第504話 覇王の見る景色
――――――
決死の表情で瓦礫をかき漁るミハイルであったが、見つかったのは持ち主を失った巨大なフランベルジュのみ。
何を探しているのか、誰を求めているのか……神聖さえ打ち破られたこの終焉に置いて、天使が縋るものなど他に何があるというのだろう……
「何処だ……何処にいる!」
「…………」
その時……
折れた大翼から羽を振り撒きながら、ミハイルは落ち窪んだ瞳を落とし始めた。震える肩から落ちる掌。ボタボタと垂れるこめかみの汗が、青紫色の口元へと伝う……
「苦渋の決断の後……神聖の禁断を行使して、その存在も概念も消し飛ばして……」
折り曲げた背を立てたミハイルの背後より、よたよたと歩み出して来る光の化身……
「神の思想と相反した、世界を歪める未来の強制修正。神聖の最終手段……その禁忌、苦渋を飲んだ確定的結末を執行して……」
それは肉の動かし方も忘れた、生物の反射的余韻だろうか……
「何故だろうね……
不規則な足取りで天使の背へと肉薄して来たモノは、怒涛の薄明に包まれたままピタリと制止した。
ミハイルは振り返った――――
黄色く灯るその瞳に、驚嘆と恍惚の二つを同居させながら……
「私の観測する未来が、代わり映えしないのは……」
……次の瞬間の事だった――――
「ア…………」
全て呑み込む莫大な光明より、突き出してきた腕!!
「…………ア……」
漆黒の掌! 塗り潰せぬ闇の深み! 黒き掌が指を広げて!!
「ア……アハ…………ルシル……!」
ミハイルの顔面をわし掴んだ――!!
「
「ァァァァァァ……」
自らの顔を覆って吊り上げる、その指の隙間よりミハイルは、焔の息を吐きつける“
そうして悪魔は、形容しようも無い位に憤激した様相で――――
「ォオオ゛グゥオアァァァアアア゛ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ァアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ァアアアア――ッッッ!!!!!」
「ハ――――っ――――!!」
天使の顔面を握り潰し、そのまま大地に叩き付けた――
――ソレだよルシル……その強烈的
「――――っ――っ――――!!!」
“
――その姿はまさに……昔のお前を見ているかの様だ……
致命的一撃に地を跳ねたミハイル。
決定的なる敗北を喫した彼であったが、
「――アハ………………は……」
――それはそれは嬉しそうに、愉悦に歪んだ笑みを刻み込んでいるのだった。
「シィィィアァア゛ッッ!!!」
「が……ブ――――!!」
地を這うかの様な超低空の拳が、ミハイルを引きずり回して瓦礫に打ち込んだ。
「フゥゥ……フゥウ……っ」
光振り払い、赤黒い陽光が鴉紋を照らす。空に開いた天使の天輪が、その口を閉じて闇へと染まる世界を受け入れていった。
「フゥ…………フゥ…………」
吐息荒ぶる鴉紋は、傷付き果てた体を前屈みに、己の拳に付着した天使の血と肉を見下ろしていった。
「終わった…………」
長き旅路が、苦しき世界が鴉紋の脳内に去来する――
「全部……ッ」
赤き目の彼等に出会い、家畜とされ食肉とされる境遇と全てを知り、世界に牙を剥いた。
凝り固まった常識の破壊は困難を極め、鴉紋の身と心は何度も叩き伏せられた。
「やった…………ぞ……っ」
それでも彼は、この世界に見た守るべき者の為に……その全身全霊を持って挑み、抗い続けた。
その拳の一本で!
「俺は……俺達の夢……が……っ」
世界を破壊し、望む世界を創造する。まるで自らが神であるかと思い上がったかの様な蛮行は……
常軌を逸したその執念と暴力に、遂に達成された。
「お前ら……みんな――――っ!!」
この夢は一人では決して叶わなかった。
とても一人では成し得ず、何度だって奈落の底へと突き落とされた。
そんな時、彼を支え続けたのは、赤い目をした多くの家族達であった。彼等と共にあったからこそ、この野望が実現した。
この歓喜を誰と分かち合おう。この世界を誰と共に生きよう。
そんな事は決まりきっている……
「やったぞ、みん――――」
鴉紋の振り返った先……そこには誰も居なかった。
「…………………………………………………………」
先程までそこに居た家族達は、彼等の温もりは……
「…………………………」
「………………ぁ………………」
彼等は死んだのだと……鴉紋は思い出した。
「……お……俺…………は……」
先程背に感じた彼等の魂は、自らの創り出した幻影なのだと知った。
「俺は…………おれ………………」
煌めいた瞳を漆黒に落とし、虚空となった眼差しは天を仰いで、膝を着いた。
「だ……れの…………」
誰にも曲げられぬ力を得ながら……いま鴉紋の身を襲うのは、言いようの無い無力感であった。
世界を獲っても、そこに残るのは虚しさだけであった。
力無くすすり泣き始めた魔王は、配下の見えぬその荒野で、ただ震える口元を押し開いていった。
「俺は……何の為に戦っていたんだ…………」
王の声に答える者は居らず、そこには荒涼とした風だけが鳴いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます