第4話 黒薔薇のカスミ、いざ勝負!




 この前の暗殺が結構大変なものだったようで、見事成し遂げた私に対して通常の報酬以外にも里から功績を称えた報酬が与えられるという事で里の役場に出向きました。

 結構大変な相手かつ、ヤバイ陰謀を阻止したみたいな話らしくて、ある意味世界を救っちゃったみたいな感じらしいです。大体そんな感じの事を言われました。

 私、なんかやっちゃいました? いや、人をっちゃった訳ですけども。


 そういう訳で里長のところに出向いて、色々とお褒めの言葉を頂いたりして、里長の話長くて面倒臭ぇなとか思いながらも追加報酬が出る事は嬉しいので欠伸を噛み殺して表彰とか手続きとか済ませました。

 諸々を終わらせて役場を出ると、そこにはぞろぞろと女暗殺者が集まっていました。

 それを見て「うわぁ。」と思いました。


「カスミ様、金華章の受勲、おめでとうございます!」


 先頭に立つユリが笑顔でそう言うと、女暗殺者達はパチパチと揃って拍手をしました。

 この子達は私の同期だったり後輩だったり、一部先輩も混じってもいますが、まぁ私と近い年齢の女暗殺者です。

 色々とあって私に付きまとってくるようになり、次第に数が増えて今では数十人くらいの集団になってしまいました。

 ゾロゾロと付きまとわれるの正直疲れるので嫌なんですよね。

 なんか今では『黒薔薇一派』とか一纏めにされてるし。黒薔薇って呼ぶなって。それと一派とか仲間みたいに扱うなって。

 まぁ、ユリとかは私の補佐だし、一部は結構助けになってくれるからいいんですけどね。


 歩いて行くと集団が割れて私に道を空けます。あたしゃモーゼか。

 そして、歩く私の後ろにその集団がぞろぞろとついてくるのです。なんか医療モノのドラマで出てきそうな光景です。勿論、私は教授でもないし回診してる訳でもありません。暗殺者だしただ帰路についてるだけです。

 ついてくるなと口酸っぱく言ってるのですが聞いた試しがありません。もう大分前に諦めました。


 そんな感じで里の大通りを通っていると、向かいから見慣れた顔が歩いてきました。


 暗殺者の黒衣を纏い、なんかやたらと長い赤いマフラーを巻いた、よく分からん男。

 名をグロリオ。私の同期であり、なんかやたらと喧嘩売ってくる鬱陶しいやつです。


「『黒薔薇のカスミ』!!! いざ勝負!!!」


 いつもこんな調子です。

 まぁ、私結構色んな人から手合わせ頼まれるんですけど、このグロリオの挑戦頻度はえげつないです。二、三日に一回くらい挑戦してきます。その度にボコボコにするんですけども。


「その名で呼ぶな。あといい加減しつこい。」


 私がうんざりしてそう言えば、後ろからドワッとかしましい声が響きます。


「そうよそうよ! しつこいわよ!」

「いつもカスミ様にボロ負けするくせに!」

「いい加減懲りなさいよ!」

「ざーこ! ざーこ!」


 ちょっとマイルドなところピックアップしてこれです。本当はもっとドギツイ事言ってるのですが、自主規制でそこは伏せておきましょう。

 ものすごいボロクソ言われてグロリオ若干涙目になってるくらいです。このメンタルの弱さでよく何度も私に挑んでこれるな。いつもは割と一人でいるところで絡んでくるので、ここまで女暗殺者達に猛バッシング食らう事ないんですけど。

 すると、スッと行列の中から一人女の子が出てきました。紫色の長髪で右目を隠し、赤いリボンをつけた顔色の悪い女の子です。


「お姉様のお手を煩わすまでもありません。此処はわたくしが相手をしますわ。」


 彼女はアザミ。私の二個下の後輩です。

 以前は気弱な女の子で暗殺者養成所ではいじめられっ子だったのですが、ちょっと助けたら懐いてついてくるようになりました。色々と特訓にも付き合ったところ次第に自信を持つようになって、今では立派に暗殺者をやっています。なんか『劇毒のアザミ』とか怖い異名を持っていますが普通に人懐っこくて可愛くて良い子です。

 まぁ、お姉様って呼び方はやめて欲しいんだけど。私は姉じゃないし。


 アザミが名乗り出ると、ぞろぞろと集団から手があがります。

 私が! 私が! ってな感じで。もしかして、ここで「いや私が」って言ったら「どうぞどうぞ」って返ってくる感じのフリなのかな?

