イベントは発生するものではなく起こすもの。

第21話 夏休みだからってエロいことは起こらない。

 夏休みも残り僅か……だが、それに伴い近づいてくる一大イベントがある。……そう、期末試験だ。

 さて、今回も勉強会の依頼を樹貴と朱莉にした緋奈は……それはもう、苦戦しておった。


「いーやー! もう無理ー!」

「ダメ。一度引き受けたからには是が非でもダウンはさせない。文系科目70点、理系科目と英語はまた50点以上……意地でも取らせる」

「……スゲェなあいつ……金もらってないのにあの責任感……」

「ね。緋奈さんもやめとけばよかったのに」


 外野がうるさいが、仕方ないのだ。どうするのか聞かれて、ちょっと何を浮かれていたのか、頷いてしまったのだから。


「ていうか、大沢こそちゃんと勉強してんの?」

「お前と一緒にしないで。俺は家で勉強してる」

「ホントにー? じゃあ問題」

「俺に問題出さなくて良いから、自分でやって。それで俺が答えたのをノートに写しても無駄だから」

「……」


 だめだ、バレてる。仕方ないので、自分も大人しく勉強をすることにした。

 そんな中、向かいの席で哲二が朱莉に声を掛ける。


「にしても、ホントに意外なモンだな。まさか、上野が勉強やる気になるとは」

「なんで? そんなに酷かったの? 昔」

「まぁ昔からバカだったからな。勉強アレルギーなの? ってくらい勉強しなくて、小学生の頃は毎回、先生に怒られてた」

「うわぁ……小学生の女の子で頭悪い子って、アタシはあんま見たことなかったんだけど……」

「そこ! うるさい!」


 なんで目の前でそう言う話をするのか。ていうか、特に哲二は人のプライベートを平然と話すのはやめて欲しいものだ。


「そうだよ、二人とも。俺は上野の成績を預かってるんだから、邪魔するならご両親の田舎に帰って」

「なンでわざわざそこまで帰る必要があンだよ!」

「嫌なら黙って」

「っ……チッ、相変わらずムカつく野郎だぜ」

「ハハッ、ザマーミロ」

「上野も集中して。一々、観客席の野次なんて気にしてたら、強打者にはなれないよ」

「うぐっ……わ、分かったし……」


 黙らされて、勉強を進めたが……やはり、集中出来ない。頼んでおいて申し訳ないが……この前のようにグリズリーに行ける、みたいな目標がないから、モチベーションが上がらないのだ。


「ね、大沢」

「今度は何。勉強に関係ない事だったら、今日やる量倍増やすよ」

「大丈夫、あるから。……勉強のモチベーションのためにさ……目標達成したら、っていうのが欲しいんだけどな〜?」


 例えば……夏だしお祭りとかプールとか。一緒に行ければ何でも良いので、とりあえずお願いしてみた。

 しかし、樹貴は相変わらず何もわかっていない表情で聞き返してきた。


「自分で決めれば良いじゃん。なんで俺に振るの?」


 ……それもそうだった。グリズリーだって自分で決めてた。

 いや、でもなんかこう……一緒に行く的な感じのを期待していたんだけど……ダメだろうか?

 少し不安になっていると、哲二が提案した。


「なら、お前ら二人でデートでもするのをご褒美にすれば?」

「は!?」

「……え、なんで?」


 こいつはいきなり何を言い出すのか。と言うか、そんなこと言ったら樹貴に何もかもバレてしま……いやバレると言うか好きであると勘違いされてしまうのでは……!

