第291話 女将

今更ですが私の姓は「高野」でございます


これはまだ大阪でサラリーマンをやっていた頃の話


今から22年前、新部署立ち上げの任を受け、広島で暮らしていたことがあった


その任が解かれ、1年半振りに大阪に戻ってきた日


大阪本社に在籍する営業マン、後藤くんが


「久しぶりに新地に繰り出しませんか」と誘ってくれた


冬場だったので鍋を食べようか、ということになり


旨いと評判の店を、後藤くんが予約してくれた


早めに仕事を終わらせ、タクシーで新地に向かい、18時に入店


予約していた鍋は、様々な味噌をアレンジした秘伝のベースで食すちゃんこ鍋


なかなか美味かった


食事終盤、料理長が挨拶に来られたので


「いやぁ最高に旨かったですわ~」と感想を述べていると


その後ろから割烹着姿の、オーナーの女将さんが来られた


お年は当時で66だと伺った


上品で、若かりし頃はさぞお綺麗やったろうなぁ〜という方


のちに聞いた話では、新地では知る人ぞ知る伝説の女将らしい


「そない(料理を)お褒めいただいて、もうほんまにありがたいことですわ」


一つ一つの所作が上品・丁寧・そして凄まじいオーラを感じる


そんな女将から


「実はこの"ほん"近くでクラブもやらせて貰うてまして、もしお時間よろしかったら、このあと覗いてやってくれまへんやろか」


そう提案されたので、もう喜んで伺いますよと2つ返事で同意する


「ありがとうございます、ほんなら店のもん、使いに来させますよって」


ほどなくして


「こんばんは~」


これまた超美人の、着物姿の女性が我々の座敷にやってきた


「私も後からご挨拶に参りますので」


そう女将に見送られ、美人ママの案内でクラブへと移動する


そのクラブ、キャパは50名くらいだろうか、在籍女性もかなり多い


お〜なかなかセンスある店だ

女の子も綺麗どころばかり


さすが女将・・・


その夜は本当に楽しませて戴いた


それからというもの、俺・後藤くんそれぞれに、接待で店を使うようになった


通い始めて2ヶ月ほど経ったある日、俺は東京の客を2人、そのクラブに連れていった


店に入ったのが21時ごろ


まだそれほど混んでなく、我々3人のテーブルには5人ほど女性が付く


客2人も盛り上がり、1時間があっと言う間に過ぎる


他の客も増え、22時半を回った頃、あの女将さんが豪華な和服姿で店に入ってきた


もう見慣れてはいたが流石のオーラ、一瞬に店内の空気が変わる


その時点で我々のテーブルには女の子3人とママが付いていた


ちょうど俺のグラスが空き、1番若手の女の子が水割りを作っている


順番にテーブルを廻り挨拶していた女将が、最後に我々のテーブルで席に着く


「まいどおおきに~。あれからほんま、ご贔屓にしてもろて有難い限りですわぁ~」


「いえいえ、いつも楽しませて貰うてます」


俺は女将の持ったグラスにビールを注ぐ


「では改めて、乾杯!!」


順番にグラスを合わせ、最後に俺と、先ほど俺の水割りを作ってくれていた若手の女の子がグラスを合わせる


その時


「ちょっとあんた!なんやのそれ!」


突然女将が怒りだした


「そんな乾杯の仕方がありますかいな!!」


要はその女の子が、俺のグラスより高い位置でグラスを合わせてしまったのだ


まあ基本中の基本で、やっちゃいけないことになっている


「ママ!あんたも付いてて何やの!みっともない!!」


凄い剣幕だ・・・


ママや女の子はおろか、我々3人までもが叱られた仔犬のようにグラスを持ったまま硬直してしまった


女将は突然着火するタイプなのか、まだその子とママを叱責していたが


ふと我に返り、我々に向きなおる


「もうホンマすんまへん、お客様の前で、はしたないとこ見せてしもうて・・・せやけど私許せんのです、こういう基本ができんことを!何処の世界でも、先ずは基本が大事やおまへんか?分かってくれはりますやろ後藤さん!」


高野です

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