第159話 夢を見る者、捨て去った者


 グラディウスを手に、狂気の目を爛々と光らせるロチアート達。奴隷達がダルフへと斬り掛かっていく。


「やめろっ! やめてくれお前達!」


 沈痛するダルフの声に構わずに、彼等は興奮して剣を振るい出す。


「……くそぉ!! なんでだ、なんで!!」


 取り囲まれたダルフは、クレイモアで彼等の剣を防ぎ続ける。しかし反撃の手を出せずにいる内に、獣の様になった奴隷達に、みるみると肌の至る箇所を切りつけられていく。


「俺はお前達を守りたいだけなのに! どうして……!」


 グラディエーター達は、苦悩するダルフに向けて叫び付けた。


「ロチアートの事を思うなら、ここで果ててくれ、ダルフさん!!」

「――――っ」

「俺達の理想の世界の為に!」


 そこにダルフの意志を尊重する者は存在しない。ただ邪魔者を排他するという意志だけが彼を取り囲み続ける。


「お前達は何故鴉紋に賛同する!? 悪夢の様に邪悪な意志を!」


 クレイモアを振り乱して幾つものグラディウスをいなすダルフに、彼等は続々と灼熱の意志を口にし始める。


「人間に復讐を果たす未来の為に、俺達は待ち続けていたんだ! 鴉紋様の存在を!!」

「貴方には分からないダルフさん。人間の作り上げる螺旋地獄! そこに俺達は何代にも渡って幽閉され続けて来た! 気の遠くなる程に!」

「そして今、遂に来たのだ! 世代を越えて受け継いできた復讐の大火を滾らせる時が!」

「こうしている今も、世界の何処かでは今も同胞が虐げられている!」

「やすやすと口にしてくれるな! 復讐の為ならば俺達は何だって犠牲にしてみせる! でなければ我等が同胞は救われないのだ!」

「人間を殺し尽くすその時までは――!!」


 ダルフとグラディエーター達のやり取りを離れて静観しながらに、鴉紋は一人消え入る様に囁いた。


「――それでもお前は言うのか……人間と赤い瞳との共生は叶うと……」


 狂気に沈んだ赤き眼が、ダルフに纏わり付いていく。

 人間とロチアートとの間に広がっている深過ぎる溝に、ダルフが体を竦ませていく。


 だが――――


 周囲にひしめくロチアート達を、クレイモアが一挙に薙ぎ払う。

 その反撃に警戒を示したグラディエーター達は、距離を置いたままにダルフとの間合いを保った。


「――――っ?」


 一人のグラディエーターがダルフの相貌を凝視しながら、複雑に変化してしまっていた心境を思わず溢し始める。


「どうして貴方は……」


 そこに精悍な顔付きのまま、頬に熱き涙を伝わせるダルフの姿があった。

 そして彼は、クレイスを思い、ロチアート達の心を揺り動かしていく。


「それは、大切なお前達の仲間を殺されてもか」

「…………っ」

「お前達のマグマの様な憎悪も、人間が許せない気持ちも、分からない訳じゃない」


 クレイスを思い、たどたどしく言葉を紡いでいくダルフ。その清純で紛れも無い正義の心に、彼等は動揺を隠せなくなっていく。

 盲目的に鴉紋を狂信する自ら達へと言い訳する様に、彼等は悲痛の声を上げていた。


「時に犠牲は必要なんだ! それが例え大切な家族であっても、我が身であろうとも! 全てのロチアートの為に!」


 その叫びを一身に受けながらに、ダルフは緩やかに答えていく。


「お前達は望む世界を

「……っ」

「共に焦がれた景色を見た、友と、家族とでは無いのか!」


 くだらない自己犠牲を否定しながらに、ダルフは涙を拭って歩み始める。


「皮肉な事に、不死という体となったからこそ。俺は嫌という程に人の死を見つめ、考えて来た」


 ダルフの声に耳を傾けながら、グラディエーター達は誰一人として彼に剣を振り上げられ無いでいた。肩が触れる程に側を歩み、投げ出されたクレイスの亡骸へと寄っていく彼を、やろうと思えば直ぐにでも貫いてしまえるというのに。


「死んだ人間は戻らない……どれだけ喚こうと、もう二度と、共に笑い合う事も……」


 ダルフの残したその言葉に、鴉紋は鼻をピクつかせながら、眉を吊り上げ始めていた。

 ダルフはクレイスの亡骸の前で立ち止まると、しゃがみ込んで彼の開いた瞼を閉じる。


「誰もが知っている。その意味を考え直せ」


 そして勇敢なるロチアートの戦士と掌を組交わしながらに告げた。

 

「人間である俺と、ロチアートである彼との間には、確かに友情という感情が芽生えかけていた」


「――――っ」


 得も言えぬ感情に取巻かれたまま、ロチアート達はただ押し黙ってダルフの姿を眺める事しか出来なくなっていた。


「俺が鴉紋を殺すから……もうこれ以上、お前達がその身を犠牲にする必要なんて無い」


 固く固く……ダルフがクレイスの手を握り締める。


「叶う筈だ。人間とロチアートとの共生は……必ず」

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