


「と、とにかく増援を呼ばないと!」


「まだ戯言を吐くか? この状況で何処へ助けを求める?」


 術者が見す見す対象を見逃すとは思えない。脚となる馬も狙われていた可能性が高く、仮にそうでなかったとして、下手な増援が来たところで解決には繋がらない。


「神聖術の件と同じだ。俺や貴様の証言を国が素直に信じると思うか? 奇跡的に信用が得られたとして、これだけの規模を誇る呪いをどう対処する?」


 呪術の対処、患者の治療を考えれば神聖術の使い手は必須。治療を目的に派遣するだけならともかく、下手をすればその使い手達も敵の手に落ちるリスクがある。呪いを理由に王族を誘き寄せる目的も想定されるだろう。


「しかし、私達だけで解決出来るとは思えません。敵の戦力は未知数でこちらは大勢の人質を取られているような物です」


「……」


「この町があくまでも敵の初陣ならまた次の標的があるはずで……」


「……」


「最早私達だけでどうにか出来る状況ではないのです」


「…………そればかりだな貴様は。常に周囲の顔色を窺い重要な部分の判断は他人に委ねる」


 落胆、そして理解不能。ジークの瞳には否定的な色が映る。


「生まれて死ぬまで延々と言いなり。それで貴様は満足か?」


「私は……己の責務を全うしようと」


「下らん言い訳だな。……結局貴様は自分が楽になりたいだけだ。自分のせいではない、指示されたから。だから今の立ち位置でも仕方がないと弁解しているんだろ?」


 公爵家の血筋として生まれたかった訳ではない。それでも認められるよう必死に努力を重ねてきた。相応しい人間になれるよう学業や武術に魔法を高いレベルでの習得を目指してきた。


「……どうして、このような酷い言い方をされるのです……? 私はただ……」


「どうしてだと? そんなものは決まっている。…………貴様が気に入らないからだ」


「……え?」


 『ウィッシュソウル』の作中きっての悪役、ジーク・ラギアスに憑依して三年の月日が流れた。

 元いた世界では存在しなかった魔法。ゲームと同じように魔法が使えた時はテンションが上がり、もっと多くの魔法を見てみたいと胸が高鳴った。

 剣を振るえば風が唸り、走れば馬車を軽く追い越す身体能力。現実ではあり得ない状況から本当にゲームに似た世界にいるのだと実感した。努力すれば目に見える形で表れる成果に感動を覚えた。――初めのうちだけは。


 どれだけ好きなゲームとよく似た世界であっても、所詮自分は高校生で憑依先は悪役。しかも序盤で退場するようなモブキャラではなく、ストーリーにしっかりと絡んでくる役割を与えられた敵キャラ。

 シナリオ通りに進めば確実に死ぬ未来が待っている。約束された死が。そんな状況で楽しめる程浩人は狂ってはいなかった。


「貴様を見る限りでは碌な人生ではなかったんだろう。公爵との妾の子となれば当然だろうし、この国の状況を考えれば必然だ」


 容易に想像がつく。身分制度があるこの世界では生まれた瞬間から人生の方向性が決まる。例外はあるが、平民に生まれた者は王にはなれず、王族は責任が常に付き纏う。

 普通の高校生だった浩人では経験したことの無い人生をシエルは歩んできたのだろう。


「どうして自分なのだろうか。何故誰も助けてくれないのか。……大方そんなところか?」


 親がいて、帰る場所があり、学び遊ぶ環境があった。普通に生活を送り命の危険を感じたことは一度も無い。それが日常だった。


「さぞかし大変だったんだろうな。…………だがそれがどうした?」


 鋭い視線がシエルを射抜く。戯言は許さない。ジークの目が物語っていた。


「不幸自慢でもしているつもりか? 貴様の都合など知るか、興味が無い」


 仄暗いバックグラウンドがあることは理解している。――だが共感は出来ない。

 浩人からしてみれば訳も分からない内に別人に成り代わっていて、それが死亡が確定している全方位敵だらけの悪役だったのだ。

 もちろん現状をただ受け入れるつもりは全くなく未来を変えようと必死に抗っている。それでも不安は付き纏う。

 未来への恐怖が解消されることはなく相談出来る味方もいない。浩人自身は何もしていないのに周囲からは悉く嫌悪されている。


「公爵家として生まれたくなかった? 知るかそんなこと。生まれた以上は真面目にやれ」


 シエルは原作キャラでパーティの一員でもあるメインキャラだった。

 史実通りの未来になるかは分からないが浩人はそれを変えようと抗っているし、そうならなければ困る。

 シエルもゲーム同様の立ち位置をこの先得られるかは不明で下手をすれば原作開始前に退場する可能性もある。それでも――メインキャラであることに変わりはないが。


 例え今の立ち位置が最底辺だったとしても、それを覆す能力を持っている事実に変わりはない。グランツがそうであったようにシエルもまた規格外なのだ。

 才能があり、人望があり、地位があり、見た目が良くて、人気なメインキャラなのだ。

 