 朱莉も興味を持ったのか、瞳を輝かせながら顔を上げた。その「面白くなってきた!」みたいな顔はやめてもらいたい。


「そっ、そそそっ……そんなの全然、ご褒美にならないし!」

「ていうか、ご褒美に俺を使うのやめてくんない? なんで勉強を教えた挙句、俺がご褒美をあげました、みたいな感じにしないといけないわけ?」


 んなっ……と、緋奈は樹貴の方に顔を向ける。


「え、あ、あんたアタシと出掛けんの嫌なワケ?」

「俺、基本夏休みは出掛けたくないんだよね。外出ると三回に一回は熱中症になるし」

「あんた何が楽しくて生きてるの?」

「ゲーム、スマホゲーム、漫画、本、アニメ、勉強、料理、掃除」

「家をフル活用して満喫してる!? ていうかゲームとスマホゲーム一緒だし!」

「違う。その二つは別口」

「ゲーマーの価値観なんて知るかっつーの!」


 もはや専業主夫のような生き方で困る。何故、自分はこんな男に毎回、心動かされているのか。

 少し眉間に皺を寄せている時だ。


「で、まぁご褒美があった方がやる気出るのはわかるから、何が欲しいの?」

「え……な、何かくれるの?」

「別に出掛けるんでも良いよ」

「あれ!?」


 良いの? と、眉間に皺が寄る。アレだけ嫌そうにしてたくせに。……ちょっと嬉しくて困る。自分は本当に簡単な人間だ。


「出掛けるんなら、小野と後藤もいた方が良いでしょ」

「えっ」

「俺と二人で出かけても困るでしょ。俺、ダサいし」

「そんなに引きずらなくて良いからそれは!」


 でも前の私服は本当にアレだったのでそこは改善して欲しい。……まぁ、もっとも無理だと思うので自分が面倒を見てあげるしかないわけだが。


「そんなの、またアタシが見てあげるし。だから、別に二人でも全然……」

「二人でも良い、ってことは二人じゃない方が良いんでしょ?」

「っ……」


 こ、い、つ、は〜……! と、顔が真っ赤になる。怒りと羞恥がせめぎ合い、もう普通に殴り飛ばしたくなるくらいだ。

 こうなったら仕方ない。もう恥を忍んででもはっきり言ってやったほうが良い。


「二人の方が良い!」

「お、おう……じゃあ、それならそれでも良いけど……」

「よしっ、きまり!」


 やっと首を縦に振ったこの野郎。さ、改めて勉強……と、思ったところで気がつく。なんか……いつのまにか自分も二人で出かけることが目的になっているような……。


「っ〜〜〜!」

「え、どした?」


 ゴンっ、と机に頭突きするように倒れ込む。もう今日は勉強に集中出来ないかもしれない。


「ぷはっ……!」

「っ……!」


 笑いを堪えている幼馴染がムカつく。やはり、こいつとまた改めて友達になってもムカつく事には変わりない。


「死ね!」

「嫌だわ」

「ご褒美決まったんなら勉強して」

「うぐっ……!」


 そのまま勉強させられた。


 ×××


 さて、それから二週間と三日後。放課後になり、教室の真ん中で緋奈と朱莉はハグしていた。


「目標クリアーーーー!」

「おめでとー!」


 無事に設定した目標点数を終えた緋奈は、朱莉とハイタッチする。

 いや、やりきった、と言う感じが最高だ。たまに勉強するのも悪くない感じがする。

 ホッと胸を撫で降ろしながら、緋奈は近くにいる樹貴に声を掛ける。


「見た? 大沢! クリア!」

「ああ、頑張ったね。おめでとう」

「ーっ……!」


 こいつ……と、頬が赤くなる。そうだった、基本は素直だから、褒めてくれるんだった。

 でも……不思議だ。前は褒められてもここまで嬉しく感じることなんてなかったのに……。


「っ……あ、ありがと……ま、まぁアンタのおかげなこともないわけでもないわけで……」

「いや、半分は俺のおかげでしょ」

「あんた謙遜って言葉知ってんの!?」

