「格闘家」前編
商店街の中にある年季の入った中華料理屋「
その店のテーブル席で、今、黙々と担々麺を食べている男が居た。
彼の名は、
プロの格闘家である。
身長185センチの大きな身体が、黙々と麺を吸い込んでいく。
格闘家と言う職業柄なのか、彼の顔つきは食事中も険しい。
まるで怒っているかのように、麺を啜っていた。
いや、実際、彼の心は怒りで満ちていた。
今の小田中はスランプだった。
彼は子供の頃から、体躯に恵まれ、運動神経も良かった。
そして、なにより実家はボクシングジムを経営していた。
小田中は子供の頃から、リングがきしむ音を聞いて育ってきたのだ。
そんな彼が格闘技に興味を持つのもおかしくはなかった。
小田中は学生時代から総合格闘技の大会に参加。何度も優勝してきた。
そして、高校を卒業すると同時に職業として、本格的に格闘家としての人生を歩むことを彼は選んだ。
小田中は手当たり次第にいろんな格闘家たちと戦い、何度も勝利した。
粗削りだが、その実力は天性の才能、センスのものだと評論家は言った。
小田中小平は、若くして「令和の天才格闘家」と言われ続けた。
だが、そんな栄光も長くは続かなかった。
たった一度の敗北が彼をどん底に突き落とした。
謎の格闘家、『
年齢は同じ。そして、身長と体重もほぼ同じで、なにより身体能力までほぼ同じという、まるで生き写しのような男が現れたのだ。
自分の写し鏡のような男の登場に、小田中は困惑した。
そして、ある日、小田中と王仁慈の試合が決まった。
小田中はいつもの調子で王仁慈を攻めた。
しかし、そのいつもの調子が王仁慈には通用しなかった。
まるで、小田中の動きをすべて読んでいるかのように、王仁慈は小田中の攻撃をすべてかわした。
小田中には信じられなかった。
どの攻撃も当たらない。
小田中にとって、それは今までに経験したことのない出来事だった。
初めて感じる焦り、不安、恐怖。
それらが小田中から自信と余裕、そして、冷静な思考能力を奪っていく。
頭が混乱し、心が乱れた小田中。
そして、ついに今までにない大きな隙を作ってしまった。
そこを王仁慈は突いた。
小田中の顎に、たった一発の拳が当たった。
まるで大きなビルが崩壊するかのように、小田中の膝が一気に崩れ、生まれて初めてマットに顔を落とした。
ゴングが鳴り響く。
その音は小田中の中にあった自信やプライド……なにより、今までの小山田の人生そのものが粉々に砕けたような音だった。
それから、小田中の長いスランプが始まった。
続く
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