第20話 学生の打ち上げは合コンの間違い。

 参加することに意義がある、ということわざは、思うに「参加すれば何かしら経験となり糧となるものが生まれる」と言う意味だと思われる。

 何も結果を出すことだけが参加の理由ではない、そこに混ざり、何を見て何を聞き、何を感じたか……それらが意義となる。そして、その意義は必ずどこかしらに転がっているものだ。

 だが、それにも限度がある。


「と、いうわけで、開会式でダウンした俺は、打ち上げには行かない」

「またそうやって……なんでそう、素直に『うん』って言えないワケ?」


 不満げに誘いにきた緋奈を跳ね除ける。周りには既に行く気満々の哲二と朱莉がいるというのに、関係ないと言うようにそう告げた。


「いや、事実だし」

「いいの、そんなの関係ないから」

「あるから。特に見てみなよ、あの後藤の顔。『え、なんでお前も来るの? てか体育祭にいた?』って顔してる」

「ちょっと、後藤。あんたそう言う顔すんなし」


 周りにいた哲二が言われるが、むしろ睨み返して言った。


「ふざけンな。結局、俺が二周したンだぞコラ。こいつがベッドで寝てる間」

「ま、身体なんか鍛えたって意味ないって事だよね。むしろ、頭が鈍りそう」

「テメェは一々、喧嘩売らねェと気が済まねェのか」

「……そういえば、上野はアホ丸出しだったけど、後藤は勉強出来んの?」

「誰がアホだし!?」

「……こいつよりはな」

「適当ほざくなあんたも!」


 やかましいアホ丸出しを無視して、樹貴は問題を出した。


「単細胞生物の中でも、大核と小核を持ち、繊毛に覆われている一般的な微生物は?」

「ゾウリムシ」

「……思ったよりアホじゃないんだ」

「今のは常識だろ」


 意外。学校サボってたくせに……なんて思っている少し後ろで、ヒソヒソ声が聞こえる。


「……小野ちゃん、今の分かった?」

「え? そりゃ勿論……あ、いや分かってないよ」

「だよねー。超むずいし今の……うぐっ、後藤のくせに……」


 若干一名、わかっていない奴がいたが、解かれてしまった以上は仕方ない。


「わーったよ……どこで打ち上げ?」

「まぁ、大沢が復帰したばかりってこともあって、前みたいにボウリングみたいな体を動かすとこは、やめにしよってなったから」

「上野にしては賢明だな。褒めてあげよう」

「殺すよほんと」

「今回は、映画になりました」


 映画、と聞いて、少しだけ樹貴は胸が踊った。悪くない……何せ、割と映画は好きだから。特に、アメリカのヒーローモノとか大好きである。


「良いけど、ムカつくサイコパス系と恋愛系とアニメの実写化は嫌だよ俺」

「テメェ、一人だけ寝てたクセに何を贅沢ほざいてンだコラ」

「て言うか、日本のほとんどダメじゃんそれ……」


 哲二と緋奈から袋ダメ出しが入ったが、樹貴はどこ吹く風。その後で、朱莉が付け加えた。


「大丈夫、海外のヒーローものだから」

「じゃあ行く」

「お、何。好きなん? ヒーローモノ」


 意外、と言わんばかりに緋奈が反応して来た。


「ヒーロー……というより、海外の有名な映画が好き。俺、ミーハーだから有名なのしか見ないし」

「分かるわー」


 時間と金が取られるのに、面白くなかったら嫌だ、と言う保守的な考えだ。無駄な時間は基本的にぼーっとして過ごしたいから「新たに面白い映画」を探す冒険に出る勇気は無い。