「謙遜……分かった。じゃあ純度100%でお前の頑張りだよ流石おめでとう」

「嘘嘘! やめてその持ち上げ方アタシが悪かったです!」

「そうでしょ?」


 うん、まぁこの正直な男に謙遜なんて似合わないし無理である。


「よーし、じゃあ今日はご褒美かな?」

「うっ……な、なんか改まって勉強でご褒美とか言われるの恥ずかしいんだけど……」

「そりゃ、高校生にもなって自分で勉強も出来ないってことだからね」

「うがっ……! そ、そう言うことをはっきりと……!」


 本当に性格が悪い。本当のこととはいえ、そこまでハッキリ言わなくても……と、ため息が漏れる。

 その直後だった。肩を落としている緋奈の後に続けて、樹貴は微笑みながら告げた。


「だから、今から覚えれば良い。人生、いつから勉強を始めても良いものだから」

「っ……」

「わぉ……や、やるじゃん……」


 朱莉までもが頬を赤らめて感心する。やるじゃん、じゃないよ、と思っても口に出す余裕はなかった。


「じゃ、アタシは先に帰るね! 後藤くんも! 二人で帰ったら?」

「ちょっと待って! 何その気遣い!? いらないから……!」

「いいからいいから。頑張って?」


 そのまま朱莉はウインクしてから、哲二の方へ走っていった。

 いや、ほんとに違うからやめて欲しい。別に自分は樹貴のことが好きとかはないのだから。いや、まぁ確かに今まで出会った男性の中では一番好きな方なのだが……。


「も、も〜……」

「お前、何を勘違いされてんの?」

「何でもないからあんたは気にしないで」

「よくわかんないけど、違うものは違うってはっきり指摘した方が良いよ。勘違いがずるずると先に引きずられる前に」

「ご忠告どうも……」


 だが……勘違いとあながち言い切れないのだから困っているわけであって……。

 まぁ、でも今はとりあえず考えないことにして、遊びに誘うことにした。


「じゃあ、行こ?」

「何処に?」

「ご褒美」

「え、いまから?」

「ダメなわけ?」

「ダメじゃないけど」

「バイト代入ったんだし、行けるでしょ」

「まぁ……」


 ……ま、いっか、と樹貴は頷いてくれた。


「で、どこ行きたいの?」

「放課後だから……そうだな。買い物」

「俺荷物持ちとかしないよ」

「あんたに荷物持たせるほど非力じゃないし」

「あそう」


 今にして思えば、妹があそこまで兄に対して過保護になるのもわかる気がするほどには、この子は弱々しい気がする。


「で、何を買いに行くの?」

「あんたの服」

「え……な、なんで?」

「これからたくさん、遊びに行くし、ダサい格好はさせられないでしょ」

「え……たくさんって、そんな行くの?」

「もちろんっしょ。せっかくの夏休みだし」

「意識高い連中は、高二から受験対策してるけどね」


 そのセリフ、いつか聞かされると思っていた。でも残念ながら、反撃の手立ては考えておいた。


「それ、先生も結構言ってたけどさー」

「何?」

「勉強ばっかして良い会社に就職とかどうしても、その前に必要な他人との遊び方とか身嗜みとか、そう言うのは身に付かなくね?」


 樹貴を見ていると、特にそう思う。勉強は出来るかもしれないが、余りにもコミュニケーション能力や身嗜みなど、仕事ができるできない以前の、人と上手くやるためのスキルが欠如している。

 自分が言わんとすることをすぐに理解したのか、樹貴は顎に手を当てる。


「……そんなに私服ダサい?」

「私服だけじゃなくてだけど……まぁ良いや」


 とりあえず、そこからだ。髪型ひとつ取っても、今は優等生の髪型だし、面接でも問題ないだろう。

 でも、舐められそうだ。何故なら、その面接で問題ない髪型をしている教員は誰一人としていないから。これはつまり、社会に出たら必要以上に整った上方をしていても仕方ないと言うことだろう。

