第158話 救おうと藻搔く手は垂れて

 *


 空を引き裂く雷鳴の翼で、ダルフは一挙に間合いを詰めて行く。目線の先には怒り心頭ながらによろめく鴉紋の姿。


「フンッ――――!」


 白く輝いたクレイモアの一閃が、頭上に目掛けて振り下ろされると思われた――――


「……ダルフ、さん」

「クレイス……」


 二人の間合いに飛び出したクレイスが、『反骨の盾』によって丸型の盾に巨大な甲羅を纏わせてクレイモアを止めていた。


「……っく!」


 しかし、彼の意志の強さ、反骨精神に共鳴して強度を増していく盾が、綻びを見せながらに沈み始める。

 鴉紋を背にしながらに、クレイスは苦悶の様相を見せる。


「やはりナイトメアそちらに付いたのか、クレイス……」


 複雑な視線を落とすダルフであったが、直ぐに瞳を見開いてクレイモアを振り抜いた。


「ぐぁっ」


 最硬の盾が呆気なく斬り払われてよろめく。そしてダルフは二撃目の構えを取った。クレイスをかいくぐって、視線は鴉紋へと向けられている。


「させないッ!!」

「――――っ」


 崩れ掛けた盾で、クレイスはまたもやダルフの一撃を止めていた。雷光を纏った剣撃に明滅する発光が起き、彼は膝を付きながらに伝って来る雷撃に内蔵を震わせる。


「言った筈だクレイス! 俺はお前達を傷付けたくないと!」


 剣が盾を剛力で押し潰していく最中、二人は視線を通わせた。


「ありがとう、ダルフさん……」

「……ッ!?」


 そしてクレイスは、敵意を感じさせない柔和な表情で微笑み始めていた。深く刻まれた目尻のシワに、歴戦の苦労を滲ませながら。


「俺達を思ってくれて、俺達を救おうとしてくれて」

「何を言っているクレイス!」


 思考の追いつかないダルフの前で盾が砕け散っていく。ダルフに対して真っ直ぐな敵意を向けられないでいるクレイス。


「――ぁっ……ぅ、グ!」


 不完全なままに発動された反骨の盾は直ぐに壊滅し、そのままクレイモアの一撃が振り下ろされるであろう事が予測できる。


退けクレイス! このままではお前を!」


 しかしクレイスは一歩も退かずに、何かを覚悟した決意の眼差しでダルフを見つめる。

 肉薄する衝撃の最中、クレイスは静かにダルフを否定していく。


「……だが駄目だ。ダルフさん」

「何を言って……ッどけ!! クレイス!」


 長年の雪辱を糧に練り上げられた肉体が、そのクレイモアの重みに縮こまっていく。


「貴方の思想は優し過ぎる。……それでは叶わない。俺達の怨みも……晴らす事は出来無い」

「クレイス!!」


 屈強な肉体をねじ伏せられ、クレイスの膝が砕けた。しかし、それでも彼はその盾を握り締め続ける。


「俺達は人間との共生なんか望んではいない。俺達の、人間への復讐心が消え去る事は無い」

「頼むから……お願いだ! ――クレイス!」


 地が沈み、クレイスの肉体が悲鳴を上げている。限界まで膨張した筋肉が潰れ始めて血を拭き上げるが、彼は咆哮して踏み耐える。まるで、命を賭しても守るべきものがあるかの様に――


「――――ォオオオオッ!!」


 そしてクレイスは、彼の、彼等の思いを背負いながら、最後まで盾を持った腕だけは下げなかった。


「例えこの身を犠牲にしようとも、俺達は鴉紋様の望む世界を待つ」


 クレイスの盾に巨大な亀裂が刻まれた。



「――――――!」



 ――それは、ダルフのクレイモアが彼の反骨の盾を砕き去る直前の事であった。



「だけどダルフさん。俺は貴方が好きだった……憎んでいる筈の人間である……貴方が」


 その言葉を最後に、クレイスの胸から黒き豪腕が突き抜けて来た。


 そしてその拳は、ダルフの腹にもろに炸裂する。


「――ッぁぅ――――――ッ!!」


 吹き飛ばされたダルフは、内蔵を潰される痛みに悶えて血を吐くと、そこに揺れる視線を向かわせる。


「……は――――ッ!」

 

 その光景に、ダルフは顔を歪めて絶句する事となった。


「あ、…………もん!!!!」


 呼吸困難に陥りながらも、ダルフは宿敵の名を忌々しく叫んだ。


「鴉紋――――ッ!! 鴉紋ッッ!!!!」


 そして愕然とした瞳で、そこにある光景を見上げる。


 クレイスの背後から、鴉紋がその黒い右腕を貫いている。ロチアートを肉壁として、諸共にダルフの肉を抉り取ったのだ。


「…………」


 俯いた彼が何を思うのかは誰にも分からない。だがダルフは、その無慈悲なる行いに反吐が出る程の嫌悪感を抱き、瞳を怒らせていく。

 空に白雷を逆巻かせ、ダルフは立ち上がって奥歯を噛み締めた。


「貴様!! ロチアートを守るのでは無かったのか!? ロチアートを守る為に、人間を殺すと!! なのに……お前はロチアートをも殺すと言うのか!!」


 鴉紋は腕に纏わり付いたクレイスを、まるでゴミでも払う様に腕を振るって投げ捨てた。


「答えろォォ!! アモン――ッッ!!!」


 血を吐きながらに激情に駆られるダルフを、鴉紋は冷めた眼差しで見下ろしながら、真一文字の口元を動かした。


「黙れ」


 友の為に慟哭しながらに、ダルフは紛れも無い位に悪であり続ける邪悪に憤激する。


「うわァァああああ――――!!!」


 涙と血液をその顔でかき混ぜながら、ダルフはその全身を力ませて、肩を怒らせていく。


 そこに、間髪入れずにグラディエーター達が剣を抜いて襲い掛かっていく。


「ウォおおお!! 我等の悲願の為に!! 悲願の為に!!」

「友の為家族の為未来の為に、我等を人を――――殲滅する!!」


 守りたかった者達が、全て

 ダルフに敵意を剥き出しにする。

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