「じゃあ、行こっか」

「みんなポップコーンとか食べんの?」

「そんなお金ないし。ああいうとこの高いじゃん」

「てか、劇中に便所行きたくなったら最悪だろ」


 なんて話しながら現在、クラスで一番目立つグループは教室を出た。


 ×××


 さて、映画館に到着し、四人はチケットを購入した。

 チケットを眺めながら、哲二がポツリと呟いた。


「映画、17時10分からか……終わった頃、さっさと帰ンねェと補導されンな」

「後藤くんって、前々から思ってたけど真面目だよね」

「アン?」


 そんな呟きに片眉を上げると、後に続いて緋奈が頷いた。


「そりゃそうっしょ。そいつ高校デビューだし」

「アア!?」

「前、学校サボるのに悪っぽさを感じてたもんね」

「テメェ……大沢、ブッ殺すぞコラ」

「プハッ、その程度で罪悪感感じるとか、小物感丸出しじゃん。爆笑」

「今ナンつった上野コラァッ!」

「声デカい。あんま注目されることしないでくれる?」

「テメェ……!」

「ま、まぁまぁ、落ち着いて。映画まで20分くらいあるし、ゲーセンとか行かない?」


 朱莉が間に入る事で、一度喧嘩は止まる。

 映画館の下のフロアにゲーセンがあるので、そこに足を踏み入れた。

 緋奈的には、ゲームセンターなんてプリクラセンターでしかないのだが、このゲーセンにプリクラはない。

 その為、興味が惹かれるものはないわけだが……何となく、樹貴を見ていた。あいつならよく分からないものに興味を持ちそうなイメージがあるから、そっちに興味があった。


「大沢、あんた何か興味あるものとかないん?」

「ない」

「嘘でしょ。フィギュアとかあんた好きそうじゃん」

「もう欲しいもんは全部取ったから」


 この野郎、予定通りにいかない奴め……と、思ったが、諦めずに聞いた。


「どれ取ったん?」

「あれ」


 指差す先にあったのは、美少女フィギュアだった。夏だからか水着で巨乳の女の子が、わざわざ胸の谷間でギターのネックを挟んで抱えているあざとい奴。そもそもなんで水着でギターを持つ必要があるのか。


「……」


 ……そして、それをよく、女である自分に言えるものだ、と少しイラついてしまった。


「変態」

「? なんで?」

「そんなに大きい胸が好きなワケ?」

「分かる、分かるぞ大沢。男はそうだよな?」

「いや、俺このギターの塗装がゲーセンの割にしっかりしてたから欲しくなっただけ。顔もペラペラじゃないし、背中の肩甲骨も割とクッキリしてて出来良かったから。お前と一緒にしないで」

「テメッ……!」

「やっぱ後藤ってそういう奴だよねー」

「テメェまでほざいてンじゃねェよ!」


 なんて話をしている中、朱莉が横から樹貴に声を掛ける。


「大沢、クレーンゲームうまいの?」

「いや、欲しい奴はいくらかけても取るってだけ。そんなに手慣れてるわけじゃないよ」

「あ、じゃあさ、とって欲しいのがあるんだけど!」

「断る」

「出たよ……」


 やはり断っていた。まずは断らないと気が済まないのだろうか?

 喧嘩を途中でやめて耳を傾けていた緋奈も少し引いていると、樹貴はすぐに説明を始めた。


「いや、だって金はどうすんの? お前のもん取るんだからお前が出すのが道理だけど、ここのクレーンの強弱によってはいくらかかるか分からないし、もしかしたらアキバとかで買った方が安いかもしれないし、金が発生する以上、いい加減な仕事は出来ない」


 本当に、無駄に義理堅い奴である。……とはいえ、気持ちは分かる。お金の問題は後々にまで続く事もあるし、こう言うとき覚えているのは払った方だ。

 実際の所、緋奈は前のグループにいた時、前川裕子に3,000円貸しているが、未だに帰ってきていない。


「うぐっ……た、たしかに……」


 朱莉も頷かざるを得ない様子で呟いた。結論は出た、と言うように樹貴はすぐに言った。


「そんなわけで、俺ちょっとアーケードの方見てくるから。とりあえず、入場5分前にここ集合で良い?」

「単独行動!? ちょっ、待てし……!」


 慌てて樹貴を追おうとした時だ。緋奈の後ろで哲二が朱莉に声をかけたのが聞こえた。


「小野、俺が取ろうか?」

「え? いや、いいよ……いくらかかるか分からななのは確かでしょ?」

「いや、全額俺が出す。それなら文句ねェだろ」

「えっ、そ、それはちょっと申し訳ないような……」

「今回、テメェにゃ散々、あのバカ二人との喧嘩に仲裁に入ってもらっちまったし、このくらい良いだろ」

「あー……じ、じゃあ……お願い」


 そっちはそっちで二人行動!? と、顔を向けるが、さっさと行ってしまった。

 ていうか、朱莉と二人行動なんて許されない。止めないと……ていうか、哲二があんな風に他人に気遣うなんて珍しい。もしかして……と、思ったりもしたのだが……でも、樹貴も放っておけないし……。


