第1章 第8話 紫苑
悩む素振りを見せることなく美癒は答えた。
「本当に良いのかな?まだ考える時間はあるんだけど。」
「え?そうなんですか?・・・でも、自分に出来ることをしたいというのが本心なので大丈夫です。」
「そっか、それは助かるよ。ありがとう。じゃあ、美癒ちゃんは下がっていいよ。」
ジンからの質問は呆気なく終わった。
(本当にこれだけ!?昨日のことはどうなるの?)
さすがに信じられないといった表情を隠しきれず、美癒はジンに訊ねる。
「異界の山について、私はどうなるんですか?何か処罰が下るのでしょうか?」
「処罰は下らない。神使任務に就くのを断られたら、ちょっぴり脅しとして使うつもりだったけどね。」
はははっと笑うジン。
美癒の不安を消し去るくらいあっさりと答えたのだ。
勿論ジンの発言には笑えなかったが安堵し、どちらにせよ神使任務に就く運命だったのかと美癒は悟った。
お咎め無しと聞いて胸をなでおろしたのは琉緒も同じだ。
言葉には出さないが、美癒のことをどれほど心配していたことか。
「分かりました。昨日は異界の山から私を連れて帰って下さったと聞いてます。お礼が遅くなりましたが、有難う御座いました。では私は先に失礼します。」
「いえいえ、お大事に。またね美癒ちゃん。」
爽やかな笑顔で手を振ってくれたので、ペコリと頭を下げて応接室を出ようとする。
琉緒の方を見たけど、まっすぐにジンを睨んでいたため視線が合うことは無かった。
美癒が出て行くと同時に、校長と慎先生も静かに応接室を出て、扉を閉めると早朝のことについて頭を下げてきた。
「美癒さん、今朝は誤解をしてしまって申し訳ない。神使任務に就けるなんてすごいじゃないか!」
「すまなかった。それにしても神使任務に推薦されるだなんてうらやましいよ。卒業まで問題を起こさないように気を付けるんだよ。」
朝のものすごい剣幕が嘘のように今では校長も慎先生も大喜びで、美癒は呆れた。
「はい、分かりました。ところで琉緒は何で呼ばれたんですか?」
「琉緒さんも神使任務に推薦されるそうだ。同時に2人も推薦が決まるなんて、本当に素晴らしい!!」
「へぇ~・・・琉緒の魔法って、他の人より丁寧で細かいっていうか…とにかく上手ですもんね。」
琉緒が神使任務に推薦されるのは、きっと誰もが納得しりだろう。
それに卒業後も一緒の道に進めるのは、美癒にとってとても心強い。
「神使任務に就くことは、正式に発表されるまで口外しないように。」
「はぁーい。」
先生とはその場で別れ、美癒は一人で教室へ戻った。
----その頃の応接室。
鋭い目つきでジンを睨む琉緒とは対照的に、ジンは体勢を崩すと椅子を回転させ窓の外を眺めていた。
「琉緒、そんなにニラむなよ。」
「美癒をどうするつもりだ?」
静かな応接室に2人の声だけが響き渡る。
「悪いようにはしない。ただ彼女は神使任務に必要だ。」
「アイツは何の能力もない。」
「ははは、前まではね。今はある・・・今が本当の彼女の姿だよ。」
「どういうことだ?」
「琉緒は、美癒ちゃんと仲が良いね?今日はいつもと違うって思わなかった?」
「思わねぇよ。美癒は美癒だ。」
否定しつつ実は琉緒にも美癒に対する違和感があった。
「本当に気付かなかったのかな?そんなわけないよね。まあいいや。ところで昨日、異界の山の結界を解いたのは琉緒だろ?」
「知ってたのかよ…。」
「僕の知る限りでは、こんな事できるのも度胸があるのも琉緒しかいない。琉緒も卒業後は神使任務に就け。これは決定事項だ。」
「…美癒が行くなら俺だって行くつもりだ。」
「はははっ。琉緒、君が元に戻れるかは、今の美癒ちゃん次第だよ。」
「何で美癒が出てくる?」
「彼女は魂を操れる能力を持っていたんだ。」
「は・・・?いやいやあり得ねぇって。」
「本当だ。昨日異界の山で起きた出来事を見せてあげよう。端折りながらだが見てみろ。」
そう言ってジンは右手で琉緒の額を覆う。
ふんわりと昨日の出来事が琉緒の脳裏に流れ込んでくる。
***
美癒は、異界の山に来た菜都を見つけて【あの世】につながる最後の扉を開く瞬間に呼び止めた。
本当にギリギリだった。
「行ったらダメ!」
「・・・・・・え?」
引き留めようと菜都に向かって走り出す。
そして手を伸ばした瞬間、眩しい光が発せられた。
パアァァァッ
「え?私に魔法が使えてる・・・?ひゃあぁあぁぁぁっーーーーーーー」
その途端、まるで竜巻に吸い込まれるようにして美癒の魂は【この世】にある菜都の身体に入って行く。
そして、菜都の魂は【あの世】に行かずに、美癒の身体に入りその場で気を失った。
その場に居合わせていた誘導任務のお爺さんは驚きながら、突然現れた菜都に駆け寄る。
「はて?君は学生か?何故・・・どうやってここに・・・?起きなさい!しっかり!!」
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