第68話 ファンタジー掌編を書いてみよう その3 『万化杖のロコ』

 眩く光る満月の下、王都に続く街道を一人の女が歩いている。女は巡礼者の黒いローブを身に纏って、身の丈ほどの長さの杖を突いていた。杖は灰色の石のようなものでできていて、一定の間隔で竹に似た節が付いている。

 女は夜道を歩き続けた。俯いていて、その顔は影に隠れている。しばらくすると、女は辻に行き当たった。辻には王都への距離と方向を示す里石がある。女はそこで初めて足を止めた。

「ハァア……聖騎士崩れの男たった五人で、わしを殺ろうというのか。シュカの坊やにも舐められたものだ」

 女は鈴を転がすような声で言った。前に向いた顔が月光に晒される。女の褐色の滑らかな肌が月光を照り返す。女の瞳は、瞳孔が縦に割れ、光彩が黄金に光る龍瞳だった。

「ロコ様、シュカ帝はあなたを王都に近づけるなと我々に命じました。どうか、お引き取りください」

 虚空から声が響いたかと思うと、景色が歪んで、五人の黒騎士たちがにじみ出るように姿を現した。黒騎士たちはそれぞれに剣や戦斧、槍や盾などで武装している。

「ほう、そうか。お前たちの言うことなど聞いてやる義理などないから、わしは当然抵抗するが……。お前たちはどうする」

「残念ですが、力づくで」

 大盾と槍を持った黒騎士がそう言うと、黒騎士たちは一斉に武器を構えた。ロコと呼ばれた女は、鼻で笑った。

「お前たちはなにもわかっておらんのだろう? わしが王都に向かう意味も、坊やがそれを拒絶する意味も。わしのこの杖が岩樹の枝で、お前たちに勝ち目などひとつもないことも」

 ロコは杖を両手で持って、黒騎士たちに先端を突き付けた。すると、杖に刻まれた古聖字の呪文が黄金に輝いた。そして、それが帯となりまるで吹き流しのように宙へと浮かびあがった。古聖字で出来た幾本もの黄金のリボンが、夜風に吹かれて宙を泳ぐ。

 とうに失われたはずの古魔法を目の当たりにして、黒騎士たちは一瞬どよめく。しかし、大盾持ちの黒騎士が槍で盾を叩くと、黒騎士たちは気を取り直した。

「手品に惑わされるな。行くぞ!」

 その声と同時に、黒騎士たちはロコ目掛けて吶喊した。まず、両手剣を持った黒騎士が、正面から突っ込んでいく。

「ほう、威勢がいいのう。では、『剣』」

 ロコがつぶやく。すると、古聖字の帯が杖の左右を覆うように変形して、両刃を象った。

「おおっ!」

 黒騎士が両手剣を振り下ろす。ロコは大剣となった杖でそれを受けた。宙に浮いた古聖字の帯は、刃としての実体を持っていることに、黒騎士は驚愕した。

「ハァ……これくらいで驚いてどうする。『槌』」

 古聖字の帯がまた変化する。杖の先端に帯が球体を象った。いきなり、古聖字の帯が失われ、黒騎士が体勢を崩す。

「潰れろ」

 ロコは大槌となった杖を振り下ろした。黒騎士はそれをモロに受け倒れ、黒い甲冑ごと地面と大槌に挟まれて潰された。

 仲間の死に怯むことなく、戦斧を持った黒騎士と、両手に片手剣を持った黒騎士が、ロコを左右から挟むように突っ込んでくる。

「『双刃剣』」

 古聖字の帯が杖の両端に刃を形作る。ロコは二つの刃で黒騎士たちの攻撃を受け、二方向からの攻撃を巧みにいなした。一瞬の隙を突いて、刃が黒騎士たちの首を落した。

「はあっ!」

 斧槍を持った黒騎士が振り下ろしをかます。ロコは杖の中ほどでそれを受けた。

「『鎌』」

 古聖字の帯が杖へ垂直に刃を付ける。ロコが鎌となった杖を振るうと、黒騎士の首が落ちた。

「まだやるか?」

 ロコがそう言うと。最後の黒騎士は武器を地面におとした。

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