第8話 アサシンカスミ、初体験です!




 アサシンのカスミです。

 恋愛ものの主人公みたいになりたーい!という願いを女神様に叶えて貰って転生したら、暗殺者一族の里に生まれてゴリゴリダークなバトルものの世界で戦っていく事になったカスミです。改めて見るとなんでやねんって感じですね。


 なんやかんや女神様から貰ったチート能力を駆使してその世界にもすっかり馴染んできました。全然嬉しくないけどな!


 私もそれなりに功績を上げて、それなりに評価されるようになってきた今日この頃。


 いつも通りに任務があるという事で、依頼人の待つ待ち合わせ場所に向かえば、いつも通りに白いおかっぱ頭のちびっ子が先に待っていてくれました。

 この子はユリ。私の2コ下の後輩であり世話係でもある暗殺者です。

 私が来たのを見ると、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべます。愛いやつよのぉ。

 いつも通りに頭を差し出してくるので、ぽんぽんと撫でてやってから、私は早速依頼人が既に待つ交渉のテーブルに着きました。


「遅れて申し訳ない。」

「いえ、そんな。」


 実際、普通に寝坊しちゃって遅刻したので申し訳ないと思っていたのですが、依頼人は苦笑しつつ手を横に振りました。


 これでも超特急でここまで飛んできたんです。

 私が女神様から授かった恋愛ものの主人公みたいな能力『恋愛百式』、そのひとつ『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』。今の状況にぴったりの能力ですね。

 食パンを咥えてターゲットの顔を思い浮かべて走り出せば、死角からターゲットにぶつかるという古い恋愛もののセオリーを体現した能力です。

 死角からターゲットにぶつかる、というのは死角にワープして無理矢理死角から衝突しにいくのです。これを応用しました。

 これでこの紹介所の所長さんを思い浮かべて、食パン咥えてダッシュしたのです。そうすればあら不思議。自宅からたちまち紹介所に移動します。未来の猫型ロボットも真っ青のお手軽移動手段です。未来の猫型ロボットは元々真っ青ですが。


 欠点は紹介所の所長さんの脇腹に腹パンを叩き込んでしまう事です。

 申し訳ないので悶え苦しんでいた所長さんにお詫びの品として食べかけの食パンを渡しておきました。別に能力発動に必要だけど食べきれなかったから処分に困っていたという訳ではありません。能力に使った食パンは所長さんが美味しく頂きました。食べ物を粗末にしちゃダメ、絶対。


 という私の遅刻の話は置いといて。

 別段怒っていない様子の依頼人さん。

 よく見ると前の肥えたおっさんと違って結構イケてる好青年です。

 金髪のオールバック、緑色の綺麗な瞳、端整な顔立ち、しゅっと細身で色白な、綺麗な身なりの高貴そうな御方。柔和な笑みはその善良そうな性根を表しているように素敵でした。


 やだ……めっちゃ私の好みのタイプかも……!




 こんな暗殺者の里に依頼に来るような奴じゃなけりゃあな!




 こんな虫も殺せなさそうなナリしていますが、この人も暗殺者アサシノ一族に人殺し頼みに来る腹黒外道です。私は依頼者には絶対に恋をしないと心に決めているのです。私はもっと清純で心の真っ白な優しいイケメンと結ばれたいのです。そういう私の手が血が真っ赤だって? やかましいわ!

 依頼に来た時点で守備範囲外です。よって、私はいつも通り仕事人として応対をします。


 さて、いつもの『恋愛百式』そのひとつ『これがお前の好感度(クラスメート)』。

 心に能力発動を念じて相手を凝視すれば、相手が私に抱いている好感度を可視化できます。

 さて、今回の依頼人さんの好感度は~~~?


 64%! ……あれ? 結構高くない?


 大体、好きでも嫌いでもない普通の好感度は50%くらいです。

 別に相手の前情報もなく会っており、初対面で何も思うところのない無関心な感じだとそのくらいになります。

 恋をしてると自覚し始めるのが大体80%くらい。逆に嫌悪感や敵対感情を抱き始めるのが20%くらいです。


 一応、私は可愛いです。可愛いんです。可愛いですよ? ……言ってて虚しくなるからやめます。

 とはいえ、暗殺者一族のホープとか言われててバンバン人を殺しまくるヤバイ奴です。自分で言ってて悲しくなりますが。

 依頼人は私に仕事を頼みに来ますが、大体20%前後の好感度の事が殆どです。それも当たり前、暗殺者に対して警戒心や猜疑心を抱くのは極々自然の事です。私だって目の前に殺人鬼が「ども、殺人鬼でーす。」とか言って出てきたら好感度20%切りますもん。「なんだコイツ。」って思いますもん。


