第26話 下手なウソは回り回って重なり合う。

 それは、ある日の夕方のことだった。哲二は、一人で本屋に来ていた。

 割と学校をサボることもあった為、教員の心象は最悪である。従って、成績で挽回するしかないわけだが、それは二学期以降になる。

 その為、今のうちに予習する為、参考書を買うためだ。なんていうか……本当にやることなすこと、全てがヤンキーっぽくない男である。

 さて、そんな哲二が本を選んでいる時だった。聞き覚えのある声が耳に届いた。


「久しぶりね、祐之介さんと本屋さんに来るのも」


 聞き覚えはあるが……その声から発されている口調に違和感しかない。


「だな。まぁ顔合わせること自体が久しぶりだし」

「ふふ、そうね。と言っても……春休み以来でしょう?」

「四ヶ月も空いてりゃ久しぶりってモンだろ」


 思わず隠れてしまった。別の本棚の列に。全然、自分と関係ない「基本情報技術者」の参考書を立ち読みするフリをしながら、ふと二人の顔を見る。


「ごめんね、私の受験対策選びなんかに突き合わせちゃって」

「別に良いわそんなん。良い大学行かねーと、おばさんが怖いんだろ?」

「うん」


 やはり……小野朱莉。そして隣には、見覚えのない男が一人。大学生くらいだろうか? イケメンだ。

 まさか……彼氏か? と、少しドキッとすると同時に、胸の奥が痛む。

 というか……まさか、大学生と付き合う高校生が実在するなんて夢にも思わなかった。


「……いや」


 まだ分からない。悲観的になっても良くない。そもそも、あの二人が並んで歩いている所を見る限り、恋人にしては距離がある。

 それよりも、だ。どちらかというと朱莉の口調がとても気になる。普段の砕けた感じとは違う……お淑やかな感じ? それが素なのだろうか?

 そんな時だ。スマホが震えた。四人のグループに、緋奈からメッセージが届いた。


 ヒナ『【急募】盛夏祭参加者募集。8月6日〜8日の3日間。行ける日を指定して返信、お願いします☆ 一番、返信が遅かった人は当日、たこ焼き奢りで』


 との事だ。たこ焼き奢り……まぁそれくらい別に良いし、朱莉も来るならわざと返事を遅らせても良いかもしれない。


「あら、メッセージが届いたわ」

「誰からだ? ……友達?」

「ええ。……ふふ、緋奈さんらしいわ。お祭りに行く人、募集してくれているわ」

「ふーん……ま、なんでも良いが、9日はダメだぞオイ」

「分かっているわ。祐之介くんと、お祭りだものね?」

「ああ」


 グシャッ、と顔を隠していた参考書を握り潰してしまう。あの野郎、既に朱莉と約束済みだと……? と、苛立ちが強くなる。

 なんだあの男……夏休みに年下の女の子を侍らせてお祭り……まさか、本当に彼氏か?