 少なくとも、学外では一々、高速を守る必要はない。


「とにかく、私服と頭からアタシが直してあげる」

「頭を治されるべきはお前でしょ」

「中身じゃなくて見た目!」

「自分の中身がダメになってる自覚はあるのね」

「っ……あ、あんたはホントにそういうとこ!」


 本当にムカつくものだ。本当の事でも、もう少し遠回しな言い方で、相手をムカつかせないように言うべきだろうに……。


「ま、とにかくカッコ良くしてあげるから」

「……まぁ良いか。よろしく」


 そのまま、二人で出かけた。

 学校帰りにクラスメートと買い物……中々、悪くない。それも、異性と。他の異性なら「触ったら殺す」となるが、樹貴ならむしろ手を繋いであげないと危ない気さえする。まぁ実際に繋がたいと思うわけではないが。


「でも、服かぁ……なんか、あんまり着飾るのって得意じゃないんだよね」

「着飾るって言い方をするからでしょ。自分を良く見せるって言ったら?」

「うーん……まぁそうかもね」


 良く見せる事は悪いことではない。人は見た目ではない、と言っても、他人に自分を良く見せようとするのも立派なその人の中身を示すものである。

 自分を良く見せるだけでなく、一緒にいる人のことも考えている、と思われるかもしれない、という中身だ。


「……で、大沢。前に服買ってあげたわけだけど、なんかアレから自分で調べたりしてんの?」

「まぁ、コンビニでたまに立ち読みする程度には」

「なんか着てみたい服とかあった?」

「あんまりかな……というか、やっぱり俺の身長だとモデル誌は当てになんないよ」


 それはあるかもしれない。好きな服を着れば良い、にも限度はあり、樹貴に足の長さが際立つスラックス、など履かせても絶対に似合わない。樹貴は足長くないから。


「……ま、アタシもこう……改まって男の子のコーデすんの初めてだから」

「いや、俺がするよりは全然、良いと思うから良いよ」


 こういうとこ、助かる。たまに頼んでくるくせに文句を言う奴もいるから。


「じゃあ、行こっか」

「うん」


 そのまま少し遠くにあるアウトレットに向かった。


 ×××


 なんか、ドキドキする……なんて、緋奈は胸を高鳴らせながら、アウトレットを樹貴と歩く。

 気になるのは……周りの視線。何故か「他人から見たら、自分達は恋人に見えているのだろうか?」なんてことが気になる。

 何せ、デートなのだ。これは。普通に男女が並んで街を歩いている……これをデートと呼ばずして何と呼ぶ? というくらいの立派なデート……だからこそ、ちょっと恥ずかしさもあったりなかったり。

