第11話 本人不在の生誕祭にご本人登場 下






「でよ、その時俺様が言ってやったわけよ。」



 ユルゲンのダミ声は空間によく響く。まだ、ユルゲンと委員長がいる個室から十メートルほど離れているのに、まるでかたわらで話されているようだった。



「妹さんってただ者じゃないですね。その年齢ですごいです。」

「まあな、アイツのご母堂の血筋だな。」



 へー!外国にも貴腐人っているんですね!とかなんとか、委員長の感動している声もうっすら聞こえてくる。公共の場でなんということを話しているのだろうか、と雪凪は頭痛がひどくなるがすでに満身創痍なのでさらに頭痛がひどくなるなんてほぼ無傷みたいなものだ、と考え直した。つまり正常な判断が出来ていない。



「……宗治郎くん。ちょっと残念な感じがするかと思うのですが、彼らが私の友人なんです。良い人たちなんですけど、ちょっとおかしいというか……でも、根は良い人たちなんです……。」



 ごり押しの「良い人」で紹介を終わらせようとしている。宗治郎は笑いながら、分かるよ、と雪凪に語りかける。



「雪凪の友人だもの。」

「………そうですね……。じゃあ、行きますよ。」









「いやー!本当にすごいですよ!妹さん、そのうち界隈で有名人になりそうですね!」

「だよなー!あいつの創作欲は目を見張るものがあんだよ。弟たちはドン引きしてるけどな。」



 ユルゲンと芳乃は、趣味の方向性は違うものの、情熱の温度がぴったりと合った「心友」とも言える間柄になっていた。



「九月に入学してくっからよ、仲良くしてやってくれよな!」

「もちろんです!楽しみだなあ!」 



 元気よく返事をした緑色の少女に笑顔を向けながらユルゲンは思う。うんうん、同志が増えるのは良いことだな!と。満足気に頷いていると、「戻りました」という雪凪の声が聞こえてた。さて、今度はどんな驚きを提供してくれるのか、と顔を上げると、雪凪の後ろに誰かがいることに気がつく。



 ……あれ、と思ったのと、雪凪の後ろから現れた少年が、「こんにちは」と言いながら、きれいな顔に美しい微笑みをのせたのは同時だった。



「あ、こっち座って下さい。」



 雪凪が椅子を引く。「うん、ありがとう」と少年が言葉を返す。席に着くと目が合い、またも、微笑まれる。



「ユルゲン・フォン・バイエルン先輩ですよね。初めまして。周宗治郎と言います。今日はありがとうございます。」



 ユルゲンは、お、おお…とか、ああ…とか、そんな感じの言葉を返したような気がしたが、実際に自分が何と言ったのかは分からなかった。宗治郎は次に、芳乃に声をかける。



「久しぶり。留学生会で会ったのが最後だったよね。木本さん。」

「え、う、うん!わ、私のこと覚えてるの……?」

「もちろん。それに、よく雪凪からも話を聞くしね。」

「そ、そうなんだ…………。」



「……。」

「……。」

「……。」



 場を沈黙が支配する。

 お通夜かと思うくらい、深刻な空気となり、雪凪は意外な展開に内心慌てていた。



(この展開は予想してなかったです……びっくりして声をあげるとか、もうちょっと騒がしい感じになると思ってたんですけど……………。)



 予想外過ぎて二の句が告げずに、静かにテンパっていると、芳乃が小さく雪凪に頭を下げた。



「ごめん……雪凪。また私、暴走してたのね。雪凪は何度も言ってくれてたのに。」

「……だなあ。いやあ……まじ、妄想だと決めつけてたわ……ごめんな?」



 二人の殊勝な様子に、雪凪は居た堪れなくなり、両手を顔の前で大きく振った。



「いや、その……すみません、私がうまく言えれば良かったんです。だから………こちらこそ、すみません。」



 雪凪は雪凪で、あんまりにも信じてもらえない様子から、途中から、「じゃあ当日驚いてもらいますかね……」なんて思い始めていたので、真摯に謝られると、かなりばつが悪かった。