 だから50%とか普通は有り得ないんです。私を暗殺者と知って仕事を頼んでくる相手が無関心な訳がないですからね。たまに私の実績や評判を知らずに、人づてで紹介された人とかはそのくらいの事はあるんですけど。

 でもこの男性、64%。普通どころかむしろ好意寄りの感情を抱いています。

 60%超えると友情を感じているくらいでしょうか。「私達……友達だよね?」とか確認したら「当たり前じゃん!」と返してくれるくらいです。まぁ、別にこの好感度は友愛のみを尺度にしていないので、今私がこの男性にそれ言ったら「急にどうしたんだお前……?」ってなると思いますけど。


 やだ……この男性の好感度高すぎ……!

 って私がなるのもご理解いただけるでしょう?


 基本的には好感度が高い分には損はありません。

 好意を抱いているのだから、不利益をもたらす事はないでしょう。

 そういう点では警戒する事でもないのですが……やっぱりちょっと身構えつつ、私は依頼人の言葉を待ちました。

 はい。待ちます。私、基本的に仕事のあれこれ話すの得意ではないので受け身です。失言とかしちゃいけないし。ほら、私って実は結構口が軽いから。勝手にあれこれ喋らずに様子見に徹する様にしてるんです。陰キャじゃないよ。ほんとだよ。


 私が言葉を待っていると、依頼人は柔和な笑みを浮かべたまま話し始めました。


「流石は噂に名高き"黒薔薇のカスミ"殿です。鋭い戦士の目付き。歴戦の勇士を思わせます。」

「噂になるのは暗殺者にとっては不名誉な事です。」

「そうでしたか。これは失礼しました。」


 大体噂の黒薔薇とか言われるから、ここら辺は定型句として覚えてしまいました。

 まぁ、実際仕事が増えるので里からしたら噂になるのは万々歳なんでしょうけど。

 私は"黒薔薇"とかいう中二病臭いあだ名広められるの嫌だし、暗殺者としては今の受け答えのほうが格好いいかなと思ってこう答えるようにしています。

 あと、鋭い目付きなのは『これがお前の好感度(クラスメート)』の発動条件だからです。マジでこの能力使ってると目付き悪いって言われます。怖がられます。これじゃモテねぇじゃん。ふざけんな女神。


 まぁ、掴みはOKですね。ははは、と困ったように笑う依頼人の好感度は65%に変わりました。

 最近気付いたんですけど、このやり取りすると腕利きの暗殺者っぽくて若干期待値上がるみたいです。


「……私はネフェル魔帝国まていこくにて将軍を務めさせて頂いているオニキスと申します。」


 依頼人はすっと頭を下げました。

 ネフェル魔帝国? なんぞそれ?

 座学は割とからっきしなのでそういう国とかの名前出されても分かりません。

 殆ど里の中で生活してますし。新聞とか全然読みませんし。


 そんな時には『恋愛百式』。え!? こんな時に使える『恋愛百式』があるんですか!?

 勿論あります。今回紹介するのはこちらの百式『コレナニ用語集(コレナニチップス)』。

 用語を頭の中に思い浮かべると、それが広く知られている基礎知識であれば詳細を閲覧できるという能力です。

 早速"ネフェル魔帝国"で調べて見ました。


―――――――――――――――――――

<ネフェル魔帝国>

 エンヌ大陸北東部に位置する帝国。

 魔法の先進技術にて広く知られている。

―――――――――――――――――――


 まぁ、本当はもっと沢山書いてあったんですけど、私、説明書とか斜め読みするタイプなので大分省略しています。

 魔法! この世界、魔法とかあるんですね! まぁ、私の『恋愛百式』も魔法みたいなものですし、私達の暗殺術も前世から見れば魔法みたいなもんなんですが。

 依頼人のオニキスさんは、どうやらそこの魔法の国の将軍さんだそうです。

 多分あれです。偉い人です。知らんけど。


「今回、カスミ殿には我が国の姫の護衛を依頼したいのです。」

「……護衛?」


 私は初めて聞いた言葉に思わず聞き返してしまいました。

 護衛、とな?

 私は暗殺者として今まで色々と仕事を熟してきました。しかし、暗殺者と言ってるように今までの仕事は大体暗殺です。殺しです。

 護衛ってあれですよね。人を守るやつですよね。


 私、そんなのやった事ないんですけど?


 護衛任務なんて私はじめてです。しかも、お姫様って言いました?

