第200話 魚屋にて
皆さんは「役割語」というものを御存知だろうか
わかり易く言うと以下のようなものである
「そうよ、あたしが知ってるわ」
「そうじゃ、拙者が存じておる」
「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」
「そうあるよ、私が知ってるあるよ」
「んだ、おら知ってるだ」
それぞれ、女の子・お武家様・お嬢様・偽中国人・田舎者、である
日本語圏で育つと、おのずと言葉使いによって、相手の立場や属性の想定ができる
なので映画の吹替や翻訳においても、役割語を使い、キャラの色分けがなされている
・・・まあ実際そんな極端な話し方はしないんだけど。
さて。
仕事柄、時間があれば鮮魚コーナーや魚屋に立ち寄ることが多い
今の(この地方の)旬の魚はなんだろう?水揚げ場所は何処だろう?価格は?
そういったことが気になるのだ
あと、パン屋さんに入ると匂いでテンションが上がるのと同じくらい、魚を見るのが好きなのだ
近所の魚屋などに行く時は、特に着飾らない
ジャージに突っ掛け履いて部屋着のまま赴く、みたいな感じだ
そんな格好ではあるが、魚を見る目だけは鋭いはずなので、同業者が目利きしているとでも思われているのか、あまり声は掛けられない
ところが、ちょっとした外行きのカジュアル姿になると「まいど!大将!」と呼ばれる
なぜ「大将」なのかよく分からない
どういう基準なんだろうか
そもそも「大将」って、「裸の大将」とか「いなかっぺ大将」(古いな・・・)、歌なら「のろま大将」とか?
なんか間抜けな印象なのだが・・・(店のオーナーの意味で使われる「大将」は、また別の話)
「どや、ええ魚、入っとるけ?」
大将の役割語としてはこんな感じか。
これが、スーツでビシッと決めていれば「良いの入ってますよ!社長!」に格上げされる
先日のこと。
大阪の、とある鮮魚コーナーで立ち止まり、いつもの様に魚を眺めていると(スーツ姿で)、奥から60過ぎのオバちゃんが出てきた
「社長!これ!ブリ!宮崎のブリが良いんよ〜」と話しかけてきたので
まさに社長っぽく、キメた感じで
「ああ、確かに丸々と太ってて、脂も乗ってそうだねぇ」と言うと
「ちょっと!社長さん!"イケボ"やねぇ〜!嫌やわぁ惚れるわぁ〜」と持ち上げてくる
「そうですか?あのね、ブリも良いんだけど、この大アジ3匹、頂けるかな?」
「おおきに!どうする?下ろす?あっこのまま?じゃあ社長さん、ほん〜まにイケボやから、もう、これも付けとく!」
サザエを3個、足してくれた
「嬉しいな!ありがとう!」ニコリと微笑むとオバちゃんは
「ホンマに社長さん、イケボやわぁ〜」
そう言いながら、アジとサザエを持って奥へと消えていった
このやりとりを隣で聞いていたお爺さんが、突然
「お兄ちゃん、そのいけぼうちゅうのは、流行りなんかい?」と話しかけてこられた
(俺はイケボのことを訊かれたと思っている)
「う〜ん、流行というか、どうなんですかね?」と答えると
お爺さんはじーっと俺の頭から爪先を見渡して「忙しいんでっか、やっぱり」と訊いてくる
「(何でそんなことを聞く?)いや、まあ、ぼちぼちですね」
「・・・ああ!あれか、あの人・・・え〜っとほれ、裕次郎みたいな!」
「(ん?イケボが?)ああ、そうですね、あの人なんか当にそうですね」
「ああ〜そうでっか〜、そしたらやっぱり大阪府警?」
「・・・は?」
そうこうしていると奥からオバちゃんが「お待たせしました〜」と、アジとサザエを入れたスチロール容器を持ってきてくれた
ちょうど同じタイミングでお爺さんの側に、お連れであろうお婆さんがやってくる
「じゃ、どうも」そう言って立ち去る俺の背でお爺さんが
「かあさん、あの人な、刑事さんやて!府警の。ワシ初めて見たわ。」
「刑事さん?!刑事さんて・・・刑事さん?なんで魚屋に?」
「さあ〜、そらぁ聞き込みとちゃうの」
俺はなんでその役割を与えられたのだ・・・
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