一章 アサシンカスミ、護衛します!

第9話 将軍オニキス、命に代えても




 ネフェル魔帝国。

 エンヌ大陸北部に位置する、魔大帝ネオトゥスの治める国。

 古くより魔法技術に長けており、現在では魔法の先進国としてもエンヌ大陸で広く知られている。


 その一方で、エンヌ大陸の南部の複数の国からは魔に魅入られた悪しき帝国として忌み嫌われており、魔帝国の国民の身体的特徴を理由に"魔族"と呼び、人間とすら見なさず敵対している。

 ネフェルの民の持つ優れた特性を恐れているのか、それともこの国にて生まれる技術を妬んでいるのだろうか……後付けのような理由であればいくらでも思い浮かぶが、「そうと決められたから」なのだろう。

 わかりあえるとも思わないし、わかりあえないとも思えない。我々と彼らの間にある隔たりは古く、そして根深いのだ。


 私はオニキス・カリブ。

 古くより魔大帝の傍で仕える家系に生まれ、今では将軍の地位に就いている。

 そして将軍であると同時に、魔帝国の姫君―――ディアナ・ネオトゥスの元で仕える護衛でもある。


 ディアナ・ネオトゥス。

 ネオトゥス魔大帝の娘、長女にあたり、ネフェル魔帝国帝位継承権第四位の姫君。

 国民からは"金剛姫こんごうき"と呼ばれ、親しまれる美しく心優しき姫である。


 話はディアナ姫に重大な責務が課せられたところから始まった。


 ディアナ姫はただ地位のある姫君であるという訳でも、美しく心優しき姫君であるというだけではない。

 彼女は魔帝国において欠かせない極めて、極めて優秀な魔法使いでもあった。

 魔大帝の血の色濃さを物語るような膨大な魔力。優れた知性と弛まぬ努力によって培われた研究者としての多くの知識。それを実践に活かす優れたセンス。

 まさしく天才とも言うべき優れた魔法使いなのだ。

 中でもディアナ姫は"結界魔法"に長けており、今までも魔帝国の国防に大きな貢献をしてきた。

 "金剛姫こんごうき"の異名も、金剛石のように煌びやかで美しいだけでなく、あらゆる外敵も跳ね返す金剛石が如く鉄壁の守りを評したものである。


 その才能から、ディアナ姫は各所に設けられた防衛結界……魔法によって築かれた特殊な障壁の管理を任されている。

 そして今回、ディアナ姫は南西の国境に新たな結界を構築するという重大な役割を任されたのだ。


 ネフェルの南西に位置するのはカリバー王国。

 長らくネフェルと対立してきた魔法を忌み嫌う国家である。


 睨み合いの状態が続いていたネフェルとカリバーだったが、最近になってカリバー王国に侵攻の準備を整えているという動きがあったという情報が密偵より送られてきた。

 調査を進めて行くにつれて、カリバー王国が既にかなりの準備を進めている事、既に攻め込む為の工作が進められている事が分かってきたのだ。


 どうやら防衛結界を突破するために既に工作が施されているようで、従来の結界の安全性が保証できない状態にあった。

 そこで新たな安全性を担保した新たな防衛結界の構築が進められたのである。

 侵攻ルートとして候補に上がった南西の国教を除いた各拠点には既にディアナ姫主導のもと防衛結界の新たな構築は完了している。

 そんな中で、最後の南西の国境での作業を前にして、密偵から結界の構築を妨害するために刺客が用意されたという情報が入ったのである。


 刺客は"天竜"こと、リュウタ・アマギ。

 伝説に残る邪竜を討ち倒し、"天竜"の称号を得た後も数々の伝説を打ち立てた大英雄である。

 その力は一人で一国の軍事力をも上回るとも言われ、個人としては恐らく世界最強と言っても過言ではないだろう。

 彼を直接見た事はないが、彼が一人で討ち倒したと言われる魔物は見た事がある。

 とても人間一人が討伐できるような存在ではない。少なくとも、私には、私の率いる軍には不可能であろう。

 そんなどうしようもない怪物を、一人で倒す存在は尚更手に負えない事は想像に容易い。


 悔しいがディアナ姫を護るには、私では役者不足だ。

 "天竜"のみであっても手に負えない上に、彼は少数のパーティーを組み冒険しているという。彼に及ばないものの、個々人が名のある英雄であるという。