「ま、でもそーゆーの後にしようぜ!せっかく誕生日なんだろ?」

「そ、そうね!」



 雪凪は、二人がそう言ったのを見て、嬉しくなった。雪凪の大切な友人が、雪凪の大切な友人を慮ってくれたことが嬉しかった。きっと委員長もユルゲンも、そう言ってくれると思っていた。その通りになった。だから、すごくすごく嬉しかったのだ。



「よし!歌でも歌うか!?」

「あ!ろうそくつけましょう!持ってきたんです!」



 ちょっと無理やりだが、テンションを上げ始めた二人。しかし、それとなく宗治郎の方を見たユルゲンが、びた、と凍りつく。それを不審に思った委員長も、ユルゲンの視線の先を見て、がちん、と凍りついた。笑顔のまま微動だにしない二人の姿は明らかに異様である。



(え?!宗治郎くんが何かエフェクトでも…………)



 と、慌てて宗治郎の方を向いた雪凪は、一瞬で地上から召された。



「     」

「     」

「     」



 宗治郎が手に持って熟読していた冊子。「周君とその周囲の人間模様を壁の華となり見守るモブキャラの会」の会報誌である。雪凪は召された精神を無理矢理地上にひきもどし、表紙に書かれたNo.を確認した。さて、それでは一話冒頭を思いだしていただけると幸いである。(いやいやいやいや!!ま、まだです!!まだ読まれたと決まったわけでは!!)と、雪凪は最早声も上げられないまま、宗治郎から冊子を奪い取ろうとした。



「ッッ……!!!」



 しかし、雪凪が手を伸ばすのを予想していたのか、誌面に目を落としたまま、宗治郎はその手を避けた。



 手を伸ばす。

 避ける。

 伸ばす。

 避ける。

 伸ばす。

 避ける。



 この間、二人とも真顔であり、宗治郎に至っては雪凪の方を見てさえいない。



「…………。」

「…………。」



 なんとか奪い返そうと雪凪がじりじりと距離を縮める。しかし、その膠着状態は、宗治郎がぱたん、と冊子を閉じたことで終わりを告げた。



「……『佐野君との関係は?幼馴染説濃厚…?』…いや、幼馴染ではないかな。年に数度、家の集まりで会うんだ。」



 一体何が始まったのかと思ったが、すぐに分かった。これはあれだ、人気企画、『周君のその周囲の人間模様を勝手に考察してみた!』である。モブの会のメンバーが、勝手に人間関係を妄想して投稿する、今思えばかなり痛々しいコーナー……。



「円堂君は別に佐野に嫉妬はしてないし、楠本は僕の影武者として育てられてない。神坂さんは元婚約者ではないし、そもそも僕に婚約者はいない。御子柴さんはあっさりとした性格だから、悪役令嬢?…には向いていないと思うよ。」



 淡々と話す宗治郎に恐怖心が募っていく。だって雪凪は知っている。彼が今答えたのは、かなり軽めの投稿なのだ。妄想というよりは、ただの疑問である。しかし投稿の中には、かなりヘビーなタイプの妄想もあったはずなのだ。


 

 つう、と汗が額に伝う。



「……あと、佐野と僕は【ピーーー】なわけじゃないし、【ピーーー】で【ピーーー】もしていない。それに、【ピーーー】でもない。佐野と円堂君が僕を取り合って【ピーーー】した事実もないし、楠本君は僕に【ピーーー】なんてしていないよ。」







 うわああああ!!と雪凪は発狂しそうになっだ。しかし、動悸息切れ眩暈に襲われながらも雪凪はなんとか踏ん張った。此処で倒れたら既に魂が抜けてユルゲンに「だ、大丈夫か!?き、傷は!!深いぞ!!」と心配されている芳乃に合わせる顔がないのである。



(だっ、大丈夫大丈夫大丈夫、わ、私は……投稿してなかったんですから、ど、堂々としていれば…………。)



 と、そこまで考えた時、気づいてしまった。先程から宗治郎が目を合わせてくれないことを。そして若干、頬が赤い。



「……。」

「……宗治郎くん……見ました?」

「……み、てな……………

       …………

        ……………

            ………………みた。」



 雪凪は、ふ、と微笑んだ。



    








「誰か!私に!!忘却呪文をかけてください!!!!!」











 

 



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