 ちょっと苛立ってしまう。


「ていうか……空いてる日ないなー。その前の日とも予備校で夏期講習だし……はぁ、断らないと」

「ドンマイじゃん。ま、しゃあねえよ」


 えっ、しかも一緒に行く日ないの? と、さらに焦りが出てしまう。

 そんなに厳しい親なのだろうか? 基本、自分の家も、ついでに緋奈の家も放任主義なので、あまりピンと来ないのだが……。

 なんて思っていると、すぐにまたメッセージが届いた。


 AKARI☆『ごめん、アタシは三日間とも無理』


 ……疑っていたわけではないが、本当にダメなんだ……と、ため息が漏れる。行きたかった……。

 いや、その前に、だ。そもそも隣の男との関係を知りたい。

 どうにかして調べたいが……そもそも今、盗み聞きしている現状は良くない。知られるわけにもいかないから。

 こういう時、頼りになるのは……やはりあいつだろう。

 その男に電話を掛けた。


『もしもし?』

「タツキか、テメェちょっと知恵貸せコラ」

『何? 宿題?』

「や、それはもうほとんど終わってるからいい」

『じゃあ何、エロ本でも買うの? 俺嫌だよそんな手伝いするの』

「違うっつーの」

『もしかして……』

「いいから黙って聞け」


 なんか今日テンション高いな、もしかして良いことでもあったのか? なんて思ったが、自分には聞きたい事はあるのでスルー。


「調べてェことがあンだよ。小野の事について」

『何、ストーカーでもすんの?』

「違ェ。祭りの断りの連絡、来てンだろ」

『来てるけど……え、遊びの予定断られて調べたがるって……病んでるの?』

「だから違ェ!」


 本当に素直な奴は腹が立つ。言えばこちらが腹を立てることくらいわかるだろうに。


「……その、なンだ。あいつに彼氏がいンのか、あとやたらと口調が変わンのはなンでか、とか……その辺が知りてェンだよ」

『だからなんでさ。裏で調べようとしないで普通に聞けば良いじゃん』

「そ、そりゃそォだが……」

『え、何。好きなの?』

「直球かよテメェは!?」

『あ、そうなんだ……』

「何も言ってねェだろまだ!」

『じゃあどっち?』

「………好きっちゃあ好きだが……」


 いや……バレる覚悟はしていたので、そこは良い。……死ぬほど恥ずかしくはあるが。


『ふーん……つまり、好きな子に彼氏がいるかどうかを聞くのが怖いってことか』

「う、うっせェな! 初恋もまだそうなお前にンな事ァ、分析されたかねェよ!」

『意外とウブなんだね』

「ぶち殺すぞクソガキ!」

『同い年』


 こいつには本当にムカつかされる。


『まぁ分かったよ。俺とか上野から色々探ってみる』

「マジか。悪……いや、上野は絡ませないでくンない?」

『え、なんで? 別に良いけど』

「揶揄われるからだ」


 というか、そのくらいわかってほしい。あの女とは相変わらず犬猿の仲。弱みを見せるつもりはない。握るつもりはあるが。


『じゃあ、ちょっと待ってて。いったん、切るから』

「ん、おお……え? なンで切る必要が……」


 が、聞こえなかったようで切られてしまった。まぁ、頼んだ以上は致し方ない。素直に聞いて黙って待機した。

 そんな時だ。朱莉が「あっ」と声を漏らした。


「ごめんなさい、祐之介さん。お友達から電話かかって来てしまったわ」

「おう。待ってるわ」


 今、聞くんかい! と頭の中でツッコミを入れる。あいつは本当に素直だな! なんて思っている間に朱莉は電話に出るために本屋から出る。

 どうしようか一瞬、迷ったが、後を追った。盗み聞きがしたいんじゃない。あのバカカスが余計なことを言わないか不安なのだ。

 本屋の出口で耳にスマホを当てる朱莉……が、そこで問題が発生した。


「あ」


 手元の本、さっき握り潰してしまったし、弁償しないと……というか、このまま外に出るわけにはいかない。

 仕方ないので、急いでレジに向かった。


 ×××


「もしもし、大沢? どしたの、珍しい」


 電話に出た朱莉は、口調を砕けた感じにして応対する。

 樹貴の方から連絡が来る事は本当にあまりないことだ。まぁ、お祭りのことだろう、と察してはいるが……。


『聞きたいことあって。今、平気?』

「平気だよー。……あ、何。もしかして宿題でわかんないとこ……」

『ない。お前より勉強出来るし』

「遮るなし!」


 冗談のつもりでいったのだが、ムカついてしまった。この男、人を腹立たせる天才である。


「じゃあ何?」

『いや、小野って彼氏いるのかなって思って』

「………へっ?」


 なんで急にそんな話を? と、少し冷や汗を流す。らしくない話題を、らしくない奴が振ってきた。

 何故、そんなことが気になる?


「な、なんで?」

『気になったから』


 き、気になったって……え、ど、どっちのことだろうか? 朱莉の事が……ということか?

 やばいやばいやばい、と顔が赤くなる。好きな人に好きな人がいるかを聞く……それは少女漫画ではお決まりのパターンだが、まさか自分が受けるとは。

 いや……まだ決まったわけではない。


「な、何がなんで気になったの?」

『いやそんな哲学的な話は良いから早く答えて。……彼氏か、それとも好きな人か、いんの?』


 ご、強引だ……まさか、この男……自分がやっていた「オタクに優しいギャル作戦」にはまっていたと言うのだろうか……!?

