第7話 私も食べさせてほしいな~。誠司君に♪

「映画面白かったね~。最後のキスシーンなんて感動的だったよね!」

「そ、そうですね……」


 映画館を後にした僕たちはショッピングモール内のフードコーナーへと移動していた。


「あの手を繋ぐのか繋がないのか焦らすシーンもきゅんきゅんしたね~」

「そ、そうですね……」

「映画観ずにずっと私の顔見てたでしょ♪」

「そ、そうですね……あっ……」

「女性はそういう視線に敏感だから気を付けた方がいいわよ。まぁ、私は誠司君にだったらいくら見られてもいいけどね♪」

「す、すみません」

「別に謝らなくてもいいわよ。言ったでしょ。見たかったら好きなだけ見てくれてもいいて♪ 誠司君だけ特別よ♪」


 奈美さんは僕の方を向いてウインクをすると手をぎゅっと握りしめた。


「あ、あの……奈美さん」

「な~に?」

「い、いつまで手を繋いだままでいるんですか?」

「私と手を繋ぐの嫌じゃないんでしょ? なら、いいじゃない♪」


 たしかに映画館の中でそう言ったけど……。


「ごはん食べにくいと思うんですけど……」

「私が食べさせてあげるから心配いらないわ♪」

「いや、それはちょっとこの場では恥ずかしいです……」


 こんなに大勢の人がいる場でそんなこと恥ずかしくて無理だ。 

 なのでさすがにそれはやめていただきたい。

 しかし、奈美さんにやめる気はなさそうだった。奈美さんのルビー色の瞳はまるで宝石かと思うくらいキラキラと輝いていた。


「無理だよ♪ 誠司君が自分で言ったんだもん。今日一日私の好きにしていいって♪」

「それを言ったことを後悔し始めてます」

「もう遅いわね♪ 一度口から出た言葉はなかったことにできないのよ。だから、大人しく私に食べさせられなさい♪」 


 どうやら今日一日は奈美さんの言うことに大人しく付き合うしかなさそうだった。

 次からはちゃんと考えてから言葉にしよう。

 特に奈美さんの前では……。


「というわけでごはん選びましょうか♪」

「は、はい」


 奈美さんと手を繋いだままフードコーナーを見て回る。

 フードコートにはいろんなお店があった。

 うどん屋、カレー屋、ラーメン屋、どんぶり専門店、などなど数店舗のお店が並んでいた。


「誠司君は何が食べたい?」

「ポップコーンを食べましたけど、まだお腹空いてるのでガッツリ食べれるのがいいので、ラーメンかどんぶりかで迷ってます」

「遠慮せずに好きなもの頼んでね。なんなら、どっちも食べてもいいわよ。今日は全部わたしの奢りだから♪」

「え、さすがに自分で買いますよ」

「ダメよ。今日は私が全部奢るって決めてるの。誕生日の誠司君は大人しく私に奢られなさい」


 さっきと一緒で僕に拒否権はないらしい。

 何を言っても言いくるめられそうなので僕は大人しく奢られることにした。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「うん♪ 素直でよろしい♪」