 だけど……自分だけ恥ずかしがっているのも割と納得いかなくて……。

 ……ここは少し、ギャルとして足らさせてやらないわけにいかない。


「お、お、さ、わ☆」


 声をかけながら、横から腕にしがみついてみた。胸も当てているし、今日は香水もつけてるし、ドキドキさせている……と、思い顔を覗き込むが……真顔で睨み返してきた。


「……暑いんだけど」

「……」


 こいつは本当に人間の三大欲求を持ってんのか! とツッコミを入れたくなる程の塩対応だった。


「そ、それだけなワケ!? もっと言うことあるでしょ!」

「言うこと……胸を押し付けるとかは、大きい奴がやらないと効果ないよ、とか?」

「っ〜〜〜! デ、リ、カ、シ、ィィイイイイ!!!!」

「いやそっちが勝手に押し付けてきたんじゃん……」


 そっちの言い分など無視だ。両手で樹貴の頬をぐいーっと引っ張り回す。


「いふぁふぁふぁっ……は、はなふぇっ……!」

「あんた、本当なんでそうなの!? もうっ!」


 ビンッと引っ張り回した手を離してやった。ドシャッと尻餅をつく樹貴。ホント、弱々しい生き物である。……ちょっと強くやりすぎたかな、と思わないでもないが。


「ご、ごめん。平気?」

「平気? じゃないよ。急に癇癪起こすなよ、子供か」

「なんっ……! い、いや……そうかも、だけど……!」


 確かに、急にくっついて悪いことをしたのは自分だが……にしても、やはり言い方ってもんが……いや、やはり確かに自分が何か言えた立場じゃない……。

 少し項垂れてしまうと、その緋奈に隣から樹貴が声を掛けた。


「それに、あんまり男にベタベタくっつかない方が良いよ。ビッチに見えるから」

「は!? ……あ、いや……うん」

「俺は気にしないけど、他の奴にはやらないように」

「え……」


 今の……聞き違いだろうか? 少なくとも緋奈には、その……「俺以外にそういう真似するな」と聞こえた。

 も、もしかして……独占欲的なものを発揮してくれてる……?

 ゴクリ、と喉を鳴らしてから、勇気を出して聞いてみることにした。


「そ、それどういう意……」

「あと後藤にやっても平気か。俺と後藤以外だな」

「……」

「いだだだ。ヘッドロックはやめて。泣いちゃうぞホント」

「知るかぁぁああああ」


 とにかく、ギリギリと締め上げた。

 軽いお仕置きを終えてから、改めてアウトレット内を見て回る。こういうところの服は高いのだが……まぁ、今日はとりあえずどんな服を着たら良いのかを選ぶだけだから、今は気にしない。


「大沢、気になるお店とかある?」

「あそこ」

「お、どこどこ?」


 指差した先に目を向けると、本屋があった。


「服じゃないじゃんアレ!」

「? ダメ?」

「何しに来たと思ってんの!? 普通に考えろっつーの!」

「じゃああの店」


 そう言いながら次に指差したのは、レゴブロックのお店。


「だから何しに来たか考えろ! てか本当に興味あんのかあれに!?」

「レゴで歌麿の美人画なら作ったことあるよ」

「どんな力作だし!? 今度見せて!」

「良いよ」

「よっしゃ……って、そうじゃなくて!」 


 いつの間にか自分までレゴに興味を示していたことに内心、気恥ずかしささえ覚えつつ、改めて怒鳴った。


「今日はそもそも何しにきたのか忘れたわけ!?」

「? 遊びに来たんでしょ?」

「そうだけど!? それが分かってて……あれ?」


 何も矛盾はない……? 確かに、友達と洋服を買いに行った時も、たまに全然関係ないジグソーパズルの店とか見かけた時に立ち寄ったりしてるし……樹貴が興味持ったお店に顔を出すのも、アリといえばアリなのかも……?


「わ、分かったよ……で、レゴだっけ?」

「いや、いいわ。服を見に行こう。あんま興味ないし」

「お願いだから一発殴らせて!」

「え、やだよ。てか、さっきからつねったりヘッドロックしたりされてるじゃん……なんで改まって殴られないといけないのさ」

「それだけの言動を繰り返してるからだし!」

「え、そう?」


 そう。そうなので一発ビンタさせて、と言わんばかりに指を鳴らして詰め寄る……が、樹貴も殴られたくないのでジリジリと退がった時だ。


「あ……」

「何?」

「あの洋服、良いかも」

「え?」


 反射的に樹貴が見ている方向を見る。そこにあったのは、マネキンが着ているレディースの服だ。短いプリーツスカートと白のTシャツ。確かに可愛い……が、女性服。

 まさか着たいの? 似合うかもだけど……いや、目を逸らして逃げるつもりか! と、理解して振り返ったが、樹貴は目の前にいる。


「え……あんたあれ着る気?」

「いや? お前に」

「へ……」


 思わず声を漏らして頬を赤らめる。なんでアタシの服なの……と、少し嬉しさが2割、そして喜んじゃってる自分への怒りが6割……あと、逃げられるんじゃないかと疑ってかかった自分への別種の怒りが2割だった。

 そもそも……あれが自分に似合うのだろうか? ちょっと自分が着るにしては幼すぎる気もする。その上、オシャレに微塵の興味もない樹貴が選んだ服だし……正直、半信半疑ではある。