 お姫様を私が護衛する? 護ってあげる? いや、私護られる側になりたいんですけど!


「今度、我が国のディアナ姫が王都より国境付近の防衛拠点に移動します。今後激化する争いに備えての防衛結界の強化の為なのですが、その移動をある厄介な敵に狙われているのです。」

「厄介な敵?」

「"天竜てんりゅう"と言ったらご存知ではないですか?」


 知らないわ。誰だよそれ。

 天竜って何? プロレスラー? 力士?

 とりあえず知らないと言ったら恥かきそうなので『コレナニ用語集(コレナニチップス)』で調べてみます。


―――――――――――――――――――

<天竜>

 カリバー王国所属の英雄"リュウタ・アマギ"の称号。

 上に立つ者が居ない事から与えられた称号である。

―――――――――――――――――――


 リュウタ・アマギ? 誰やそれ。日本人みたいな名前してるけど。

 

―――――――――――――――――――

<リュウタ・アマギ>

 聖剣ゼクスに選ばれたカリバー王国所属の英雄。

 数々の奇跡を持つ世界最高峰の剣士。

―――――――――――――――――――


 カタカナばっか並べやがって。聖剣ゼクスってなんだよ。

 とにかく、なんか英雄とか言ってるので凄い人なんでしょう。


「リュウタ・アマギ……。」


 適当に知ってるフリして名前を呟きました。

 『コレナニ用語集(コレナニチップス)』に載ってただけなのでなんなのか分からないで言ってますが。

 まぁ、『コレナニ用語集(コレナニチップス)』に載ってるくらいだから現状の世界に影響の多い存在なんでしょう。世界に大した影響を与えないものはこれには出てこないので。

 ユリの方もちらりと見れば、ごくりと息を呑んでいます。

 え? ユリも知ってるの? 結構やばい人?


「そう。カリバー王国は、ディアナ姫の結界を阻止する為にリュウタ・アマギを送り込んだそうです。密偵からの確かな情報です。」


 英雄って言ってるのに、お姫様狙ってるのか……。

 まぁ、沢山殺せば英雄だ云々言いますし、敵から見たら殺戮者でも英雄と呼ばれる事もあるんでしょう。私ももしかしたら英雄になれるかもしれませんね。


「軍隊にも匹敵するリュウタの率いる英雄パーティー……少数精鋭による暗殺から姫を護りきるのには、同じ暗殺者が最適ではないか。そこで、名高き暗殺一族のアサシノに、その中でも有力な"黒薔薇のカスミ"殿にお声がけしたのです。」


 なるほどなるほど。その天竜とかいうのが姫様を暗殺しようとしていると。

 それも軍隊率いてくるようなのじゃなく、少数精鋭で懐に潜り込んでくる訳だ。

 目には目を。歯には歯を。暗殺者には暗殺者を。つまりそういう事なのね。

 同じ暗殺者であれば、暗殺の手口にも精通している。暗殺の手口に精通していれば、暗殺を食い止める事ができる。

 なんで暗殺者に護衛任務を頼むのか? その理由には納得しました。


 でもなぁ……。私、護衛とかやった事ないですし……。

 今までこっちが攻める側だったから、守りにはそこまで自信ないんですよねぇ……。

 そのリュウタとかいうのをちゃちゃっと殺すだけで済むなら話は早いんですが。


「この作戦には我が国の命運が掛かっています。どうか、そのお力をお貸し下さい。」


 オニキスさんに頭を下げられました。

 国の命運って……随分と重い話になってきました。

 さくっとって終わり! みたいな話にはならなさそうです。

 うーん、と悩んでいれば、ユリがオニキスさんにカタログを差し出します。


「護衛任務のプランはこちらです。護衛期間により金額が異なりますので詳細をご確認下さい。ここに上一等級暗殺者の指名と、A級賞金首の絡む依頼という事なので更に追加料金が発生して……。」

「勿論、報酬の準備はしております。」


 おっと、大分羽振りがいいようで。

 料金体系とか私は知らないんですけど、今聞いてる限り色々と高くなりそうな雰囲気です。

 その後もユリがオニキスさんとごちゃごちゃと依頼内容の確認と料金プランやら前金やらの話をしているので、私はぼけっと座って待ちました。


「承知致しました。此度はご利用ありがとうございます。契約書をお持ちしますので、少々お待ち下さい。後は私が対応いたします。」


 どうやら話が纏まったようで。あとはユリが契約を結ぶという事です。

 ちらりとユリが私に目配せしたので、私は席を立ちました。


「では、私はこれにて失礼致します。」


 一応、私は指名を受けたので顔を見せに来ただけです。

 本当はこれも必要ない事も多いのですが、是非一目見たいという依頼人も多いので、割と私も顔出しする事はあります。あたしゃ見世物か。

 まぁ、そういう取り決めなので。私はまぁゴリ押しでっちゃうタイプなので関係ないのですが、暗殺者によっては依頼人との顔合わせ時点で色々と仕込んで置いたり、依頼人を品定めするのだとか。