 英雄パーティーを相手取っては太刀打ち出来る筈もない。


 外部の力を借りようにも、"天竜"の名をあげれば誰もが逃げ出すだろう。

 個人として世界最強と言われるだけあって、表舞台に彼以上の戦士は存在しない。



 そう、には。


 あらゆる戦士をあたって行く中でとある名を耳にした。

 裏社会に生きる、暗殺稼業を営む"アサシノ一族"と呼ばれる存在。

 魔物の力を操るとも言われる曰く付きの一族ながら、山奥に里を構えて外界からも切り離されたように存続している大きな組織。


 その中で一際異彩を放つ天才女暗殺者がいると聞いた。


 依頼をすれば一週間と待たず、早ければたった一日で、ターゲットの命を奪う。

 今まで数多くの名のある大物を、厳重な警備さえもかいくぐって確実に殺す。

 仕事の成功率は100%。

 美しき女暗殺者は、一度目に触れれば決して助からない。

 そんな恐ろしい経歴と、その黒い髪と瞳から"黒薔薇"の異名を取るという。


 表世界には"天竜"を超える存在はいないだろう。

 しかし、裏世界まで含めて見たとしたら?


 正直なところ、暗殺者に"天竜"が倒せるかは半信半疑だった。

 それでも、藁にも縋る思いでアサシノ一族とコンタクトを取った。

 僅かな可能性であっても賭けてみたい。

 どんな手を使ってでも、ディアナ姫を護りたい。


 そんな想いでアサシノ一族に依頼を出した。

 勿論、"天竜"を相手取る事を包み隠さず話して。

 窓口となった女暗殺者は、依頼を聞いた時に少し驚いた様子を見せた。


 流石に"天竜"の名を聞いたら依頼を断られるのではないか。


 そんな不安を抱いたが、女暗殺者は怯えるどころかむしろ笑った。


「きっとご期待に沿えると思いますよ。」


 "天竜"の名を恐れる事がないどころか、期待に沿えるという自信に満ち溢れた言葉。

 ハッタリには見えなかった。

 無知から来る傲慢なのか、それとも根拠に基づいた確たる自信があるのか。

 その答えはすぐに分かった。




 "黒薔薇"のカスミ。

 アサシノ一族、千年に一度の天才。

 そう称される女暗殺者を一目見て理解した。

 漆黒の髪と瞳を持った、華奢な美しい女。

 しかし、その立ち姿からは底知れぬ実力が容易に窺い知れた。

 視線だけで人を射殺すかのような鋭い目。他人を虫けらとでも思っているかのような……まるで私にも、周囲の実力ある暗殺者達にも関心がないような無警戒さ。


 いや、そんな言葉で説明できるような理屈ではない。

 底の見えない大穴に、足を滑らせ落ちた時に、地面に叩き付けられるよりも先に、考えるまでもなく死を確信するように。

 一度ひとたび対応を誤れば確実な死が待ち受けているのだと、本能が警告した。


 目の前にいるのは紛う事なき怪物だ。

 今まで見てきたどんな戦士よりも、どんな魔物よりも強大な……比べることすらおこがましい別次元の存在だ。


 彼女なら"天竜"に勝てるかも知れない。

 そんな希望を通り越して、彼女を超える存在のイメージが最早つかなくなっていた。

 "天竜"は果たして彼女に勝てるのだろうか?




 "黒薔薇"に依頼を出す事にもう迷いはなかった。

 "天竜"を相手取る仕事と聞いても、"黒薔薇"は眉一つ動かさない。

 その無感情な反応が、より頼もしいものに見える。


 そして、私は"黒薔薇"に依頼を出した。




 世界を救うが如き伝説を数多く持つ"天竜"。

 世界中の多くの者から見れば、正義は彼にあるのだろう。

 そうであれば、数多くの命を奪ってきた、"天竜"に相対する"黒薔薇"は悪なのか。


 それでも私は構わない。


 ネフェルを護る為の重要な任務だからではない。

 ただ、彼女を護りたいからだ。

 彼女を護る為であれば、私は悪魔にだって魂を売ろう。この命でも差し出そう。 

 それが私にできるせめてもの……。



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