 ……でも。


「……ほ、本当にそう思ってる?」

「いや実際に似合うかは知らんよ?」

「……」


 ……気まぐれとはいえ……た、樹貴が選んでくれた服だし……ちょっと、気になるかも……と、思わないでもないわけで。


「……着てみても良い?」

「良いよ。行こうか」


 二人でそのお店に向かった。相変わらず……その、何? 優しいのか優しくないのかわからない男だ。

 でも、前のグループに所属していた時によく愚痴られていたが、男は基本的に「どう?」と感想を聞いても「良いんじゃない?」としか言ってくれないらしい。

 だから、似合いそうな服を選んでくれるの、ちょっと嬉しい感じある。

 さて、そのマネキンが置いてあるお店の前に来たわけだが……そこで、樹貴は足を止めた。


「……いや、やっぱそうでもないかも?」

「はぁ!?」

「ちょっと清楚過ぎる気もするんだよなぁ〜……上野が着るのに」

「ど、どういう意味だし!? アタシまだ処女なんですけ……って、な、何言わせんの!?」

「いや勝手に言ったんじゃん。てか、別に処女だから清楚ってわけでもないと思うよ。コミケに参加してエロ本買ってる処女もいると思うし」

「こみけ……?」

「あー……エロ本マーケット」


 ホント言い返せない返しをしてくるものだ。なんでそんなスラスラと言葉が出てくるのか不思議な気さえする。


「うーん……でも、肌は隠れてた方が良いだろうし、やっぱ似合うか?」

「えっと……結局、どうすんの?」

「いやそれは上野が決めて。似合うかもって思っただけだし」

「……」


 そ、それはそうかもだが……まぁ、着てみよう。せっかく、樹貴が選んだ服なのだし、やってみるしかない。


「じゃあ……着る」

「わかった。いこっか」


 話しながら、二人で店内に入った。


 ×××


 ふぅ、と樹貴は一息つく。疲れた。歩くだけでも疲れてしまうあたり、確かに体力不足は感じる。

 でも、まぁそれは昔からなので仕方ない。それよりも問題なのは、今の自分のテンションだ。

 緋奈をからかって怒られて……少し楽しく感じている。前までは、他人を揶揄うなんてこともしなかったというのに。

 まぁ……単純に、反応が面白いからだと思うけど。


「……あの、お客様」


 そんな時だ。後ろから声を掛けられる。


「何か……お探しですか?」

「いえ? 人を待ってるんです」

「……お友達ですか?」

「はい」


 なんだ? と片眉を上げる。何が言いたいのか。


「当店は比較的、大人向けの女性をターゲットとしたお店です。お客様くらいのご年齢の女性はお越しにならないと思われますが……」

「もしかして、若気の至りのストーカーか痴漢だと思われてる?」

「……」


 失礼極まりねえなこの野郎、と頭に来た。


 ×××


 少し一息ついた緋奈は、鏡で自分の姿を見る。意外とこう言う服もありかも……なんて思う。あの子、意外と見る目はあるみたい……正直、背が高いから敬遠してたとこあるのだが。


