第209話 目薬

「お前いっつも口あけて、あほ面200%だぞ」


イシくん(小さな営業マン)にそう言われた谷やん(脳筋1号)が「え、マジっすか?」と


目薬を差すのに、背もたれに預けていた身体を起こす


「それ私も言おうと思ってたわ」笑いながら事務員のM嬢が続ける


「池の鯉みたい」


「マジっすか・・・」真顔で、ちょっと考えた谷やん


あほ面200%・池の鯉と言われたことが気になったのだろう、それからは口をへの字に固く結んで、目薬を差すようになった


数日後。


歌舞伎の五右衛門のようなへの字口で目薬を差している谷やんの、側を通り過ぎようとしたU部長


「お前どうでもいいけど鼻毛満開だな」


唐突に言われた谷やんがブッと噴き出し、その勢いで背もたれから落ちて後ろのデスクに頭をぶつけ、悶絶する


「あっぶないなぁ、たまには鼻毛、剪定(せんてい)しろよ」


U部長からそう言われた谷やん、打った頭を抱えながら「はい・・・」と答える


数日後。


あほ面200%・池の鯉・鼻毛満開と言われた谷やんが目薬を取り出したので、俺はそれとなく彼を見ていた


への字の口元は変わらないが、誰にともなく鼻毛を切ったことをアピールしたかったのだろう


目薬を差すあいだ、ずっと鼻の穴をピクピクさせている


もう、それが面白くて、目薬を差し終えた谷やんにひとこと、言わずに居れなくなった


「お前さ、ずっと鼻ピクピクさせてるから目薬で興奮してるみたいやったで」


「えっ、マジっすか・・・っていうかなんで皆、そんな、俺の目薬に注目するんスか!」


「面白いからだよ笑」


数日後。


目薬を取り出した谷やんが、自分の机を離れて打合せテーブルに向かう


ああ、注目されるから嫌なのか


人知れず離れて目薬差しに行くって、仲間に知られずひっそりと死に行くゾウみたいやな


遠く離れた打合せテーブルの椅子に座り、皆に背を向けて目薬を差し始めた谷やんをそれとなく観察していると


こちらからは良く見えないが・・・

どうやら、右手で目薬を差しながら、左手で鼻を摘まんでいるように見える


そして


「んはぁっ、息できん」


椅子の背に預けた身体を起こし、ハァハァ言っている


こいつ馬鹿か・・・


口をへの字に結んだまま、鼻も摘まんでいたらしい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る