第56話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その14 『生命眼球』

 大陸横断リニアの到着を待つ間、私は駅のカフェで暇をつぶしていた。コーヒーとドーナツのセットを頼むと、ドラム缶に車輪を付けたようなデザインの配膳ロボがやってきて、注文の品をテーブルに置いた。コーヒーを一口飲んで、ドーナツを一口かじる。どちらも、可もなく不可もなくと言った味だ。

 ちょうど、ドーナツを食べ終わった頃に、一人の女性が私に声をかけてきた。

「すみません。相席してもよろしいですか?」

「構いませんよ」

 私はドーナツの包み紙を懐に回収していった。女性は私の向かいに座った。

 女性はテカテカと光るエナメル・コーティングの白ジャケットとタイトな白ミニスカートを着ていた。ショートボブの髪も白く脱色されていて、褐色の肌によく映えている。両腕のデザイナーズ義手も当然白く、琺瑯めいた質感をしている。徹底したカッティングエッジ・コーポスタイルだ。

「助かりました」

 女性は会釈して、テーブルにシート型端末を広げた。その瞬間、女性の右目で、エビが跳ねるのを見た。色調がシンプルに統一されている女性にあって、ただ右目だけが、複雑な色の輝きを誇っていた。女性の右目は、ごく小さな水槽になっていて、中に水草が生え、その合間を小エビたちが泳いでいた。

 私はまだ生きている生き物を利用したインプラントを見るのは初めてだった。凄まじく独創的だ。私は思わず女性に言った。

「その右目、素敵ですね」

「ああ! ありがとうございます」

「どこのブランドでしょうか?」

「いえ、この右目は自分で設計したものです。インプラント・デザイナーをやっていまして……これは仕事でなく、趣味として自分の技術向上のために作りました」

「はぁ~、フルスクラッチですか。どうりで見たことがないわけだ。素晴らしい作品だと思います。作品名は?」

「『生命眼球ミニ・アクアリウム・アイ』と名付けました。そのままですが」

 女性がそういったところで、私の腕に着けた腕時計型端末がピピと鳴った。リニアに乗る時間が来てしまったようだ。

「ああ……もうリニアに乗らなければならないので。これで失礼。楽しい時間でした」

「ええこちらこそ。最後にこれを」

 女性はシート型端末を指で撫ぜた。すると、腕時計型端末に女性の電子名刺が送られてきた。女性はにっこりと笑った。

「ご縁があれば、またお会いしましょう」

「ええ、ぜひ」

 デザイナーとしての自分の売り込みまで完璧な女性に、私は感銘すら覚えた。私は会釈をして、カフェを去った。

 こんな旅の序盤から、いい出会いをした。この旅は良い旅になりそうだと、私は思った。

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