 何やら色々と揉めだしているし、そもそもアザミに危ない真似をさせるのも気が引けるので、私は面倒臭いけど手を上げて前に出ました。


「下がっていて。ご指名は私だ。」

「ですが……!」

「30秒以内に片付ける。」


 そう言うと、尚も前に出ようとするアザミは黙りました。

 まぁ、私もここで無駄な時間を使いたくないので、30秒以内と割と厳しめの時間を提示した訳です。

 私がいつもボコボコにしているとは言いましたが、グロリオは結構腕利きです。私もチートのズルがなければ勝てないかも。アザミでも30秒より早く片付けるのは厳しいのでしょう。それよりも時間を掛けるのが私に対する迷惑であると判断したようで、そこで素直に引き下がりました。


「30秒以内……? 舐めた事を……!」


 まぁ、グロリオはカンカンです。これはちょっと面倒臭そう。

 私は懐から食パンを取り出し、ぱくっと咥えました。


「何故食パンを食べる!」


 グロリオが怒鳴ります。まぁ、至極真っ当なツッコミです。

 でも、私の切り札『恋愛百式』のひとつ、『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』の発動条件として必要なので、別にふざけてる訳ではないのです。

 いつもならあんまり手の内を見せたくないので伏せているのですが、今日は30秒以内に倒すので解禁です。

 グロリオがカンカンなのでとりあえず適当な言い訳を考えました。


「今日は朝食がまだなので。」

「朝飯前とでも言うつもりか!」


 急に上手い事言うなこいつ。そんなつもりなかったんだけど。

 まぁ、実際に寝坊したので朝食はまだだし、グロリオは朝飯前で倒せるのですから皮肉でもなんでもないのですが。


「カスミ、参る。」

「グロリオ、参る!」


 互いに交戦の意思を示すと同時に私は走り出しました。


 『恋愛百式』、『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』。


 食パンを咥えて攻略対象ターゲットの顔を思い浮かべて走る事で発動する『恋愛百式』そのひとつ。

 食パン咥えて「ちこくちこく~!」と走るヒロインが、曲がり角でヒーローにぶつかり出会うように……そのイベントを確定させるチート能力。

 走ると同時に私の身体は攻略対象ターゲットの死角に消えます。そして、走り出した勢いのままに攻略対象ターゲットに衝突する能力です。


 出会いを演出する為の能力も、攻撃用に使えばたちまち姿を変えるのです。

 それは謂わば相手の死角を必ず狙う技であり、座標すらすっ飛ばして死角に移動するワープ能力であり、確実に衝突するという追尾攻撃と化すのです。


 私の視界がぱっと転換します。目の前にあるのはグロリオの脇腹。

 拳を突き出して、私はそのまま走り抜けます。

 暗殺時には刀などの凶器を握るのですが、一族の中での殺しは御法度。思いっきり脇腹をぶん殴るだけで済ませてあげます。


 しかし、意外な事が置きました。


 ヒュッと風を切るように、グロリオが身を躱します。


「くっ……!」


 なんと、ギリギリで苦しげながら回避したようです。

 どうやら私の敵意を読み取り、咄嗟に回避したようです。

 しかし、『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』は、相手に衝突するまで終わりません。

 そのまま走れば、再びグロリオの死角にワープします。


 ヒュッと再びグロリオが躱しました。あれ、意外とやりますね。

 しかし、どうやら回避にいっぱいいっぱいのようで、連続して死角から襲い来る私には反撃できないようです。

 集中力の勝負になれば、必死に敵意を察知しているグロリオではなく、『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』で考え無しに自動で追尾する私が勝るでしょう。

 体力の勝負でも、必死の回避で動き回るグロリオに、ワープで距離を詰めている私が勝るでしょう。

 そもそもも私の内緒ののお陰でグロリオを上回っていますしね。


 勝ちは確定しています。

 ただ、30秒以内の決着と言った手前、それ以内に終わらないと格好が付かないのが悩みの種です。

 別に格好をつけるつもりはないのですが、後ろの尊敬の視線が痛いので、もうひとつ『恋愛百式』を解放して決めに掛かる事にします。


 『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』を発動しながら、私は食パンを咥える力を僅かに緩め、その口で発動条件となる言葉を唱えました。




「好きです。」


 キーワードは「好き」、正確に言えば愛の告白。

 しかし、別にグロリオが好きな訳ではありませんよ?

