第十話
ラギアス邸からノルダン原野までは馬車で数日かかる距離となる。野営や道中の村で休息を取りながら目的地を目指す。
浩人は馬車での長距離移動や野営の経験は無いので少し楽しみでもあった。遠征を言い渡された兵士達は絶望していたが。
ただでさえ厄介な遠征なのにラギアス家の跡取りであるジークが同行する。両親同様に選民思想が強く日頃から周囲への当たりが強い。
噂では数ヶ月前に雇った元騎士の指導者をクビにしたと広まっている。無理矢理竜と戦わせたが戦果を得られなかった。それが理由とのことである。
気の毒に思うが決して他人事ではない。次は自分達の番だと兵士達は戦々恐々していた。
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のどかな街道を馬車でゆっくりと進む。遠出の機会が少ないため物珍しさにテンションが上がっていたが、慣れてしまえばこれといって楽しくもない。
ゲームで登場する場所なら聖地巡礼の気分を味わえたかもしれないが、ストーリーと全く関係のないエリアとなる。そもそもノルダン原野なんて浩人は聞いたことがなかった。
(暇だ。次からは魔法の本でも持ってきて勉強するか)
平和なことに不満はないが、手持ち無沙汰を感じる。普段は鍛錬一筋のためあまり暇を持て余すことがないが、馬車の中で剣を振るわけにもいかない。
――自然と思考の海へ沈む。
生き残ること。
シナリオをクリアすること。
漠然とした目標ではあるが無碍にすることはできない。悪役の確定死亡キャラに憑依した以上、切れる手札は多く準備しておく必要がある。
力をつけ原作キャラと敵対しない。可能であれば極力関わりたくないが、シナリオにジークが登場しないことでストーリーにどのような変化が訪れるか分からない。距離感を大事にしたいところである。
上手く立ち回ってゲームクリアとなれば、元の世界に帰れるかもしれないという淡い期待もある。『ウィッシュソウル』の世界は好きだがそれはあくまでもゲームであって、現実世界ではない。
死が身近にある現実なんて求めてない。最悪元の世界に帰れないなら、クリア後は全てを捨てて逃げようと考えている。
どこか遠くの土地で畑を耕し暮らすのも悪くないと、隠居生活を想像する浩人であった。
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「ジーク様。件の村に到着しました」
馬車での移動を始めて四日経過した。道中は特にトラブルなく目的地にたどり着いた。
ジークが思いのほか静かだったため兵士達は拍子抜けしていた。無理難題を押し付けられるのではと身構えていたが、徒労に終わったのでとりあえずは一安心だ。
今回魔物の被害に遭った領民が住む村に到着した分隊。ここで情報収集を行い魔物の手掛かりを探す。ノルダン原野はかなり広く闇雲に動くわけにもいかない。
少しでも有益な情報を得て任務を完了させる必要がある。何の成果もなく帰還すれば自分達の明日が無いからだ。
下手をすればジークが見張っているこの場で処分されるかもしれないが。
「随分と辺鄙な村だな」
率直な感想だった。家はそれなりに建っているが、全体的に規模は小さく建材の劣化も目立つ。村人達が身に付けている衣類は簡素な物が多く、生活水準の低さが窺える。
村は農業を中心に生計を立てているのだろうが、ノルダン原野から近いこの土地が農業に向いているとは思えない。
条件が悪い中で得た利益も、重税の影響でほとんど搾り取られる。正に悪循環だった。
「……土地柄生計を立てるのは難しいのでしょう。先ずは村長から話を聞きましょう」
分隊長であるシモンの指示で他の兵士が取り次ぐ。村人達は安堵の表情を浮かべている者がいれば怯えや懐疑的な感情をこちらに向けてきている者達もいる。
(まぁ歓迎はされないよな)
村が貧乏な理由は重税によるもので、魔物の被害はノルダン原野の管理不足の点が大きい。領内であればラギアス家の悪評は知れ渡っているであろうから、ごく普通の反応と言える。
「ジーク様、準備が整ったようです。これからご案内致します」
村人と兵士の案内で移動する一同。どうやら集会所のような場所で話し合いが行われるらしい。すんなりと終わればいいがと思考する浩人や兵士達。
――そんな彼らの後ろ姿を凝視する怪しい人影があった。
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