「ああもうっ!」


 仕方ないので、今は樹貴を追った。あいつを捕まえて、また引き返せば良い。

 なんとか追いついて声をかける。


「大沢、待てし!」

「なーにー?」

「単独行動はダメっしょ! みんなで遊んでるんだから……!」

「? みんなで遊んでる時、人類は磁石になるの?」

「なんでそう変な返し方すんの!? ちょっとこっちも返しづらいっつーの!」

「別に各々、好きなように楽しめば良いでしょ。後で映画は一緒に観るんだから」


 それはその通りなわけだが……今まで、前のグループで遊んでいた時は、ずっとみんなで集団行動が当たり前だった。

 何となく、暗黙の了解で一緒にいないといけなかった気がするが……そんなこともないのだろうか? 確かに集合時間は決まっているわけだし、逸れる心配もないわけだが……。


「……アーケードも代わり映えしないなー、やっぱ、今時ゲーセンなんて来ても……」

「ちょっ、だから勝手に行くなって!」

「別に俺についてこなきゃ良いじゃん。幼馴染と同姓と一緒にいた方が楽しいでしょ」

「っ……」


 なんだろう、言われてイラッとしたのとドキッとしたのがほぼ同時だった。なんでこいつは人の気持ちを勝手に決めつけるのか、と言うのと、自己評価の低さがやたらと目立った気がして。

 前はこいつが友達いないのは当たり前で、自分も関わりたいと思えるような人種ではなかった。

 ……だけど、なんか逆に思えてきた。正直者に限った友達ができないのはおかしいんじゃないかな、と。図星を突かれて怒るような人間にはなってはいけない気がしてきた。

 だから……ちょっと勇気を出してみた。後ろから樹貴の腕を握り、キュッと強く掴む。


「待ってっての!」

「あ、あのゲーム楽しそう」

「そして聞けっての!」

「何さ」


 やはり……正直過ぎてもムカつくが……でも、少なくとも目の前のこいつが、今まで自分が友達になってきた人間の中で、一番誠実であることは間違いない。

 こんな事……馬鹿正直に言うのは恥ずかしいが……馬鹿正直な人間なら受け入れてくれる、そう思って、大声で言った。


「アタシ、今日はあんたといたい!」

「? 好きにすれば?」

「……」


 ……受け入れてくれたけど、やっぱりなんか違うううううう! と、頭の中が真っ赤になる。なんで受け入れられたのに恥ずかしくなるのか。やっぱり素直すぎる人間は腹が立って仕方ない。


「あの、痛いんだけど……腕。肘から下、取れちゃうよ?」

「るっさいザコ」

「ザコ……? なんかやたらとしっくりくるな」

「だってザコじゃん。……ほら、いいからどのゲームやるって言ったん?」


 さっさと話を逸らすことにした。どんどん恥ずかしくなるから。ついでに、一緒にゲームをやることもアピールしておく。


「これ」


 言いながら指を指されたのは、ゾンビを撃つゲームだった。


「うーわ……」


 苦手だ。こう言うゲーム……何せ、ホラーが苦手だから。その上、銃のゲームも照準を合わせるのが苦手だし……正直に言うとあまりやりたくない……。


「アタシ、見てて良い?」

「え、やる気だったの?」

「……」


 二人プレイできるゲームを選んでおいてこの態度である。頭に来た。苦手なゲームがなんのその。


「やる」

「え?」

「アタシもやるから!」

「良いけど。そんな簡単じゃないよ?」

「いいの!」

「分かった。じゃあ俺が上野を守るね」

「……」


 ゲーム以外で聴きたかった、そのセリフ……なんて思いながら、二人で銃を乱射した。


 ×××


 一方、その頃。クレーンゲームの筐体の前で、哲二は朱莉が欲しいと言っていたものを見た。


「……何これ」

「水鉄砲! ハボック型の!」

「……ハボック?」

「EPEXっていうゲームに出て来るアサルトライフル。カッコ良いんだよ。当てづらいけど」


 少年のような目をしている……と、少し困る。こいつ、意外とゲームをやるのだろうか?