 私の好みは私を護ってくれるような包容力のあるタイプですので、私よりも弱くてガキっぽいグロリオには興味がないのです。


 『恋愛百式』、『告白は終演と共に(イマナンテ)』。


 この能力は暗殺者として有用であると同時に、恋愛百式の中ではある意味呪いのような能力。これは私の意思に関係無く、常時発動する制御不可能な能力です。

 告白とは恋愛ストーリーの締めくくりであり、終演に相応しい場面で初めて届く最後の言葉です。

 ストーリーの途中で好意に気付かれてしまっては、恋愛を展開させる事も、素敵なラストを迎える事もできません。

 これは謂わばシナリオを阻害しない為の神の手とも言える世界からの干渉。


 私が好意を示す言葉を発するとき、それが終演エンディングに相応しい場面でない限り、その好意が相手に伝わることはない。

 何かしらの妨害により、決して相手に言葉が届かなくなる能力なのです。



 たとえば、私は今、グロリオに「好きです。」と言いました。

 今はとても終演には相応しくない場面でしょう。

 世界はここで好意を伝える事を防がんと、あらゆる邪魔をしてきます。


 ガチャーン!と何かが割れる音が鳴りました。

 どうやら通りにある民家の表で陶器が割れたようです。

 私の心のこもっていない愛の告白は、その音に掻き消される……まではいきませんでしたが、私の愛の告白からグロリオが気を逸らすように、グロリオの気を引きつける事はできました。


「しまっ……!」


 気付いた時にはもう遅い。

 私の愛の告白にも気がつけない、グロリオは、私の死角からの攻撃から逃げ切れずに……。


 ドスッ! と鈍い音と共に、私の拳がグロリオの脇腹に突き刺さりました。


「ごふっ……!」


 結構勢いつけて殴ったので、グロリオは苦悶に顔を歪ませ、脇腹を押さえながら蹲りました。

 これにて決着です。


「終わりですね。」

「ぐっ……まだ……!」

「私が武器を持っていたら、今ので死んでいましたよ。」

「くぅッ……!」


 悔しそうにグロリオが地面をドンと叩きました。決着を受け入れたようです。

 それと同時に後ろから歓声が湧き上がります。

 私をあれこれ褒める声もあまり好きではないのですが、中には敗れたグロリオを罵倒する声が混じっています。

 流石にそこまで追い討ちかけるつもりはないので、サッと手を上げて騒ぎを制します。

 そんな私の動きを見て、グロリアはぎしりと歯を食いしばります。


「同情のつもりか……!」


 まぁ、同情してないと言ったら嘘ではないのですが。

 何やかんや倒したけれど、私はそもそもズルしてる訳ですし、『遅刻遅刻(イヌモアルケバボウニアタル)』を回避したのには素直に驚きましたし、ボロクソに言われる程にダメダメという訳でもないのです。

 とはいえ、同情してます! とか、よくやった方だよ! とか言うのも煽りにしか聞こえないと思い言葉を選びました。


「まさか。ただ、私はうるさいのを好まないだけ。」


 ざわわと背後でざわめきが聞こえました。

 私が怒っているのかと思ったのか、ちょっと慌てている様子です。

 別に怒っていないのですが、そろそろ私を取り巻いて騒ぐのやめて欲しいので特に訂正しないで放っておきます。

 さて、わざわざ気を遣った私の振る舞いにグロリオはというと……。


「お前の情けなど受けないッ!!!」


 話を聞く気がないようです。

 何なんですか気を遣ってるのに、そんなんいらねぇみたいな面倒臭い彼氏みたいな態度。彼氏なんて居た事ないんですけど! ってやかましいわ!

 コイツもいい加減しつこいのでちょっとイラッときました。


「うるさいのは好まないと言った。」

「だから……!」

「う・る・さ・い。」


 地面にへたり込むグロリオに一言。

 お前もいい加減黙れ、構うなと警告しておきます。 

 その一言にグロリオはぽかんと固まり、何も言わずにこちらを見上げてきました。

 あら? 意外な反応? もっと食って掛かるかと思ったのに?


 まぁ、食って掛からないならそれでいいんですけどね!


 私は動かないグロリオから視線を外して、改めて帰路につきました。




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