第503話 この胸に“灼熱”を


 忘却の光へと溶けていくさなかで、自らの背を支えているのが誰なのかが、鴉紋には分からなかった。



「らしくねぇじゃねぇか兄貴……ケッヒヒヒ」

「…………ぁ…………?」



 妙に聞き覚えのあるその声の主が分からず、そして振り返る事さえ叶わないが、心にわだかまるそのが、温度を高くしていく事を実感し始める。



「叶えるんだろ……あと一歩じゃねぇか、気張れよ兄貴!」

「…………、……シク…………?」

「……もう忘れんなよ、俺達の



 光に押し込まれて倒れ込もうとする背中が、グイともう一つの手に支えられた事に鴉紋は気付く。



「っ…………??」

「何処に行ってしまうおつもりですか、鴉紋さん?」


 背に連なった、異なる二つの掌――その温かみに触れられて、鴉紋の目頭が小刻みに震え始める。


「困ったものですね……あなたはとても強いのに、時に大切なモノを見失う事がある」

「フ……ロン…………スっ……!」

「たとえ今、その目に誰も映っていなくても。世界には私達の夢の先でしか生きられない子ども達が居る」

「……お前……たちっ」

「どうか忘れないでください。貴方の持つ、そのを」


 閉じたまぶたを辛うじて上げた鴉紋であったが、それでも正面より襲い来る光明の濁流は強烈で、体が背後に倒れ込んでいく。

 

「鴉紋様!」

「なにやってんすか大将、不甲斐ないっすよ」

「……っ……クレイ……ス、ポ……ック……!」


 力強き二人の掌が、鴉紋の肩を支えて押し始める。無慈悲の光に髪を舞い上げる鴉紋であったが、その身は未だ地に伏せる事を拒絶し、しかと前を向き始めていた――


「終わらぬ悲劇を繰り返し続けていた我等に、救済の手を差し伸べた、あの日の様に!」

「明けない夜はないと俺達に示してくれた、あの時の様にッス!」

「――っ」

「我等のを――」

「常識を打ち壊すあのを――」

「「どうか忘れずに!!」」


 

 ――思い起こした時にはもうそこにあった。

 


「フ……ッぬぅおお――っ!!」



 どう動かしているのさえ分からぬ、自らの腰――



「ぁあ、ぁあぁああ!!」



 強烈なる光明に踏み堪えた自らの足――!!



 背に添えられた無数の掌に押され、鴉紋はがむしゃらに前を目指す。

 しかし……


「ぁあッ……」


 より一層と凄絶となる光の奔流に、鴉紋は再び押しやられるしか無かった。


「うう……っウウウウっ!!」


 何に抗っているのか、何処に向かっているのか、この先に何があるのか……

 何も分からずに、鴉紋は牙を剥き始める!


 光に吹き飛ばされ様とした鴉紋の背を、無数の腕が引っ掴んだ――


「鴉紋様!」

「信じています鴉紋様!」

「貴方は俺達の希望だ、俺達ロチアート全員の!」

「オマエ……ら……っ」


 背で上がる猛々しい咆哮、雄々しいまでの無数の気迫が、鴉紋を地に留めて前へと押し進め始めた。

 王の背に集ったのは、グラディエーターと赤目の騎士達。彼等の腕が、体が、理屈に抗い前へと足を進ませる――!


「俺達のを!」

を!!」


「「「忘れないで――!!」」」



 背負って来たもの。

 託されたもの。

 見て来た世界。

 その絶望。

 あの不条理。

 心に巻き起こった炎熱を。


「ウグオオォ……ッォオオオオオオオオアア゛!!!」


 鴉紋は徐々にと取り戻していく。


「兄貴!!」

「鴉紋さん!」

「鴉紋様!」

「行くッス!!」

「「「ロチアートの世界を!!」」」


「ヘェァァァアァアア゛!! ――ァァアアアア゛ッッ!!」


 光に立ち向かう鴉紋。忘れ掛けたを取り戻し、仲間達の手に押される。


「グゥオオオオオオオオアオオオオアアア!!」


 この光の先に何が待ち受けているのか、彼はまだ理解していない。だがそれでも、仲間達の想いに応えたいと、その胸の炎が騒ぐ――!