「……よしっ」


 後は……これを、樹貴が褒めてくれるかどうか……ん? と、そこで小首をかしげる。

 なんで、自分はいつの間にか樹貴に褒められようとしているのか。しかも、わざわざ樹貴が選んだ服を好んで着ようとして……。


「〜〜〜っ!」


 恥ずかしさで、頬が真っ赤に染まった。本当、なんで自分はあんな男のために色々とやって上げようとしているのか。

 もう、バカなのか、それともまさか……いやそれはない。

 とにかく……落ち着かないと。ていうか、樹貴の服を買いに来たのに、なんで自分の服を選んでいるのか。


「っ……も、もう……」


 自分は一体、なんなのか。もうため息しか出ない。いつからこんなに……こう、なんだろう。樹貴に対し……従順? になったのか……。

 どうしよう、なんか正気に戻ってからは、少しお披露目するのが恥ずかしくなってきたかも……なんて、躊躇っている時だった。


「いや何回言えばわかんの? マジで同級生で高校生だから」

「あなたその顔で高校生は無理だって。可愛い男子が許されるのは中学までだから」

「本当なんだから仕方ないじゃん」

「じゃあ学生証見せて」

「やだよ。秋の個人情報収穫祭みたいなものを他人に見せるほど迂闊じゃないし」

「つまり、証拠が見せられないわけでしょ?」

「あんたが信じればそれで済む話なんだけどね。そもそもなんで俺が悪くない話に俺が損する形で終わらないといけないわけ?」


 ……なんか、酷く面倒臭く揉めてる声が聞こえてくる……。ていうか、これ樹貴の声? 樹貴の声じゃないよね? なんて淡い期待を抱きながら、カーテンを開けて外を覗くと……。


「だから、お前何度も言わせんなマジで。そんなに俺が高校生の女の子と一緒に出掛けてて不自然?」

「超不自然。背伸びしてる中学生みたい」

「その人を見た目だけで判断して自分の常識以外を認めない感じこそ、自分を社会人だと思ってるバイト学生みたいだけどね」

「やっぱりかよ! ちょっと待った!」


 結局、樹貴が揉めてて慌てて間に入るしかなかった。


「大沢、あんた目を離したら一々、誰かと揉めてないと気が済まないわけ!?」

「あ、上野。……うん、やっぱり似合ってると思う」

「ーっ……い、いいから!」


 ニヤけるな、自分……と、吊り上がりそうになる頬を慌てて抑える。


「にゃっ……な、なんであんたはそう揉めるの!」

「俺から絡んだんじゃないしー。店員さんが俺のこと高校生って信じないから。……てか、もう行こう。こんな失礼な店員がいる店にいたくない」

「え、ち、ちょっと……!」


 てことは……これ、買えないのだろうか? せっかく褒められた服なのに……いや、別に褒められたとかどうでも良いけどせっかく褒められた服なのに……や、だから褒められたとかどうでもよくて……!

 なんて、いつのまにか勝手に一人で言い訳と弁解を繰り返していると、樹貴は何かに気がついたように目を丸くすると、意外そうな顔で言った。


「何、もしかしてこの服気に入ったの?」

「えっ? あ……ま、まぁ……」

「買っていくなら、別の店にしたら? ちょっと高いし、今月あんまバイト入れてないから厳しいでしょ」


 それはそうだけど……試着までさせてもらって、ひやかしでした、はちょっと出来ない。この服は買わないまでも、何かしらこのお店で買って行きたい……と、少し考え込んでいる時だ。


「あの……もしかして、本当に高校生のお客様でしたか?」

「そうですけど?」

「た、大変失礼致しました! 以前、恥ずかしながら当店で、中学生の男の子が試着室を覗いているようなことがあったので、その……つい、ピリピリしていまして……」


 何の話かよく分からないけど、その覗きと勘違いされた……ということだろうか?


