第806話 犬の順列

とある女性の運転する、ピンクのミラココアに乗っていた


「着いたら起こしてな」と助手席のシートを倒し、ウトウトしていると


「えっ、なに?・・・えっ??」という彼女の声


カッチッカッチッカッチッ


ハザードの音がして車は減速する


そして停車


「・・・ん?どうしたん?」


「前の車が・・・」


彼女が曇った表情で前方を見ているので、なになに?とシートを元に戻していると


前方から「・・・っらあ!おら!おるぁぁ!!」


巻き舌るるる~声が聞こえてきた


「ちゃんと運転してたのになぁ・・・」彼女は一層、曇り顔


そして


「おまえ!なぁ!こら!」


運転席のドアをゴンゴン叩く音と共に


イケイケのピットブルみたいな兄ちゃんがヌッと凄んできた


「何です?どうかしました?」俺も車外に出る


ポメラニアンみたいな女子だけかと思ったら


劣化はしているが、数分間ならまだ闘えそうなハゲたボクサー犬が出てきたので、兄ちゃんは一瞬ひるむ


が、すぐに


「ちゃんとウインカー出せよ!危ないだろ!」


俺と運転席の彼女を交互に見ながら怒鳴る


「よう分からんけど、こっちはちゃんと運転してたみたいやで?」


「なに言ってんのさアンタ!あんなのでぶつかったらどうすんのさ!」


言われて初めてソイツの車を見る


アウディのR8か。


「どっちがどうか判らんけども。そんな『おら~!うら~!』言うてか弱い女子に喰って掛かるのはどうなんや?」


「はあぁ??フラー(アホ)かおっさん!関係ないだろ!か弱かったらウインカー出さんでいいのか!」


俺は正直ウトウトしていたし、シート倒して状況を見ていなかったから偉そうな事は言えないのだが・・・


ここで簡単に引くと彼女の立場もない


「そうか、お前には運転技術があるというのやな?わかった。俺をお前の車に乗せんかい。チェックしたるわ」


そう言って若草色のアウディに近づいていく


「こら!近付くなおっさん!」


車を蹴られるとでも思ったか、慌てて俺の前に立ち塞がる兄ちゃん


・・・と、全く気付いていなかったのだが舗道から


「いい加減になさい2人とも!大のオトナがみっともないですよ!!」


上品な物言いで御婦人に怒られた


「あなたたち!こんな往来で恥ずかしくないの?!」


70代と思しき、犬を連れた小綺麗なお婆さんがこちらを睨んでいる


イケイケピットブルとハゲたボクサー犬は、思わず頭を下げる


「もうお止めなさい!2人ともほら!早く車にお戻りなさい!」


「はい」


2匹は威光の圧を受けながら、それぞれの車にハウスする


アウディはそのまま、静かに発進していった


こちらも発進する


去り際にもう一度、お婆さんに頭を下げる


「あのお婆さん凄いですね・・・外から見てたら2人が子犬みたいだった」


ポメラニアンが笑う


おそらくあの場で1番品格のあった犬は


静かにお座りして我々を眺めていた、お婆さんの連れていたシュナウザーだろう。

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