 いや、だとしてもだめだ。樹貴には、緋奈がいるのだから。


「い、いる! 好きな人、超いる!」

『……あそう。誰?』

「えっ!?」


 誰って……一番、仲良い男子は樹貴か哲二だが……樹貴以外では哲二しかいない。

 まさか……こいつ、闇討ちでも仕掛けるつもりだろうか?

 いや、流石にそれはないだろうが……なんにしても、樹貴の好意はお断りしないといけない。

 その為にも……樹貴にも、同じような事を言わなければ。好きな人を諦める理由なんて一つしかない。


「え、えっと……後藤くんが好き!」


 友達が好かれていると知れば、諦める他ないだろう。そう思っての回答だった。


『あ、なんだ。そうだったんだ』


 あれ? なんか……思っていた反応と違う? と、小首をかしげる。


『てことは、今は彼氏いないってことで良い?』

「え、あ、うん……」

『了解。……なんだ、俺が口出すまでもないじゃん』

「へっ?」

『じゃ、また。……あ、そっちは俺に聞きたいことある?』


 聞きたいことって……恋愛的な事の話だろうか? とりあえず、樹貴が自分に好意を寄せていることに気がつかなかった体で続けて聞いた。


「ないし。あんた初恋とかまだでしょ」

『いや、そうじゃなくて宿題でわかんないとことか』

「ないしあってもあんたには聞かない!」


 電話を切ってやった。とにかく、良い仕事をした気分で、朱莉は本屋の中に戻った。


 ×××


 ふーむ、と樹貴は顎に手を当てる。まぁ好きな人が哲二と分かった時点で収穫はあったのだろう。後はこれを哲二に伝えれば良い。

 そう思ってスマホを取り出した樹貴だが、そのタイミングで緋奈から電話が掛かってきた。


「もしもし?」

『大沢ー! どうすんの?』

「何が」

『おーまーつーりー! 小野ちゃん来れないってよ?』

「来れないもんは仕方ないでしょ。三人で行こうよ」


 それ以外にどうすることもできないと思うのだが、一体どんな返事を期待していたのだろうか?


