7月20日

エピローグ

 快晴である。

 暑い。いやさ、熱い。

 我々人類を焼き焦がさんばかりに燃ゆる太陽が、地表を灼熱地獄へと変えているのである。


「お゛はよ゛ーリコ」


 いつもの通学路。溶け出しそうなアスファルトを這いずるように歩いていると、背後から今にも消えてなくなりそうな弱々しい声が聞こえた。


「おはようミーコ。今日も地縛霊みたいだね」

 後ろを振り返れば、夏バテで痩せ細った親友が、ふらふらと彷徨い歩いていた。いや、彷徨ってはいないが。通学中だし。

 細い肩から今にも鞄がずり落ちそうである。


「う゛う。どうして夏って毎年来るの? 去年も来たじゃん。今年はもういいじゃん」

「夏コミを開催するためじゃないかな」

「それな」


 ミーコのサークルは、今年は残念ながら落選してしまったので、逆に購買欲が燃え上がっているのだ。灼熱の太陽、何するものぞ。

 今年は私も売り子の手伝いしなくて済むなぁ、なんてことを考えつつミーコとだらだら通学路を歩いていると、後ろからタッタカタンと軽快な足音が近づいてきた。



「おっはよーございまーす、リコ先輩!」



 おさげ髪がぴょこんと跳ねて揺れた。

「おはよう矢杉さん。今日も無駄に元気だね」

「あ、ミーコ先輩もおはざーす!」

「ぅす」


 あの日。

 私はジンさんを止めた。

 流石に寝覚が悪くなりそうだったしね。

 

 止めるのはいいとして、どう落とし前をつけさせるのかが問題だったけど、そういう言い訳と屁理屈をこね回すのはオタクの得意分野だ。

 まあ、それも大したことじゃない。よくあるパターンですよ、例によって。


『この人、新型の人工怪異らしいんですよ。研究するのに生け捕りにしませんか』


 その技術は、まだお披露目前の段階だったのだ。の人たちの勢力図なんて知ったこっちゃないけど、技術を売り込む先を探してるなら、相手に拘らなくてもいいじゃないか。ついでに過去のお父さんの取引相手の情報も一緒に売り込んじゃおうよ。

 要は、司法取引だ。


 当然そんな提案があっさり受け入れられるわけもないし、矢杉さんがしでかしたことの罪を消し去るわけにはいかないけど、矢杉さんは大体一週間くらい学校を休んだだけで、普通に登校するようになった。何があったのか、みんな教えようとしてくるけど私は頑として聞かなかった。関わりたくないで~す。

 ま、ついでに私の刺繍の護符も定期的に卸してあげる契約したから、それもポイントに加算されたかもね。


 ちなみに、昏睡状態となっていた生徒たちは、みな普通に復学している。

 矢杉さんも元々そのつもりだったらしい。

『え、ユースケ先輩寝たきりだったの? へえ。もうちょい寝てればよかったのに』とはミーコの言。

 ついでのついでに言っておくと、あれだけ騒ぎを起こしたファミレスも、建物一つを崩壊させた大立ち回りも、全然ニュースにも噂にもなっていない。業界最大手というのはホントのところなんだろう。隠蔽工作は完璧なのだ。折角だから、矢杉さんもそういうところと契約したほうがいいんじゃないかな。


「じゃあリコ先輩。また放課後!」


 そう言ってブンブン手を振って走り去っていく小さな背中を見送る。


「リコ。なんか懐かれてるね」

「人徳よ。人徳」

「そっか。優しい後輩なんだね。大事にしなよ」

「はいはい」

 まあ、彼女も色々苦労してるんだろう。父子家庭なのに父親が服役中とか、ちょっと想像つかない。事情を知ってて、頼れる相手。私を勧誘したかったのは本心だったんだろう。

 その後、すっかり機能を制限された場吉氏は普通の専業主夫みたいになって、たまに私も絶品パスタをご馳走になってる。

 


 そして。

 私はいつも通りの日常に戻った。


 何故か学校に残ってる紫村くんとは教室で目を合わせないようにし。

 お昼休みはクーラーの効いた用務員室に押しかけてジンさんにお茶をねだり。

 放課後は手芸部で吉根先輩に甘え、矢杉さんに甘えられる。


 そうそう。

 こういうのでいいんだよ。


 収入源もできたし、バイトもシフト減らそうかなぁ、なんてことを考えつつ、私はその日も例によって教室に忘れ物をし、一人で夕暮れの校舎をぺたぺたと歩いていた。


 そして。


「やあ。君が刺繍の製作者だね。はじめまして。僕は日角ひずみ伊刈いかり。アカリやコンがいつも世話になってるね。実は、君に折り入って頼みごとがあってね。不躾を承知で待たせてもらってい――」

「人違いです!!!」


 逃げろ逃げろ逃げろ。

 話を聞いたらまた流されるまま巻き込まれてしまう!


 私たちの戦いはこれからだ! とかじゃないから!


 もうおしまい!!


 お疲れ!!!

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