 それがどうだ、自分の実情は。

 作中でもファンからも嫌われていて、この世界でも変わらず敵視されている。家の者に話しかければ土下座され、人助けをすれば命乞いをされる。将来のために資金集めに勤しめば何かを企んでいると探りを入れられた。

 どうなっているんだこの世界の奴らは、と心の中で何度嘆いたことか。


 シエルからすれば八つ当たりもいいとこだが浩人は納得が出来ない。自分のような死亡確定キャラじゃないのだからしっかりやれと。……原作開始前なら悪役を助けてくれてもいいだろと。


「自分だけが特別だと思うなよ。世の中全ての不幸を身に受けたつもりか? 反吐が出る」


 将来的に敵対する可能性があるのは悲しいが、ファンとしては原作同様の活躍を見せて欲しい。


「……貴様には力がある。王族共や教会の追従を許さない程の才能がな」


「どうして……そんなことが分かるのです? 今までどれだけ努力しても無理だったのにッ! 欠陥品だから国の為に潔く散れと言われたのに!」


 ジークの口元が三日月のように広がる。青色の瞳は妖しく光りを帯び、思わず惹きつけられる。


「ハッ、そんなことは決まっている。……俺が貴様を特別だと認識しているからだ。他の有象無象と一緒にするな」


「なっ⁉︎ 何を、言っているのです⁉︎」


「貴様の力で黒幕を叩く。黙ってついてこい」


 シエルの手首を掴み建物の外へ移動するジーク。もう面倒だと、無理矢理終わらせることにした。覚醒イベントなんか知るかと心の中で呟きながら。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 建物を出て開けた場所まで来た二人。通常であれば広場として使われていた場所だが今では閑散としている。意識を失った住民達の存在が拍車をかけていた。


「町全体でこのようなことに」


「分かりきっていたことだ。……そんなことよりさっさと終わらせるぞ」


「私を……とく、良く思ってくださることは……その、光栄に思いますが、私ではやはり敵を倒すことは……」


 しどろもどろになりながらも自分の考えを伝える。アピオン全体に広がった呪いの被害を感じて俯く。自分では無理だと。


「……何を言っている? 端から貴様に敵を倒すことを求めてはいない。貴様の力で根暗を引き摺り出す」


「引き摺り出す? しかし私は未だに神聖術を使えません。呪いを感じるだけしか……」


「バカか貴様は。初めは呪いすら感じ取れなかっただろうが。それが今では分かる、なら十分だ」


 蟻並みの進歩だがなと蔑むことも忘れない。この状況でも変わらず飛び出す悪態に浩人は感心していた。本人としては塵も積もれば……と言いたかったのだが。


「えっ⁉︎ それはどういうことでしょうか? これから何を始めるのです?」


「貴様は黙って集中していろ。……力の使い方を教えてやる」


 手は依然掴まれたまま。道中含めドギマギしていたがジークの表情を見て意識を切り替える。

 

 ジークを中心に膨大な魔力が迸る。今まで目にしたことがない強大な魔力がシエルを包み込む。


「っ⁉︎ これはッ⁉︎」


 自分の中に外から魔力が入り込んでくる感覚。その膨大な魔力にたじろぐが徐々に落ち着いてくる。


(慣れてきた? 違う、彼が私に合わせて魔力を調整してくれている?)


 次第に魔力が重なり合い一つとなる。連携とは言い難い。無理矢理魔力を繋げて形にする力技だ。


(ここまで繊細なコントロールは魔術師団でも極僅かの限られた人にしか……。しかも私達は初めての連携のはずなのに)


 異なる魔力が重なる感覚。ジークの言動からは想像し難いがどこか温かい、懐かしい感じがした。昔、母と過ごした優しい時間を思い出す。


「なるほどな、これが神聖術の元となる魔力か……使えるなこれは。良い経験になった。褒めてやる」


 虹色の光が二人を覆う。その光景は天が二人を祝福しているかのように。


『アルゲンディカーレ』


 銀の輝きがアピオン全体に降り注ぐ。


――穢れし者に裁きが下された瞬間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る