『えー……せっかくのお祭りなのに……気になるじゃん』

「1、2日目は夏期講習で、3日目は前から約束してた友達と行くんでしょ? しょうがないじゃん」

『そ、それはそうかもだけど……そもそも夏期講習のタイミング早すぎじゃない?』

「だから……いや、まぁ良いか。そんなに気になるなら、声かけてみれば?」

『えー……しつこく誘うと嫌われるし……』

「なんでじゃあ俺に電話かけて来るの」

『えっ? い、いやそれは……まぁ、その……』


 なんか歯切れが悪くなった。ついでだし、聞いてみようか。


「そういえばさ、さっき……ちょうど俺も小野と話してたんだよね」

『えっ、会って?』

「や、電話で」

『あ、そ、そっか……』

「ていうのも、後藤が小野のこと好きみたいでさ、好きな子いるか聞くように頼まれたんだよね」

『ブハッ!』


 なんか吹き出された。……というか、今思い出した。


「あ、あとなんか口調が変わるとか言ってた理由聞くの忘れた。割と察してはいるけど」

『あ、あいつ……何乙女みたいなことしてんの……!』

「聞いてる?」

『聞いてるけどちょっと待って、一旦笑わせて……! あっはっはっはっ!』


 こいつ、本当に哲二が相手になると性格悪くなるのな、と普通に引いた。この前、とても樹貴のためにグリズリーで色々、尽くしてくれた人と同一人物とは思えない。

 笑いに満足したのか、改めて緋奈は自分に続きを促してくる。


『……で?』

「あ、うん。まぁでも、小野も後藤のこと好きらしいから、早くのこの電話を切ってそれを教えてあげたいんだけど……」

『ちょっと待って今なんて?』

「あーもうっ、話進まないんだけど」


 ていうか、さっきまでの笑ってたのが嘘のように冷たい声音が返ってきた。


「や、だからそれを教えてあげようと」

『その前』

「早くこの電話を切って……」

『そのセリフ、二度と吐かないで。泣きそう。……っていうか、もっと前!』

「もっと…… 来れないもんは仕方ないでしょ。三人で行こうよ」

『どんだけ巻き戻ってんの!? VHSかあんたは!』

「はい問題、VHSはなんの略称でしょうか」

『一々、雑学クイズ出すのやめろし! イラっとするから!』


 つまり……その後の方、ということか。いや、分からん。割と長く話していたし。


「で、結局何が聞きたいの?」

『小野ちゃんが後藤を好き!?』

「え? らしいけど?」

『嘘!』

「嘘か本当かは知らんよ。本人が言ってただけだし」

『じゃあほんとじゃん!』

「いや本人が言ってることがほんとなら、世の中に詐欺師はいないでしょ」


 なーんか、嘘っぽいなーと思わないでもない。あの恋愛経験なさそうな女が、あっさりと男を好きだと認めるとは思えない。

 とはいえ、あの場で哲二を好きだと言う理由も分からないが。


『ちょっと小野ちゃんに聞いてくる!』

「どうぞ」

『あとわかってると思うけど、それあんたまだテツに言わないように!』

「? なんで?」

『当たり前でしょ! そのまま付き合っちゃうかもしれないんだから! ……いや、そうじゃなくても言うな! 人の一世一代の告白を代行しちゃダメだから!』


 それだけ話して、通話が切れた。なんか……よく分からないけど、なんかよく分かんない感じに良くないことになってしまっている気がしてならなかった。

 さて、その直後だ。今度は哲二から電話が来た。


「もしもし?」

『俺だ』

「俺に、折田なんて友達はいない」

『非通知じゃねェンだから、名前表示されてンだろ!』


 もっともである。前々から思っていたが、こいつのリアクションは緋奈のリアクションと似通っている所がある。早い話が、面白い。


「で、何?」

『……なンて言ってた?』

「何が?」

『分かンだろ。……小野だよ』

「え? あー……」


 言うなって言われたし……でも、嘘はつきたくない。……ていうか、なんで自分が恋愛だのなんだのに巻き込まれないといけないのか。適当で良いや、と思い、続けて言った。


「好きな人いるって。彼氏はいないけど」

『アア!? だ、誰だコラ!?』

「教えない」

『喧嘩売ってンのかコラァッ!』

「売らないよそんなの。勝てないし」

『だから教えろってンだよ!』

「ダメ。口止めされてるから。自分で考えなよ」


 と言うより、本当かどうかも分からないし、言うわけにはいかない。

 ていうか、面倒だしもう切っても良いだろうか?


「もういい?」

『ま、待てっつーの!』

「なーんーだーよー。もううるせーなーうるせーなー。まだ晩飯も食ってないんだけどなー」

『せ、せめてヒントだけでもくれ!』


 わかったわかった、としんどくなってきたので、適当に言っておくことにした。


「学校の奴」

『学校のって……あいつが学校で絡んでる男子っつったら……』


 自覚したのだろうか? したのなら、もういいだろう。


「……じゃ、電話切るよ」

『……オウ』


 そのまま電話を切った。やっと今日は休めそうだ。


 ×××


「もしもし?」


 電話がかかってきて、朱莉が返事をする。緋奈からの電話だ。


『テツのこと好きって本当!?』

「……」


 大沢ァッ……と、奥歯を噛み締める。あいつ早速誰かに言ったのかよ……本当ぶっ飛ばしてやりたい……と、怒りが一気に沸騰する。

 だが……言えない。樹貴が自分のこと好きかもしれないから、嘘をついたなんて口が裂けても。

 いや、まぁ……その、今のところ、過去に会った男子の中では一番好きなのが哲二ではあるのだが。

 とりあえず……どちらかと言うと樹貴の方を隠すために言うことにした。


「……ほ、ほんとだよ……」

『やめときなって! あんなバカ男! 小野ちゃんと合わないから!』

「……」


 ちょっとむすっとしてしまった。自分でも何故かはわからないけど……ああ見えてあの人は優しいし、頼りになる。ゲーセンで取ってもらったハボック水鉄砲は大事に飾ってある。