「それなら、せめて万引きGメン的に入店時からチェックしてくださいよ。俺とこいつが一緒に店に入ったら目立つでしょ、結構」

「そ……そうですね」


 自分で言うか、と思っても口にしない。

 そんな中、店員さんが続けて申し訳なさそうな声音で続けた。


「では、その……失礼を働いてしまったので、当店でご購入いただけるのでしたら、そちらの商品30%引きとさせていただきますが……」


 え、ま、マジ……? と、少し嬉しく思う。それなら全然、買っても良いだろう。予定外ではあるが、樹貴が選んでくれた服だし……。

 どうしようか? と、樹貴と目を合わせると、樹貴は頷いて答えてくれた。


「じゃあ、いただきます」

「あ、ありがとうございます……この度は大変、失礼いたしました」

「いえ別にもういいです。上野、着替えておいで。サイズはそれで良いのね?」

「あ、うん」


 そんなわけで、自分は試着室に戻る。まさかの30%引き……ラッキーかもしれない。

 少しウキウキしながら制服に着替え、服を持って外に出る。だが、試着室の外に樹貴の姿はなかった。

 勝手に何処行ったし……いや、あいつの事だ。トイレ、とか言って勝手に動いているかもしれない。

 そう思いながら、服をレジに持っていくと、レジで店員さんと樹貴が話しているのが見えた。

 ……が、自分に気づいた店員さんが声をかけてきた。


「あ、お客さま。商品、お預かりいたします」

「あ、はい。いくらですか?」

「支払いはもうお済みです」

「え?」


 いやお金出してないんだけど……と、思ったのも束の間、樹貴が鞄を持って自分に一瞥する。


「もう行くよ」

「え、いやちょっ……」


 そのままお店を出て行った。待って、理解が追いつかない。なんで? と思っていると、店員さんが教えてくれた。


「彼氏さんからプレゼントです。『揉めたのは俺なのに、俺の買い物以外で割引されるのはおかしい』だそうです」

「ーっ!」


 あいつらしい理屈、と思う余裕がないほど「彼氏」のワードに思わず頬を赤く染めた。


「か、彼氏じゃないです!」

「あら……そうなんですか? 素敵な方じゃないですか」


 中学生と間違えて覗き扱いしたくせに……と、思っても口にしない。

 実際、見た目はアレだけど、中身は悪くない。正直だし、責任感が強いし、物を教える時も厳しいだけじゃないし……それに、妙に義理難いし……。

 黙り込んだまま、キュッと店員さんから受け取った紙袋を抱き締める。

 そんな仕草を見た店員さんが「あら……」と目を丸くして口元に手を添えたのが目に入った。


「と、とにかく違うから! では、失礼します!」

「またのご来店をお待ちしております」


 逃げた。とにかく違う。そんなんじゃない。……ていうか、勝手な真似してくれて……と、なんか八つ当たりに近い感情が芽生えて来た。

 店の外に出ると、樹貴がぼんやりした顔で立っている。


「大沢! レシートある!?」

「あるよ。不備があったら取り替えてもらうのに必要だし」

「払う!」

「いやそれはいいよ。俺が勝手にやったことだし」


 こ、い、つ〜! 本当に人の心を読んだ上で逆手に取ってるんじゃないだろうな、なんて苛立ちが増してきた。


「と、とにかく……奢ってもらう理由がないし……30%割引って言ったってそんな安いものでもないっしょ!?」

「%と割で意味被ってるよ。頭痛が痛いの?」

「〜〜〜っ! 殺す!」

「恩を仇で返す気かよ」


 口が減らねぇ〜! と、イライラが増す。

 そんな中、樹貴はため息をついた後、自分の頭にぽんっと手を置いた。


「……これ、勉強頑張ったご褒美でもあるから。だから、もらってくれると嬉しいかな」

「っ……!」


 ダメだ、本当にこの野郎は……と、怒りでプルプルと体を震わせる。

 ……ホント、口はムカつくけど……でも、なんだかんだ素直で優しい……そう思うと、胸の奥がまた高鳴った。

 もう……ダメだ。認めざるを得ない。こんな男に……女より弱い男に、こんな感情を芽生えさせられるなんて。

 でも……仕方ない。ギャップに負けるなんて、自分は随分と簡単な女だったのかもしれない。


「? 上野?」

「っ、な、何……」

「ほら、行くよ」

「……」


 でも……彼氏にするならやはりもう少し私服を頑張ってほしい。そんなわけで、今日は予定は決まった。


「今度こそ、あんたの服見に行くから」

「? あそう?」

「ほら、きて」

「お、おう」


 手を引いて、樹貴の体力がヘロヘロになるまで店内を見て回った。


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