 奈美さんは優しく微笑むと僕の頭を撫でた。


「それで、何にするか決まった?」

「どっちもでお願いします」

「はーい♪ 私はうどんにしようかな~」


 親子丼と味噌ラーメンを僕は注文した。奈美さんは天ぷらうどんを注文していた。

 その料理を席に運ぶ時はさすがに奈美さんも手を離した。

 空いている席を探して僕たちは座った。


「えっと、奈美さん? なんで隣に座ってるんですか?」

「だって隣じゃないと手を繋ぎながらごはん食べれないでしょ?」

「それ本気だったんですね」

「当たり前じゃない♪」


 奈美さんは再び僕の手に自分の手を絡めてきて恋人繋ぎをしてきた。


「さ、食べましょうか♪」


 片手でいただきますをすると僕たちはごはんを食べ始めた。

 そして早速奈美さんは僕のラーメンを箸で掴むとふぅふぅして「あ~ん」としてきた。


「誠司君あ~ん♪」 


 差し出された箸を見つめて僕は言う。


「食べないと、ダメなんですよね……」

「もちろん♪」


 その満面の笑みが眩しい。

 ああ、もうこうなれば開き直ることにする。  

 とことん奈美さんの甘やかしに乗ることにした。

 差し出されたラーメンを僕が頬張ると奈美さんは嬉しそうに微笑んだ。


「どう? 美味しい?」

「はい。美味しいですね」

「そっか、よかったわね♪ 私も食べさせてほしいな~。誠司君に♪」


 そう言って奈美さんは僕に熱い視線を送ってくる。

 映画もごはんも奢ってもらっているから何かでお礼をしたいと思った僕は恥ずかしいけど奈美さんに「あ~ん」をしてあげることにした。

 僕はうどんを掴んでふぅふぅすると、その可愛らしい口の前に差し出した。


「ど、どうぞ」

「ありがと♪」


 奈美さんは嬉しそうにうどんを頬張ると幸せそうに笑った。

 そんな奈美さんの顔を見て僕は思わず「可愛い」と言っていた。


「今、可愛いって言った?」

「……」

「ねぇ、可愛いって言ったわよね!?」


 奈美さんは興奮気味に顔を近づけてきた。僕は咄嗟に顔を逸らした。

 危ない……。

 顔を逸らさなかったら、その勢いでキスをしてしまうところだった。


「誠司君が私に向かって可愛いって♪ え、嬉しすぎる♪ ねぇ、誠司君! もう一回私に可愛いって言って!」

「い、言いません……」

「え~なんでよ~。いいじゃない! 一回言ったんだから、二回も三回も変わらないわよ!」


 奈美さんは唇を尖らせて不満そうに頬を膨らませた。

 さっきのは思わず口から出てしまったけど、それを意識して言うのは年齢=彼女いない歴の僕にできるわけがない。


 そもそも、こうやって手を繋いだり、「あ~ん」をされるのだって恥ずかしいのを我慢してるのに。


「無理です。すみません」

「そっか~。ま、いっか! 一回聞けただけでも嬉しいか♪ 誠意君が可愛いって言ってくれたの初めてだよね?」

「そ、そうですね」

「ようやくね~。誠司君と知り合って半年が経つけど、ようやく言ってくれたね♪ ふふ、これからたくさん言ってくれるんだろうな~。期待してるね誠司君♪」


 奈美さんはそう言うと俺の手を優しく握りしめた。 

 期待か……。

 僕が自分の意思で「可愛い」なんて言葉を言える日は来るのだろうか。

 女性経験がほとんどない僕にはそれを言える日はまだまだ先のように思えた。


「期待はしないでください……」

「大丈夫よ。誠司君ならきっとすぐに言えるようになるわ♪ というか、私が言えるようにしてあげる♪」

「なんでそう言い切れるんですか?」

「だって私が信じてるから♪」

「なんですかそれ」


 意味が分かりません、と僕は笑った。


「だけど、なんだか奈美さんがそう言うと本当になりそうな気がします」

「気がするじゃなくてするのよ♪ 容赦なんかしないんだから! 私のことを可愛いって何度も思わせてあげるから♪」

「慣れるまではお手柔らかにお願いします。たぶん、奈美さんに本気で攻められたら心臓が持たないような気がするので」


 今だって心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてるのに、これ以上のことをされたら本当に破裂してしまう。


「そうね。時間はたっぷりあるものね。少しずつ誠司君を私なしでは生きられないくらいダメにしてあげるわ♪」

「な、奈美さん? なんか不穏なことが聞こえたような気がしたんですけど……」

「なんでもないから気にしないで♪ そんなことより、ほら、早く食べないとラーメンが伸びちゃうわよ」


 そう言って奈美さんはラーメンを「あ~ん」してくる。

 一回目より幾分か増しになったが、やっぱりまだ恥ずかしさは残る。

 それからも奈美さんに何度も「あ~ん」をされ続けた。


 完食する頃には、奈美さんの「あ~ん」を普通に食べれるようになっていた気がする。

 お昼ご飯を食べ終えた俺たちは次なる目的地に向かうためにフードコートを後にして奈美さんの車に向かった。

 

 ☆☆☆


 誠司君が初めて私に「可愛い」って言ってくれた。 

 やばい♪ 

 その言葉が耳に入ってきた時、幸せ過ぎて脳も心も耳も溶けるかと思った。

 脳内再生が余裕なくらい誠司君が言った「可愛い」は私の頭に鮮明に録音されている。

 結局、誠司君は一回しか言ってくれなかったけど、これは大きな進歩だ。


 この調子で普通に「可愛い」って誠司君が言ってくれるようになってくれれば私としては嬉しい。

 というか、そうなるようにさせるって言ったもんね。

 今度は無意識に呟いた「可愛い」じゃなくて、誠司君が言いたいと思って言ってくれた「可愛い」を聞くんだから。


 助手席に乗っている誠司君の横顔をチラ見した。

 お腹いっぱいになったからなのか、緊張の糸が解けたからなのか、誠司君は可愛い寝顔で眠っていた。


「ああ、もぅなんでそんなに可愛いの♪」

 

 その寝顔を見た私はきゅんとした。

 可愛すぎて運転をやめてずっと眺めていたいくらいだった。

 そう思ってしまったから私は予定を変更して駐車場のある公園に向かうことにした。

 本当はこの後、一緒に服を買ってカフェで甘いものを食べるつもりだったけど予定変更。

 こんなに可愛い顔で寝てる誠司君のことを起こすのはもったいないと思った。


「写真くらい撮ってもいいわよね♪」


 公園に到着したら誠司君の可愛い寝顔の写真をたくさん撮ろうと思いながら車を走らせた。

 ディナーは十八時からだからまだまだ時間はある。

 誠司君のために予約した高級フレンチ。


「喜んでくれるといいな~。でも、誠司君なら申し訳ない顔をする気がするな~」


 レストランで対面に座っている誠司君が申し訳なさそうな顔をするのが簡単に想像できた。

 それを想像したら高級フレンチじゃない方がいいんじゃないかと思い始めてきた。


「ま、まだ時間はあるし、ゆっくり考えよ」


 公園に到着したら数時間は誠司君の寝顔を見るので潰れそうだけどね。

 それもそれで私にとっては幸せな時間なので無駄だとは思わない。


 一分でも、一秒でも長く誠司君と一緒にいたい。


それ以外は何もいらない。誠司君と一緒にいれるならお金も時間も私の人生すら惜しくはない。

 あの日から、私にとって誠司君は何よりも大事な存在なのだから。

 

☆☆☆ 

 

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