「好きなンか。こういうの」

「いや、正直、最近はゲーム自体にはあんま興味ないんだけど……でも、やってた時にこの武器はカッコ良いなーって思ってたんだ。当てづらいけど」

「当てづらいのはわかったよ」


 意外だ……正直、この子の方が樹貴よりよっぽど生態が読めない。良い子なのは分かる。喧嘩の仲裁、なんて面倒なことを毎回引き受けてくれる。

 その上、服装や髪型が派手でギャルっぽい割に、耳にピアスの穴とかは見えない。

 好きな事はオシャレ……のように見えるが、こうしてゲームとかやってるし……なんだろう、この子。


「取れる?」

「任せろ」


 ま、とりあえず今はこっちだ。やるべきことを見据えないといけない。

 どうせ取らないといけないのだ。序盤から500円突っ込み、一回分増やした。

 結構、箱は大きいので、取るのは苦労しそうだが……まぁ、こう見えて、クレーンゲームは得意だったりする。


「……よっ、と」

「えっ」

「ここをこう攻めて……こうか?」

「あれっ」

「よし、ハマった。あとは、角を攻めれば……」


 それはもう、順調に景品は傾いていく。

 確かに、緋奈の言う通り自分は高校デビューだ。だから、去年はバイトとヤンキーっぽい行動のためにゲーセンやら喧嘩やらに明け暮れた。

 と、言うのも……女は悪ぶってる男が好き、なんて言う子供みたいな理屈でグレたからだ。

 残念ながら、喧嘩もゲーセンも極めてしまい、女どころか男にも恐れられて友達さえ出来なかったが……そのもう片方、ゲーセンは今、役に立ちそうだ。


「よっしゃ」


 最後に引っかかっていた角をジワジワ攻め続けた挙句、ようやく獲得した。掛かった金額は1,000円の上、三回分余ってしまった。


「最後、100円ずつ入れりゃ良かったな……ほれ」


 手渡した直後だった。朱莉は、それはもう瞳をキラキラと輝かせた満面の笑みで景品を受け取ってくれた。


「す、すごいじゃない! あなた、クレーンゲーム得意なのね!?」

「っ……お、おう……」


 こんなに素直にお礼を言われたのは初めてだった。その上、口調がなんか急に女の子らしいものになり、その見た目と口調のギャップから目を逸らしてしまう。


「こっ……壊すなよ……」

「壊さないわよ。私を原始人か何かと勘違いしているのかしら?」

「ア?」

「あ、いや嘘ですごめんなさい……」


 ……堂々としたと思ったらすぐヒヨるとこもちょっと可愛……変だ。

 でも、これだけ喜んでくれると金払って取ってあげた甲斐もあったと言える。


「どうだ? 満足か?」

「うん」

「じゃ、袋貰ってくるわ」

「あ、待って。アタシも行く」

「りょかい」


 二人でサービスカウンターに向かった。この箱、それなりに大きいし、手で持つには邪魔だ。

 ……ていうか、持ってあげた方が良いかもしれない。


「寄越せ」

「え?」

「持ってやる」

「ありがとー。……でも、なんか……こう、お世話になりっぱなしなのは嫌だし……代わりに、アタシにも何かさせて?」

「え、いやいいわ」


 ていうか、女はこういう時、ずっと甘えてくるものだと思っていた。自分も彼女を作るためにいろんなサイトを見てきたが、荷物持ち、会計、車道側歩き、ありとあらゆるもの森羅万象の全てを男にやらなければならないもの思っていたから。最近は知らないが、昔の緋奈なんて結構、その節あった。何かあれば「男のくせに」とか言ってたし。