「ウゥ……あ――ッ!!」


 ……されど、原初の光は全てを呑み込む。

 そこに滾る情熱も、人々の想いも存在も……全て。


「チクショ……ッチクショおおおおおあ!!」


 髪を巻き上げ、前へとつんのめる魔王は、光明の原点ともなるを前にして、歩みを止めざるを得なかった。


 そこが限界なのだ……


「あと……少しィッ!!」


 生物の抗える限界点が、原初の光の漏れ出すその黒点なのだ……


「この手が、届けばァァァ――!!」


 無慈悲にも、再びに存在を消し飛ばしていった薄明……鴉紋の身が光に溶け落ちながら、背に届く仲間達の声すらも薄らいでいく……


 ――――その時……


「…………っ」

「鴉紋……」


 彼の背にソッと寄り添った、少女の肌の温もりを感じた。流れる赤き毛髪が、目の端に映る……


「う…………っぁあ……っ」

「信じてるよ……鴉紋」


 鴉紋の背より回って来た小さな手が、彼の胸の前で交差する。抱擁されるその熱が、彼の胸の炎を逆巻かせていく――


「生きて……いたんだな……みんなっ」


 鴉紋の目頭から、熱き雫が垂れて止まらなくなった。振り向く事は叶わねど、その背に集った仲間達の存在を確かに感じる。


「ずっと側に居るからね……」

「うう……ぅうあ……セイル!!」

「忘れないで……」


 胸で組まれた白い手を……鴉紋は力強く、されど優しく――黒き掌で包み込んだ。

 そして少女は語る。彼の背に頬を押し付けながら、熱い吐息をそこに残して――


「忘れないで、あのを」

「…………っ」

の……あの灼熱を」


 その時、その瞬間――――



「――――――ッッッ!!!!!」



 鴉紋は全てを思い起こす。

 震える拳を後方へ……



 ――そこに固く、拳を握り込んで!!



「俺達の……“夢”を……」

「ぶっ飛ばせ兄貴!」

「仲間を想う“優しさ”を……」

「出来ますよ、鴉紋さんなら何でも!」

「決して砕けぬこの“気骨”を……」

「我等の野望を、鴉紋サマッ!!」

「全て破壊する、あの“勇ましさ”を……」

「行くッス鴉紋様!」

「狂い切った世界に“希望”の一筋を……」

「「信じています鴉紋様!」」

「俺達の笑い合える“新世界”の為に……!」


 薄明の世界に十二の暗黒が爆散した――

 それはいかなる摂理、暴圧にも抵抗し……



「この胸に“灼熱”を――――!!!」


 

 光に荒ぶ――――ッ!!



「「「ォォォオオオオオオオオアァァァァアガァァァアアアアアアぁぁぁぁああ゛ァァァァァ゛ァアアアアア゛ああああああぁあ――ッッッ!!!」」」



 仲間達と共に叫び、前へ踏み込んだ軸足!!

 越えられぬ筈の限界点を踏みにじり、



「ウウウァァァアアアア゛ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアア゛――――――ッッッ!!!!!」



 無理矢理に捩じ込まれた黒の剛腕が、光を産み出す黒点を殴り壊した――!!


「ほら……出来た、エラいね」


 背に頬擦りをしたセイルの声を最後に、薄明の世界は崩壊していった。


「生きている者に不可能なんて無い。貴方は何でも出来るんだよ……」


 もう、鴉紋を止められるものなど存在しない。

 いかなる光も、その闇を消し飛ばす事は叶わない。


「――――みんな……――」


 いうなればそれは……



 “極魔ごくま”と成りて

  鴉紋は行く……

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