 とりあえず、顔合わせも終わったので、私は軽く一礼して部屋を後にします。


 しかし……さっきは護衛任務なんて初めてだし大丈夫かな? とか言いましたけど。

 まさか、殺し以外の依頼が来ることがあろうとは。そういう依頼を受ける子がいるとは聞いたことあったんですが。

 依頼人は問答無用で守備範囲外! なんて言いましたけども、人を護る為に仕事を依頼しに来る人がいると思うと、一概にそうは言えないんだなぁと思ったり。


 オニキスさん、イケメンですし。将軍とか地位ある人みたいですし。

 もしかして、結構な優良物件なのでは?

 私の中でちょっとした期待が生まれてきました。




 家に帰って寛いでいると、しばらくしてユリがやってきました。


「カスミ様。今回の任務の資料をお持ちしました。」

「お疲れさま。」


 私はテーブルにつき、ユリに差し出された資料を受け取りました。

 何だか資料がいつもより大分分厚いです。うわぁ、面倒臭そう。

 うんざりした顔をしていると、いつもなら資料を渡したら応援だけして早めに撤退するユリが、何故かもじもじしながら留まっていました。


「どうしたの?」


 ユリに聞くと、ユリはハッとしてからやはりもじもじしながらこちらを見上げてきました。


「あの……資料を見て頂ければ分かると思いますが、今回は長期任務という事で、私が同行させて頂く事になりました。不束者ですが……宜しくお願い致します!」


 はえ? 私は思わずぽかんとしてしまった。

 長期任務? ……いやまぁそうなるのかな?

 いつもなら私はささっと行ってサクッとやってきてたので、外出する時間も全然長くありませんでした。でも、今回はいつ来るか分からない相手という事もあり、どのくらいの時間か分からない期間護衛対象についていく事になるのです。


 ああ~……確かに付いてきて貰った方がいいわ。

 私一人じゃ護衛対象のお姫様とちゃんとやり取りできるか分からんし、生活力皆無だから色々と酷い事になるわ。

 普段も通い妻のようにユリが料理とか洗濯とか諸々やってくれてるから何とか生活できているのに、長期間外出してたら大変な事になる。やだ……私の女子力低すぎ……?


「カスミ様の身の回りのお世話もそうですが、今回は護衛任務という事もあり、私が適任ではないかという事になりました。カスミ様の足を引っ張らないよう頑張ります!」


 ユリは護衛任務に向いているのかな?

 何かこの可愛らしい小動物みたいな見た目から、不意討ちで暗殺するとは聞いていたけど、実際にこの子が殺しをしているところまでは見た事ないです。

 騙し討ちはとても護衛向きとは思えないけど……あれかな? 小さい女の子と見せかけて、護衛対象の警戒心を解くのにいいのかな?


 何にせよ、初めての長期任務、初めての護衛任務、初めて尽くしの今回の任務……ユリが付いてきてくれるとなると滅茶苦茶助かります。


「ああ。頼りにしている。宜しく頼む。」


 私がユリにそう言えば、ユリはぽっと赤くなりました。


「はい!」


 元気な返事が可愛いらしい。やっぱりいやつよのぉ。


 とりあえず、ユリは挨拶をしたら満足したようでぺこりと頭を下げてそそくさと帰っていきました。私も私で今回はちゃんと資料を読んで置いた方が良さそうだなぁ。それに外出の準備もしないといけないか。


 そんな事を考えていると、なんだか遠足に行くみたいでウキウキしてきました。

 なかなか外に出る機会の得られなかった事もあり、初めて長いこと外出できるというのも中々に楽しみです。

 しかも、その上、依頼人は護衛任務を頼むような良い人っぽく、更にはイケメン、私への好感度もそこそこ高いと来ています。


 まさか、これって……恋愛フラグ立ってます!?


 もうそうなったらウキウキです。

 いつかは叶えたいと思っていながら、なかなか踏み出せずにいた私のこの世界にやってきた当初の目的が果たせるかも知れません。


 私は愛が欲しい。

 私は恋に落ちたい。


 ようやく私が恋愛ものの主人公になれる時が来たのかも知れません!


 浅科かすみ改めアサシンカスミの戦いはこれからだ!




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