 やはり……朱莉は、他の女とは違う気がする。


「後藤くんは、何か欲しいものないの?」

「ア? まァないこともねェけど、なンで?」

「今、取り方は見てたからね。アタシが取って差し上げよう」

「いや、やンのは勝手だが、そンな簡単なもモンでもねェぞ」

「大丈夫、アタシ人の真似するのは得意だから」

「……」


 大丈夫だろうか……と、不安になったが、とりあえず袋だけもらいに行ってから、欲しいものがあるかどうかを見て回った。


 ×××


 さて、15分後。四人は再びエスカレーターの下に集った。


「よし、揃っ……え、小野ちゃん、どうしたん?」

「……別に」


 あまりにもがっかりした表情で佇んでいたので、思わず気になってしまった。

 濁されてしまったが……まぁ、大体わかる。


「後藤、あんた何やったし」

「俺は止めた。700円を過ぎたあたりで」

「は?」

「もう八月までお金使えない……」

「七月始まったばっかじゃね?」


 何があったんだろうか……と、気になるところではあったが、その前に樹貴が口を挟んでしまった。


「いいから、さっさと行こうよ。映画」

「うん……そうしよう」

「アア、イヤな事件だったンだよ」


 あの哲二が、疑われたことにノータッチで目を逸らしている……と、少し冷や汗を浮かべる。

 とりあえず、これ以上は朱莉が一番、話したくなさげだったので、スルーしてエスカレーターを上がった。

 そのまま入場。飲み物も高いのでやめておく。席順は朱莉、哲二、緋奈、樹貴の順番。女性陣は真ん中になった。


「そういえば、小野ちゃんはそれ景品?」

「うん。後藤くんが取ってくれた」

「あんたゲーセンのゲームとか得意なわけ?」

「去年、割とやってたからな」


 知らなかった……と、意外そうな顔で哲二を見る。でもまぁ、友達がいない人はそう言うとこで暇を潰したりしているのかもしれない。


「お前は何してたンだよ? ゲーセンで」

「アタシ達は刑務所でゾンビを駆除してた」

「アン?」

「大変だったんだよ? 途中で味方だと思ってた奴が裏切ったり、ヘッドショットしないと倒せなかったり……大沢がいなかったら勝てなかったと思うし。ねぇ?」

「……えっ? 何が?」

「あんた少しは会話に混ざれし!」

「ごめん、予告見てた。次はソース見に行きたいなって」

「そこ真剣に見るとこじゃないでしょうが!」


 興味の対称が相変わらず人と違う……と、少し困っている時だった。

 反対側の隣から、哲二が声を掛けてきた。


「え、てかお前ら一緒にいたの?」

「え?」

「ね。大沢のあの感じだと別々でいるんだと思ってた……正直、アタシゲーセン内見ながら緋奈のことも探してたし」


 そんな意外だろうか? と、少し困っている時だった。その自分の隣から、樹貴が声を発した。


「うん。なんか急に顔真っ赤にしながら『今日はあんたといたい!』とか宣言されたんだよね。好きにすりゃ良いのに」

「「えっ」」」

「はいタンマ。……あんたちょっと耳貸して」

「え? 人の耳は着脱可能じゃな……」

「いいから貸せ」

「ぎぇっ」


 首に腕を回し、強引に引き寄せた。そのまま耳元で囁くように告げる。


「余計なこと言ったら殺す」

「よ、余計なこと……? 事実を言うなって? でも事実が余計なことになるとどれが余計なことになるのか分からないから、会話に混ざれないよ?」

「つまりそういうこと」

「……」


 会話に混ざるな、という事だ。この馬鹿に会話させると何が起こるか分かったものではない。

 だが、黙らせて終わりではない。言ってしまったことは、他二人に筒抜けなのだ。


「何々!? ドユコト!?」

「お前ら付き合ってんの!?」

「違う! 何でもない!」

「じゃあ好きなの!?」

「お前が男を!?」

「うるさい違う黙って!」


 慌てて弁解してる時だった。若干、劇場が暗くなる。いよいよ本格的に予告が始まる時間だ。


「ほ、ほら……静かにしないと……もう始まるし」

「まだ予告だろ」

「だから予告が。世の中には予告で品定めする人もいるんだから、黙ってた方が良いよ」

「え、そんな人いるの?」

「いるの! 前川とか!」

「そ、そうなんだ……」


 嘘ではない。あの女は割と面倒臭い性格していて、この時間で話してると文句を言われる。そんなに映画が好きなら前もって調べれば良いのに。

 さて、半ば強引に黙らせたあと、ひとまず自分も予告を眺める。次のMARBEL映画はマイティ・ソースの四作目かー……なんて思いながら、ふと隣を見た。真顔で予告を見ていたので、なんとなく真面目に見ているように見えてしまった。

 ……そういえば、樹貴はどのくらいMARBEL映画を見ているのだろう? 気になったので聞いてみた。


「……大沢、MCUの映画ってどれくらい見てんの?」

「……」

「……ねぇ、大沢」

「……」

「……聞いてる?」

「……」


 返事がない。もしかしてあなたも品定め派? と思うほど。

 だが、やがてスマホを取り出した樹貴が文字を入力すると画面をむけてきた。


『会話すんなって言われた。』


 ……いや、確かに言ったけど、と半眼になる。もしかして、真剣に見てるんじゃなくて拗ねてる? と、冷や汗が浮かぶ。


「……もういいから」

『何が良いの?』

「会話しても」

『事実を話すと余計なことになっちゃうんでしょ?』

「……アタシが悪かったです」


 よくよく考えれば、事実を詳らかに話す樹貴にとって、あの会話を他人が書いたらどう思うのか、なんで分かるはずがなかった。自分が美少女水着フィギュアを持っていることさえ平気で話せる男だ。


