第403話 「笑うところなんですけど」
消耗していくシャルルに対し、魔力源となる人間がそこにある限り無尽蔵に再生を繰り返していく“食肉の悪魔”。未だ残された騎士は数百と逃げ惑っている。
「ちっ……」
「クリッソン〜〜!! 何をしているのだ〜?!! 早く直すのだ〜、お前の『修繕』で〜私のこの砕けた体は
「……シャルルめ、言わんでも良い事を」
シャルルの漏らした秘策を聞いて、ポックは思わず飛び上がって驚いていた。そして隣で立ち尽くす岩の様な筋肉男の肩をバシバシと叩き始める。
「ええっそれマジっすか?!! じゃあ何度砕いても直されるって事っすよね、てか人体にも適用出来る能力なんすか!?」
「もしくは、ガラスと変じた身は人体とは定義されんのやも知れん……奴等も策を隠していたか。ならばやはり、あの参謀を先に始末せねばならんか」
「あれ? でもクレイス……」
「ん……?」
ポックが視線を投げた先には、赤面したまま爪を噛み続けるクリッソンの姿があった。どういう訳なのか、必死極まるシャルルの提案にも直ぐには首を振らずに難色を示している。
「ぁぁわぁあ〜どうしたのだクリッソン〜! 早くしてくれ、早く、早く〜ぁぁ〜〜っ!!」
「ぐぬぬ……」
「あのクリッソンとかいう参謀、どうして直ぐシャルルに『修繕』を発動しないっすか?」
「確かに……この土壇場で発動をためらう理由が何かあるというのか?」
二人して小首を傾げたクレイスとポック。彼等は涙を振り撒いて助けを乞う大王と、それを見ぬフリしている小さき男を観察していた。
「何をしている〜!! この声が聞こえているだろうクリッソン〜ぁぁう〜、このままでは私のガラスの体が〜本当に砕き割られてしまう〜もう時間の問題だ〜っ」
「……」
「なぜだぁ〜なぜ何も答えぬクリッソン〜……まさか〜、まさかクリッソン〜お前も私を
シャルルの発したそのワードに、今度は過敏なまでの反応を示したクリッソン。彼は勢い良くシャルルへと振り返ると、その禿頭をパシンと叩いてわざとらしく笑い始めた。
「――待て、待て待て待てシャルルよ! 少し考え事をしていたのだ、私がお前を裏切るなど滅多な事を言うものでは無いぞ!」
「クリッソン〜あ〜そうであったか〜〜唯一の友であるお前が裏切り者である筈が無いのに〜、私はなんて愚かなのだ〜許してくれ友よ〜」
「分かれば良いのだシャルルよ、分かれば……な、ぐ、ぐふふふ……」
「私は〜余りにも多くに裏切られて疑心暗鬼になっている〜狂っているのだ〜すまない〜」
「そうだな、分かる、分かるぞシャルル。かつてお前は身の回りの全てに裏切られたのだからな……」
「それよりクリッソン〜ならば私の体を直してくれ〜早くして欲しいのだ〜手遅れになって砕ける前に〜っ」
すると今度はバツが悪そうに目を瞬いたクリッソン。そうこうしている内に、シャルルの前にはまたフロンスが飛び込んで来る――豹変しながら対応を余儀無くされたシャルルがクリッソンより離れていった……
「――あ、お話し中にすみません。チャンスだと思いましたので、つい……」
「軽口を――ッ!! 見るに堪えないこの化物めが!!」
フロンスのかち上げた膝を鉄棒で受けるシャルルを見やり、クリッソンは平静を装いながら汗を拭う。
「そ、その程度のヒビならまだ戦えるであろう……ほ、ほれ私の魔力は人より少ないから考えて使わねば……だがお前の身が砕き割られる前には無論『修繕』をかける。私の術がどれ程細かく砕け散った物でもたちまちに
激しくせめぎ合うフロンスとシャルルの攻防――
「くぁ――ッ?!!」
「あと少しで貴方の体を花瓶の様に割って差し上げられそうですが……」
鉄棒を握り込んでいたシャルルの指が崩れ去るのを眼下にしながら、フロンスは身に纏っていた風のベールが切れ掛かっているのに気付き、後方へと高く跳躍していった。
「流石に細切れとなっては、私も元に戻れるのか分かりません」
「ぐ……ぅ……っ、おのれ、オノレ!!」
ポックの術のリミットに救われる形となったシャルルは、無惨に砕け去った数本の指に悶えながら、家畜に
未だ闘志が滾っているからか、その姿はしばし“親愛王”のまま保持されていた。
「……ふぅ、ポックさんの風のベールは、保って二分という所でしょうか」
フロンスの身を包む風のベールが消失した。
彼は怒り心頭の大王を見据え、手近の騎士を引っ掴んで首元から喰らう。
「もっと頑張って下さいポックさん」
「ちょっと何を言うっすか! あれで精一杯、むしろかなり維持出来てる方だと思って欲しいっすよ!」
「まぁそうかも知れませんね、あの方の魔力はそれ程に桁違いではあります」
「ほら言ったじゃないっすか! あんたらみたいな魔力オバケ達と一緒にしないで欲しいっすよ!」
するとそこで、頬を膨らませたポックの背中がバシンと強烈に叩かれる。
「イダァア――っ!!」
「気合だぁあポック!! 気合で三分保たせろ!!」
「クレイス、力加減おかしいんすよいつも!! またその調子で俺のアバラにヒビ入れる気っすか!」
「ガァッハァ! グラディエーターがそんな軟弱でどうする!」
「……あぁもう、この人何にも反省してないっす」
――そんなグラディエーター達の元へと、肉を膨れ上がらせたフロンスが着地する。シャルルは未だ先の攻防による疲弊で息を荒らげている様だ。
「ポックさん、今の内にその気合とやらで風のベールを掛けて下さい。次で決めます」
「ええッ! さっきあんなに激しい攻防を繰り返してたのに、もう行けるっすか? どういうスタミナしてるんすか」
「がぁっはっは!! 流石フロンスさんだ!」
「さぁ……? 脳のリミッターを解除していますから疲労なんて感じません。という私それ以前に、死んでますので」
きょとんとした様なフロンスの真っ直ぐな視線に、グラディエーター達はたじたじと顔を見合わせ始める。
「ぁ……そ、そうであったなフロンスさん……はは、ハッハッハ! ……ん? 笑って良いのかポック?」
「俺に聞かないで欲しいっす……こういうブラックジョークって反応に困るっすよ」
彼等がひそひそと耳打ちをしあっていると、不思議そうにしたフロンスがまた口を開いた。
「笑うところですよ?」
緊張感をほぐそうと気を利かせたつもりのフロンスであったが、
「はは……はは、は……ほら、クレイス顔が引きつってるッスよ、ちゃんと笑って!」
「がは、がはは……がは……これで良いのかポック」
彼の意図を汲んで素直に笑い出せる者など、一人もいなかった……
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