第256話 切り裂きの騎士の深き因縁


   *


 研ぎ澄まされたかの様に美麗に尽くされた広大な庭園を、メロニアスは自らでダルフの車椅子を押して歩んでいった。

 途中多くの召使いや従者に出会ったが、彼等はあの有名な反逆者一行を連れ歩く主に度肝を抜かれている様子であった。


 ロビーに入ると直ぐに目に飛び込んで来たのは、ひたすらに豪奢なシャンデリアの下で主を待ち受けていた執事長――ルルード・ファッショの姿だった。


「おやおや……これはどういった状況でしょうか主様……」


 彼は長年掛けて蓄積して来た目元のシワを過剰に深くしながら主を迎え入れる。


「ルルード。火急の要件だ、この者達をシェルターで匿う」

「それはまた大仰な事で……あれは万事に主様をお守りする為の大変重要な施設でありましょう。何故この様な者達に……」


 メロニアスの連れた逆賊を細い目で見渡したルルードは、気乗りしなさそうにして燕尾服の裾を払う。


「ん……?」


 しかして執事長の慧眼けいがんは直ぐにに気付く事になった。


「主様、その者はまさか……」

「ふん……赤の他人だ」


 長くエルヘイド家に勤め上げるルルードは、ダルフの相貌を穴が空く程に凝視しながら、その数奇なる巡り合わせに頭をグラつかせた。


「了解。何も聞かず、そして貴方方を目撃した全ての者へと口止めをいたしましょう」

「ん、早急に案内しろ。そして食事も持って来てやれ」

「のっぴきならない事情はお察ししますが、先代が泣かれますぞ?」

「空の上からか? ならば今宵は大雨が降るのだろう」

「全く……」


 金色の装飾品が並ぶきらびやかな廊下をルルードは歩き始める。歳は60に差し掛かる辺りであろう彼であったが、その背筋はピンと真っ直ぐで佇まいも良く、品の良い風格が漂っている。


「武装しておけルルード」


 異様に高貴ではあるが、見るからに華奢な体躯であるルルードの背中にそう告げたメロニアスに、リオンは静かに疑問を覚えていた。

 リオンの視た彼の心は、やはり丸く穏やかな熟年の平静である。そんな男にまで武装をさせて、あの烈火の様な男に何が出来ると言うのだろうか。

 しかしルルードはコツコツと革靴を鳴らしながら、振り向きもせずに主へと問いを返し始めた。


「……敵は?」

「代行人」

「ヘルヴィムか……」


 その名を聞くも、彼の心は未だ揺れ動くでも無く波風も立たない。

 しかしその応対を聞くに、彼はあのヘルヴィムという脅威の存在を認知している様子である。


「……?」


 ――であるのに関わらず、敵対しろと言われて何の反応らしきものも見せない彼のに、リオンは気付き始める。


「……全く、こんな老人を捕まえて何を言うかと思えば、あの嵐の様な男を止めろと……騎士を引退して何年経つと思っているんです?」

「出来んのかルルード。元第2隊騎士隊長。三英雄が一人“切り裂きの騎士”よ」


 メロニアスの挑発的な言動を受け、ルルードは粛々と黒いオールバックの髪を撫で付け始める。


「――っ!」


 リオンは彼の不動の心がみるみると変幻し始めたのを目撃して、肩を竦み上がらせていた。


「――出来ますとも」


 丸くなだらかであったルルードの心が、触れる者を皆傷付ける様な恐ろしい鋭利の結晶体になっていく。

 余りにも熟練し過ぎたマインドコントロールは、彼の卓越した実力を表していた。


「おや、長年の時を経て今、の機会を得た私は昂ぶってしまっている様です」


 ルルードはそんな事を淡々と語りながらも、後ろ手を組んだまま変わらぬペースで歩み続けていた。


「ケテルってのは……化け物だらけね」


 ――背中に冷たいものを投げ込まれた様な感覚。

 冷静を装いながらも、彼がその感情を隠し切れずに密かに微笑んでいる事に気付けたのは、その場に居たリオン唯一人であった。


「復讐……ついぞ果たせなかったと思っていた私の」


 ルルードがコキリと首を鳴らしたのを眺め、リオンはらしくもなくゾッとするしか無かった。

 そして切り裂きの騎士は、お茶でも頼まれた程度に平然と言い残す。


れるだけってみましょう」

 

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