『もう会話して良いの?』

「アタシとならね」


 わざわざ確認まで取ってから、改めて口を開いた。変なとこ慎重な男だ。


「……で、何?」

「いや、だからMCU作品は今まで何見てきたのかなって」

「全部」

「へぇ……好きなの?」

「うん。好き。名前があるキャラが無意味に死んだりしないし……何より、みんな正しいと思ったことを行動に出してるから、カッコ良いんだ」

「ドユコト?」

「だって、日本……というか、現実だと自分が正しいと思ったことをすると叩かれるじゃん」


 それは……そうかもしれないが、緋奈から見れば樹貴も同じな気がする……いや、なんなら樹貴はヒーローに憧れてこういう性格になったのかもしれない……なんだか、そういうとこ割と可愛いかもしれない。

 さて、そんな話をしている時だ。映画館がさらに暗くなる。本編が始まった。


 ×××


 さて、映画が終わった。樹貴と朱莉はそれぞれトイレに向かった。

 その間に、緋奈は哲二と待機。

 しかし……ヤバかった。樹貴の奴……まさかの、実写ホラー映画は苦手だった。その為、ビックリ要素があるたびに肩を震わせ、隣にいる自分の手を握り、ビクビク震えてしまっていて……その上、まさかのヒーロー虐殺タイムがあり、もう樹貴の中の地雷を踏み抜いていた。


「……はぁ」


 ……ため息が出るほど可愛かった……と、朱莉の頭には正直、映画より隣の樹貴のことしかなかった。

 あんなの卑怯だ。いや、確かに頭に弱すぎるくらいの泣き虫だし、ホラー要素に弱くても分からなくはないが……。


「上野」


 そんな中、後藤から声が掛けられた。


「……何?」

「お前、大沢の事好きだろ」

「……はっ!?」


 急な確認に、思わず一瞬、間を空けてから声を漏らしてしまった。


「な、何言ってんの急に!?」

「いや、見てりゃ分かるわ。映画の時も大沢のこと見てたし、なんか映画始まる前にカミングアウトされてたし」

「ち、違うっつーの! あり得ないし……じ、自分より背が低い男を好きになるとかないから!」

「あいつの売りは中身だろ。空気も嫌われることもボコられることも恐れないでものを言える度胸……アレに助けられりゃ、気持ちは分かるけどな」


 恥ずかしさで顔が真っ赤になる。変な所で鋭さを発揮しやがって……と眉間にシワが出来た。なんだこの男、偉そうに。


「あんただって小野ちゃんのこと好きっしょ!」

「……アア!?」


 今度は向こうが顔を真っ赤にする番だ。でも残念、バレバレだ。


「ち、違うっつーの!」

「違くないし。見てれば分かるから。あんた、好きでもない女の子のために自腹切ってゲーセンでお金出すような男じゃないでしょ」

「っ……き、気まぐれだ!」

「それに、そっちこそ体育祭の練習中、たまに小野ちゃんのこと目で追ってたし、明らかに小野ちゃんにだけ優しいし……!」

「違っ……!」

「違くないから! 残念でした!」


 ぐぬぬっ、とお互いにメンチを切り合う。とにかく、だ。このまま認めるわけにはいかない。この男には、そんなことを知られるわけにはいかないから。

 お互い、大きく口を開き、そして怒鳴り合った。


「アタシは大沢なんて全然、好きじゃないから!」

「俺は、小野なんてまったく好きじゃねェから!」


 そう告げつつも、だ。

 お互いに確信があった。こいつは確実にアレらのことが好きだ、と。

 だから、哲二は決めた。この女を樹貴の彼女にさせ、ドチャクソに揶揄ってやる、と。

 そして、緋奈も決めた。この男にだけは朱莉はあげないし、振られさせてドチャクソに揶揄ってやる、と。

 仁義なきバカ達の戦いが、幕を開けた。


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