「そんなことないよ。割と優しいし、女の子には手をあげないし、少なくとも大沢よりは頼りになるもん」

『……は? 大沢のが後藤より下って言いたいわけ?』


 そんなつもりはないが、少なくとも自分にとっては樹貴より上だ。


「別に上下うえしたつけたいわけじゃないけど……」

『大沢だって、頼りになるし。宿題とか見てくれるし、バイトも覚えが早くてむしろアタシが教わることのが多いし』

「それは先輩としてどうなの……」

『う、うるさいから!』


 まぁ、そういう意味では頼りになるのかもしれないが……なんか違うと思う。

 異性間での頼りになる、と言えば、バイトとか勉強ではなく、デートだろう。


「ていうか、デートに行く時とか毎回、倒れられたらむしろ頼りになんてならなくない?」


 今度は向こうがむすっとしたのか、少しだけ黙り込んでから声をかけてきた。


『そういうの、適材適所でしょ。体力ある方がない方に合わせてあげれば良いんだから。その分、勉強はアタシがカバーしてもらうから』

「後藤くんは別に頭悪くないから、アタシが教えてあげるまでもないんだよなー。お互いに普通に勉強出来て、普通に遊べるから」

『……』

「……」


 少しずつ険悪な空気になっていくが、折れるつもりはない。幼馴染だからって、普段の喧嘩を眺めるだけならともかく、こっちが好意を持っていることを全力で止められる謂れはない。


『もういい。お祭りのことも話したかったけど、勝手にすれば?』

「あっそ。もう知らなーい。どうせ何話されたって行けないし」

『てか夏期講習って……夏休みの過ごし方それで良いの?』

「そっちこそ頭悪いんだから休みの間も勉強したら?」

『……は?』

「……もういい。切る」


 そのまま電話を切ってしまった。

 切ってから……思った。なんで自分は、後藤を悪く言われた程度でこんなに機嫌を悪くしたのか……。

 悪いことしたかも……と、少し項垂れてしまう。しかも……少なくとも今週中は顔を合わせる機会はない。


「……はぁ」


 せっかく出来た友達だったのにな……と、朱莉はため息をつきながら、とりあえず一緒にいた祐之介に合流しに行った。


 ×××


 家にいる樹貴は、妹と一緒に食事。ようやく、飯にできる。緋奈と別れて家に帰ってきて、電話に電話が重なってようやく飯を作り始められた。


「美鳥、飯できた」

「はーい。カレー?」

「簡単だけど」

「全然、良いよー! 兄ちゃんは何作っても美味しいし!」

「はいはい」


 本当は、樹貴としても肉料理が食いたかった。ガッツリした唐揚げとかハンバーグとかそういう系。

 けど、なんかそこそこな長電話を三回もさせられた挙句、時間がなくなってしまったのだ。二回目なんて電話しながら料理までしてたし。

 まぁ、でもそれもこれまでだ。ようやく食事。お腹空いたものだ。

 お皿に盛り付けたカレーを運んでもらい、スプーンも運び、手を合わせた。


「じゃあ、いただきまーす!」

「いただきま……」


 直後、ヴーッヴーッとスマホが震える音。樹貴が顔を向けると、スマホが震えている。そして名前は「ヒナ」の文字。


「……」

「兄ちゃん? 電話?」

「……ああもうっ、ホントなんなん今日は……」


 せっかく、お昼は楽しかったのに、またである。シカトしようかとも思ったが、そこまで薄情にはなれなかった。

 でもまぁ、飯前と言えば向こうも少しは遠慮するだろう。


「先食ってて。すぐ話打ち切ってくるから」

「はーい。いただきます」


 美鳥にそう告げてから、樹貴はスマホを持って電話に出た。


「もしもし。晩御飯何度も延期されてる大沢に何か?」

『ゔああああああああ!!!!』


 怪獣の鳴き声のような泣き声が聞こえてきた。耳から脳内に響いて爆散するかと思ったような声音に、耳からスマホを離してしまった。こんな漫画みたいなリアクション、初めてとる。


「………何?」

『小野ちゃんとっ、ぐすっ……喧嘩したあああああああ!!!!』


 長くなりそうになるのを覚悟して、とりあえずリビングから出ていった。


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