「努力」

 高校2年生の野球部部員、若林郁夫わかばやし いくお

 彼は横になり、鼻をほじりながらTVを観ていた。

 TVには、オリンピック選手が金メダルを取った瞬間が映されている。

 選手は泣きながら、


「今までの努力が報われました!」


と言っていた。

 若林は鼻をほじるのをやめた。



 翌日。

 学校のグラウンドでは、野球部が練習に精を出していた。

 だが、若林はグラウンドのベンチで横になっている。

 野球部マネージャーの内田春子は、そんな彼を見て、呆れていた。


「ちょっと、若林君!ベンチに横になってないで、ちゃんと練習しなさいよ!このままじゃ、甲子園に行けないよ!!」


 春子はそう言った。

 しかし、若林は鼻をほじっていた。

 春子は怒った。


「ちょっと、みんな頑張って、努力してるんだから!あなたも頑張って、努力しなさいよ!!」


 そう言われ、若林はベンチから立ち上がる。

 春子は、若林がようやくやる気を出したんだなと思った。

 だが……。


「あのさ、努力しないで、甲子園に行ったらすごくない?」


 若林の言葉に、春子は固まった。


「は?」


 若林はまたベンチに座った。


「いや、だからさ。努力して甲子園に行くより、努力しないで甲子園に行った方が凄くない?」

「あんた、なに言ってんの?」


 春子は若林の言葉が心底、理解できなかった。


「だってさ、努力したら、誰でも甲子園行けるじゃん。茶道部だって行けるじゃん」

「努力したからって、誰でも甲子園に行けるわけがないと思うのと、茶道部はそもそも野球とは関係のない部活なんだけど。あと、そういう発言って、今の時代だと、人によっては茶道部を差別しているような発言に受け取られるかもしれないからやめて」


 春子の言葉を無視して、若林は話を続ける。


「努力って誰でも出来るじゃん。だけど、あえて、努力をしないで甲子園に行った方が凄くない?」


 春子は黙った。

 こいつ、なに言ってんだと思っている。


「TVのインタビューで、『努力が報われて甲子園に行きました』と言うよりも『努力しなかったけど、甲子園に行けました』って言った方が凄くない?」

「全然すごくない!あと、今の時代、そういう発言したら、人によっては誤解されて炎上するからやめて!!」


 春子はいろんな意味で、若林の事が心配になった。


「だから、俺は努力なんてしない。頑張らない。がんばらないで、甲子園に行く……」


 若林はそう言って、再びベンチの横になった。

 春子は心底呆れていた。


 ちなみに、この野球部では若林は幽霊部員扱いされており、選手として扱われていない上に、部員としても扱われていない状態なので、仮にこの高校が甲子園に行けたとしても、この若林を甲子園に連れて行くつもりは誰にもなかった。


 なので、若林が努力しようが、しまいが、甲子園には行けないのだ。


 春子は若林にはなにを言っても無駄だと悟った。

 だが、同時に春子はこんなダメ人間の若林をほおっておいたら、彼がこの先どうなるか心配になった。



 5年後……。

 若林と春子は結婚した。

 結婚した理由を、春子はこう語る。


「この人には、私しかいないと思ったから……」


 そして、若林は結婚式でこう語った。


「努力しなくても、結婚できた。結局、努力しなくても良いんじゃないだろうか」


 彼の言葉は、結婚式場に居た多くの同級生や先輩、後輩たち(特に元・野球部部員)の顰蹙を買った。



 だが、二人は一年後に離婚。

 原因は、若林が夫婦生活の努力を全くしなかったからだ。




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