第834話 兄さんには任せられん

神戸の三ノ宮(さんのみや)で飲んだ帰りの午前4時


まだ灯りのともるラーメン屋に立ち寄る


カウンターはL字になっていて、正面カウンターには詰めて10人


左の縦列カウンターには3人ほど立てそうなレイアウト


この日、正面カウンターの左手に数人の若者、右端に大柄な40代のサラリーマンがおり


俺はそのサラリーマンの左手に、ノレンをくぐって立つ


700円の定番、チャーシューメンを注文する


2分と経たず俺の目の前にラーメンが置かれた


トッピングに、目の前に置いてあるピリ辛高菜をてんこ盛り・紅ショウガをてんこ盛り


これでもかというほど白ゴマを振りかけ


さあ、喰うで!


いざ自分のラーメンにハシをつけようとした、その時


「あかんわそんな・・・」


右隣の大柄サラリーマンがつぶやき


「そんなんあかんあかん!」


俺のラーメンに両手を伸ばし、目の前から奪い取ろうとする


「こらこらこらこらぁ!!」


箸を持った手でサラリーマンの頭を叩く


「何をやっとるねんお前のとちゃうやろ!!」


「でも兄さんそんな、白ゴマかけたらあかんて!俺が責任持つから!」


意味不明なことを言いながら、また俺のラーメンに手を伸ばそうとする


「お前のラーメンはそっちじゃボケ!!ええかげんにせえよコルァ!!」


「すみません、でも・・・」


「白ゴマ振りかけるんはワシの好みやろが!なんでお前に責任取って喰うてもらわなアカンのや!!」


「いや兄さん、そんなん言うけど・・・」


「お前の兄さんちゃうしな!静かに喰わさな殺すぞ!!」


「すみません、でも・・・でも!やっぱり兄さんには、任せられん!!」


そう言ってまた俺のラーメンに手を伸ばす


「おっまえぇぇ!そんなにこれが欲しいんか!ほいだらお前のラーメン寄こせ!!」


今度は俺がサラリーマンのラーメンに手を伸ばす


「これは俺のですやんか!!」


ラーメンの器を抱えて防御するサラリーマン


なんやねんお前・・・


「わかった!お前の気持ちは有難く頂く!俺のラーメンの責任を取らんでええから、ちょっとだまって喰うてくれ、頼む」


「えーっ・・・でもそのゴマの」


「だまれ!!マジ息の根とめてやろうか!!」


鬼の形相でにらむ


やっとこさ大人しくなるサラリーマン


全く酔っ払いは・・・


店内では皆、必死に笑いをこらえている


その後は静かに食べ進めたが、先に食べ終えたサラリーマンが、何故かジーッと俺が食べるのを眺めている


「なんや?自分喰うたんやったら早よ帰らんかい」


「兄さんが食べ終わるのを見届けるのが、俺の使命」


「また訳のわからんことを・・・まあええわ、ほんなら見とけ」


俺が食べ終わるのをジ〜ッと見ていたサラリーマンに


「ほら、喰うたぞ!」


カラの器を見せるとサラリーマンは無言で頷き、店を出ていった


店主と左手の若者たちはもう、腹を抱えて爆笑している


店主「初めはどうなることかと思いましたけどお客さん、こんなに面白いコント初めてですよ!」


「コントちゃうわ!」


もうそのラーメン屋も無くなってしまったが。

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