第418話 “想い”束ね、最期の槍を

「ン――――?!」


 砕け割れたガラスの男達……失った足で地に転がったグラディエーター達が、手に握り込んだ暗黒の槍の先端を、クレイスの創造した朱槍の刃先に添えていった――


「馬鹿……げている〜……こんな、ロチアートの、分際……で……っ」

「ロチアートの靴を舐める覚悟は出来たか……大王」


 仲間達の血で再形成されていったクレイスの血の鎧。それは禍々しいまでの形態へと変貌し、欠損した左腕より崩壊していくクレイスの身を強制的に繋ぎ止めていった。

 そして仲間のグラディウスに纏われた赤き朱槍は、暗黒のエネルギーを吸い上げながら漆黒の波動を宿す――


「お前達の“想い”……確かに受け取った」


 白目を剥くまで憤激したクレイスがそう告げると、足下で槍を握っていたグラディエーター達の体が崩壊して、ちりとなった――


「…………」


 一人残されたクレイスは、迫り来る悲しみに一度だけまつ毛を下げたが……


「ゆくぞ、お前達。想い束ね――最期の槍を」


 すぐに苛烈に見開かれた眼光にはもう、怒涛の赤き灼熱しか残されていなかった。

 そして“気骨の悪魔”は滾り、その肉を盛り上げる――


「あ、あれは〜……ッヤバい〜〜っ」


 クレイスの握る、暗黒を内包した朱槍の危険をいち早く察知したシャルルは、額をピクつかせながら歯をカタカタと鳴らし始めていた。


「なんと禍々しいオーラなのだ〜、亀裂の走った弱々しい男の気迫だとは思えん〜……」


 ――シャルルの言う通り、クレイスの体は先の衝撃を受けて半壊していた。残されたのは亀裂の走った右腕と、今にも崩れ去りそうな太い脚のみ、他の部分は既に崩壊が始まっていたが、彼の纏う鎧がそれを留めているに過ぎ無かった。

 

「この一撃に全ての“想い”を」


 しかしその男は、仲間より受け取った激しい“情熱”を胸に、崩れ去っていく肉と内蔵の痛みにも僅かに動じる事もしない。


「がっ『硝子細工』!!」


 肉をしならせ朱槍を投擲する構えとなっていったクレイスを認め、シャルルは慌てふためきながらガラスの壁を何枚も連ねた。


「いくぞ……ニンゲン……」

「ヒッ……これでは駄目だ、この程度の壁ではきっと奴の槍が〜!!」


 構わず朱槍を引き絞っていったクレイスに、シャルルは恐れ慄きながらとガラスの壁を限界まで連ね続ける。


「『反骨の槍』――いま、我等の“気骨”をここに……!」

「ぁぁあうううあ〜〜ッ!!!」


 巻いた赤の闘志がクレイスの身より爆ぜ、その一撃のインパクトを物語っていた――


「――ぅぅうおおおおおおおおあああああああ゛ッッ全テの剣闘士グラディエーター達のッ!! 身を引き裂く無念をココにぃいいいいィイイイイイ――ッッッ!!!!」


 赤き眼光拡散し、血色の射線がシャルルへと向かう――!!


「ヤバい〜!! 極厚の私のガラス達が〜ッ紙切れかの様に〜ッ?!!」


 幾重にも張り巡らされたシャルルのガラスの壁は、猛烈なる朱槍を僅かにも阻めずに瓦解していった。大気引き裂き猛進してくる赤の閃光が、全て押し退け強引にシャルルへと直進していく。


「逃げる〜っ! ガラスの足場で一度退避を〜!!」


 真っ直ぐと迫る超大な槍から逃れる様にして、シャルルはガラスの足場を必至に形成しながら逃れていった。

 すんでの所でシャルルの身を掠めるだけに終わった朱槍が過ぎ去っていく。


「ふぅぁぁあ〜〜!! 危な、危なかった〜!!」


 命からがら逃げおおせた老王が額の汗を拭うと、奴隷の戦士の過激な咆哮が巻き起こる。


「『反骨の盾』!!!」

「ハァ〜〜?!」


 ――岩壁打ち崩さんと直進していった朱槍の閃光が、進行方向に突如現れた『反骨の盾』を打ち崩し、その軌道を変えていた――!


