「怪しいビデオ」

 早朝。

 どこにでもいる高校生、江口左之助えぐち さのすけは怠そうな顔で通学路を歩いていた。

 大きなあくびをする江口。


「ふあぁ……」


 すると、背後から同じクラスの諸岡太一もろおか たいちがやってきた。

 諸岡は、江口の背中を叩く。


「わ!なんだ、諸岡か……ビックリさせんなよ……」

「オイオイ、どうしたー。若いってのに、朝から怠そうな顔をしてー」


 血色の良い顔色で、諸岡は言う。

 うんざりした顔の江口。


「朝だから、怠いんだよ……」

「ヘイヘイー!せっかくの高校生活なんだぜ!もっと、楽しんでエンジョイしないと損するぞー!!イエーイ!!」


 異様にテンションの高い諸岡。

 そんな諸岡を見て、江口は気味悪がる。

 こいつ、なんか危ないモノでも食ったんじゃ……。

 江口は諸岡を警戒した。


「高校生活をイマイチ、エンジョイ出来ていない江口くんのため、この俺ちゃんが特別に『イイモノ』を貸してやるよ!!」

「はあ?『イイモノ』?」


 そう言って、諸岡はカバンから四角くて黒い物体を取り出す。

 それは、DVDなどのディスクを収納するケースだ。

 諸岡はそのケースを江口に渡す。

 ケースにはパッケージや写真、シールなども貼られてなく、ただ真っ黒だ。


「なんだよ、これ?DVDか?」

「イエス!!」


 諸岡は親指を立てて、笑顔を決める。

 ウザ……と江口は思った。

 江口はそのケースを開けた。中には、なにもプリントされていないディスクが一枚入っていた。

 江口は、大きくため息をつく。


「おい、なんだよ、これ?なんのDVDだ?なにも、書かれてないじゃないか?もしかして、怪しいビデ……お……ハッ!」


 なにかを言おうとした瞬間、江口の目が大きく開いた。

 諸岡はニヤリと笑う。

 先程まで、静かに脈打っていた江口の心臓が急激に大きく脈を打ち始めた。

 江口は周囲を警戒しつつ、諸岡の耳に顔を近づける。


「お、おい……もしかして、このDVD……。そ、その、あ、『怪しいビデオ』なのか……?」


 江口はドキドキしながら、諸岡に聞いた。

 諸岡は不敵な笑みを浮かべる。


「……ああ。『怪しいビデオ』だぜ……!」

「なんだと!?」


 江口は驚きつつ、ディスクを見つめる。

 ディスクには江口と諸岡の顔が映る。

 

「お、お前、どうやって、このDVDを手に入れた?これって、高校生の俺たちじゃあ、まだ買えないだろ!?」

「フフッ……。兄貴の部屋にあったのをくすねてきたんだよ……」

「マジかよ……大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫……。俺の兄貴、そういうビデオ、山ほど持ってるから一本ぐらいなくなったって気づかねぇさ……」

「お、おう……」


 鼻息が荒くなる江口。


「で、お前、このDVD見たのかよ……」


 江口がそう聞くと、諸岡は自分の髪を手でなびかせた。


「……お前、今日は眠れなくなるぞ……」


 諸岡は笑みを浮かべた。

 江口はギュッと、ディスクの入ったケースを握る。




 ……。

 深夜11時の江口の自宅。

 江口は、両親の寝室の扉を少しだけ開け、室内の様子を見た。

 両親は二人とも、寝室でぐっすりと眠っている。

 それを確認すると、江口は足音を立てないように、ゆっくりと廊下を歩く。


 江口は自分の部屋に戻り、すぐさま、TVを点け、DVDプレーヤーを起動させる。

 彼の手には、諸岡から渡されたディスクがあった。

 江口は慎重にディスクをプレーヤーの中に入れていく。

 プレーヤーはディスクを吸い込み、キュルキュル……とデータを読み込んでいく。

 そして……。


 TVから映像が流れ始めた。

 江口は大きく目を開け、TVの画面を凝視する。


 ……。


 TV画面には、白米を食べる白い覆面を被った男の映像が流れた。

 覆面の男は白いタンクトップと白いスパッツを身に着けており、その姿で、ひたすら白米を箸で口に放り込んでいた。

 味噌汁や漬物、肉や魚などのおかずはなく、ひたすら白米だけを食べ続ける覆面の男。

 その映像を観て、江口はこう呟いた。


「なんて『怪しいビデオ』だ……」


 江口は固唾を呑んで、映像を見つめる。




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