第223話 超絶な件

客先のO部長について


昔ハードロックバンドのVo.をされていたという噂を以前から聞いていた


同僚の男性や女性、下請けの社長や行き付けのママ、色んな方が「とにかく凄い」と言う


ハイトーンボイスに戦慄した・全身が総毛立った・魂を揺さぶられた・子宮に響いた等々。


それぞれに表現は違うが、相当歌が上手いであろうことは理解できた


かのジャーニーがスティーヴ・ペリー脱退後、流動的だったVo.を探していたところ


YouTubeにアップされていた、ジャーニーのカバーを歌うフィリピン人、アーネル・ピネダの歌声を聴いて


Vo.はこいつしかいない!とアメリカに呼び、オーディションの末、正式に5代目?ボーカルにした話は有名だが


実はその当時、もう1人候補に上がっていたのがO部長だったという、信じ難い噂も耳に入ってきた


それが本当であればもう、素人レベルの話ではない


超絶に歌が上手いというより、プロのシンガーだ


しかしながら、飲みの席で本人にその話を振ると


「いやあ、昔の事だから・・・」と適当にはぐらかされ、店にカラオケがあっても全く歌ってくれない


御年56歳、もう声が出ないのかなぁ・・・なんて思っていたのだが


「えっ先週も歌ってらっしゃいましたよ」と御同僚がおっしゃる


相変わらず超絶ハイトーンボイスで朗々と歌い上げていたそうだ


あまり人前では披露してくれないのだろうか?


ごく親しい間柄にだけ、せがまれて歌う程度で。


そんな慎(つつ)ましい「人となり」を知れば益々、実力は本物なのでは!期待値が上がってきて


これはどうにかしてO部長の歌声を聴かねば、もう気が済まなくなってきた


そしてその機会は突然訪れた


同じく懇意にしている他社のK専務が、O部長と3人で飲もうと誘ってくれたので食事に赴いた


食事のあとK専務が

「この時期、大きな声では言えないが、人助けと思って一軒付き合ってくれないか」と


贔屓のラウンジに連れて行ってくれた


時間は21時‬過ぎ

店にはママと若い女性が2人。客は我々3人だけだ。


奥のVIPルームでゆっくりまったり飲みましょう、となり、なんだかんだ1時‬間ほど飲んだ時点で


K専務が突然「ここらでO部長の歌を聴かせてもらおうかな?」と言う


O部長は「いえいえ・・・」と遠慮するが、決して嫌ではなさそうだ


「この人の歌は金払わないと聴けないらしいぞ~」


「え~っそうなのですか?!」


「プロ級のハードロッカーらしいぜ。ホワイトスネイクのカヴァーデールみたいな」


俺もこの流れに乗っかってみた


「あの、ジャーニーのボーカルオーディションを受けた、というお話を小耳に挟んだのですが・・・?」


「ああ・・・本当にそれ、誰が言い出したんだか」

O部長は苦笑いしながら続ける


「いや、デモを送ったことがあるってだけの話だよ」


「・・・え!凄いじゃないですか!」


「いやいやそんなの、先方のオフィシャルに一方的に送りつけるなんて、誰でもできるから」


そう謙遜していらっしゃるが、なんかこう、言葉の端々に自信を感じる


「てことは、オープンアームズとか歌われてたんですか?」


「あー・・・じゃあちょっと、歌おうか?」


うお!やった!

遂に生歌を聴ける!!


O部長の気が変わらないうちにママが選曲、転送する

O部長はゆっくりとマイクを持って立ち上がる


ピアノの前奏が流れてきた

いよいよだ・・・


♫ Lying beside you here in the dark...♬


おおお〜っ!!

歌い出しで鳥肌が立った


しかし想像していたハイトーン系というよりは、無骨なロッカーに近いなぁ


"The Boss" ブルース・スプリングスティーンのような・・・


まあ、いずれにせよマジ上手い

K専務やママ、ほか女性陣もうっとり聴き惚れている


確かにこれなら金を払ってもいい・・・


そしていよいよサビがくるぞ

ここからが噂の、超絶ハイトーンボイスになるのだな!


そして時はきた


♬ So now I come to you with open arms...♬


おおお!!


おお?!


・・・お?


聴いていた全員がモニターを見つめたまま、どんな顔をしていいのか分からず固まってしまった


もののけ姫になったのだサビが。いきなり。


ハイトーンではなく裏声


スプリングスティーンが米良美一に大変身


そのあとはもう、また2番のサビがくることを我々は恐れていた


気を許すと笑ってしまいそうになるのだ


これはあかん!

俺は横を向いてしまった


最後まで歌い上げたO部長は、立ったまま余韻に浸っている


我々は盛大な拍手を送る


どうでしたか?

度肝抜かれましたか?


してやったり顔で一同を見渡したあと、深々とお辞儀するO部長


「O部長の歌は超絶」と褒めちぎっていた皆様は


いろんな意味も込めて「超絶」と言っていたのだと、ようやく理解した


これからは当面のあいだ


K専務と俺の間では、O部長のハイトーンな件はタブーになるだろう

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る