「――はぁぃアッ?!!」

「逃げ切れるとでも思ったのか!! 我等の“想い”は地の果てまで貴様達を追い立てるッ!!」


 角度を変えた赤き閃光が、シャルルの中心へと迫り接触する刹那――


晴心せいしんくん『風の鼓動』――ッッ!!!」


 豹変したシャルルが飛び上がり、金色の杖を朱槍の切っ先へと振り下ろしたまま、宙へとひるがえっていた――!

 標的射抜けず、あらぬ地点に突き立ちながら大地巻き上げた朱槍。宙でくるりと旋回した“親愛王”が、奴隷の放った最期の一撃をいなして笑う。


「はっははは、アッハハハハハ!! 外したな! 何が団結、何が想いか、滑稽こっけいである!」

「……」

「奴隷の恨みが寄り固まったところで、選ばれた人間には遠く及べない!」

「……」

「所詮貴様等の戯言など、いつの世にもある嫉妬の一つに過ぎんのだ、この大王と家畜との身分の差を、今一度心に刻み直せ!!」


 地に降り立ったシャルルは“親愛王”となったまま、堪え切れぬ笑みを溢しながら金色の杖を肩に担ぎ上げた。


「さぁ、貴様の体を割り砕いてやろう……」


 不敵に肩を揺らしたシャルルの視線の先で、強く踏み込まれたクレイスの足腰に深い亀裂が走る。


「言葉も失ったか、ふ……そうだ、いやしき身分の者は私の前では声すら発せぬ、至極当然なる位の違いを思い出したかロチアートよ」


 地に膝を着きながら、キッと結んだ口元と赤き眼光を緩めずにいるクレイスに、シャルルはその時僅かな疑問を感じ始めた……


「ん…………?」


 ――何やら驚愕とし、口をパクパクとするだけのクリッソンに気付いた大王。

 身軽に踏み出していた筈のシャルルは、ピタリと足を止めて自らの体へと視線を下ろしていった。


「ナ――――ッッ!!!!」


 音を立ててシャルルの全身が軋み始めた。そしてみるみると、5体無事であった筈の四肢に激しく亀裂が走っていく――


「馬鹿な……っ貴様の技は確かにいなして?! いや流し切れていなか……った? 微かに残った力の余波が、私の体を崩壊させる程……にっ?!」

「我等の槍は、へとたしかに降り立った……」

「――――!!」


 ――シャルル首元にまで亀裂が走ったその時、ヒビ割れた眼球が朱槍の行く先へと向けられる。


「これはへと投げ渡した、我等のバトンだ」

「投げわた……??」


 地に落ちた超大なる朱槍は、風を纏った青年の手に再び振り上げられていた――


「仲間達の“想い”……確かに受け取ったっす」


 ポックによって握り込まれた仲間達の槍。同じ気骨を滾らせる彼ならば、その朱槍を扱う事も可能であろう。


「馬鹿な……! まさ、か貴様の狙いは私だけで無く――っ?!」

「なんと強欲なる奴隷よ……っ敵将を一人のみならず、二人纏めて絡め取ろうとするとは!」

 

 ジャンヌの振るう光の御旗が奴隷達の赤き槍に叩き落される光景を……クリッソンとシャルルは呆然と見つめていた。


「『緑旋風りょくせんぷう――“破天”』!!!」


 宙にひるがえったポックが、空に赤き閃光を走らせて半月を描いた――


「……あらぁ、これ……は」


 ジャンヌの胴体は真っ二つとなり、血を吐いた少女は微笑む。


「いっひひひ……」


 口元を緩ませたまま息を止めたジャンヌ・ダルク。

 ――光の御旗は、その瞬間より光明消し去っていった。



「ぁ…………クリッソ――」

「シャルル!!」



 御旗を失った事で白き闘気を失っしながら……クリッソンへと手を伸ばしたシャルルの全身は崩壊した。

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