第53話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その13 『ケリドノプサロ』

 ケリドノプサロが来る、と仲間に言われて、私はなんのことだかまったくわからなかった。誰かの名前か、インプラントの商品名だと思った。ただ、企業に雇われて、現金輸送車を護衛していたときだったから、ケリドノプサロはとにかくなにかヤバいもので、警戒が必要だということは察することができた。私は装甲車の機銃席で身を固め、一層周囲を警戒した。増設した四眼で、前方後方、左右を確認したところで、ケリドノプサロは上から来た。

 これはあとから知ったことだが、ケリドノプサロというのは、スフェリコン・アームズ社製のハンドロンチ式マイクロミサイルのことだった。ケリドノプサロはギリシャ語で「トビウオ」という意味だ。スフェリコン・アームズのケリドノプサロには、しなやかで強靭なポリマー製の安定翼が付いていて、本当にトビウオに似ている。上手い名前を付けるものだなと思う。

 当時の私はそんなことは知りもしなかった。無警戒の頭上から突っ込んできたケリドノプサロは、私の脳天に直撃した。

 ケリドノプサロにはいくつかバリエーションがある。私が食らったのは、対人用のHE弾だった。もし、あれが対物用のHVAP弾やHEAT弾だったら、私は即死していただろう。私のC/Cコンポジット製頭蓋が、致命的な爆風や破片の類を防いでくれたのだ。しかし、当然ミサイルの直撃を食らって無傷とはいかない、私は重度の脳挫傷で、生死の境をさまよった。

 一か月後、私が目覚めたとき、私の脳みその20%は機械に置き換わっていた。医者は、あなたは運がいい、と言った。でも、これ以上幸運だとは限らない。身の淵方を考えなさい、とも言った。私はその通りだと思った。

 しばらく休暇を取るつもりで、私は傭兵稼業から一旦手を引き……そのまま、戻ることはなかった。命を失うことにいまさら怖気づいたとか、そういうことではない。以前の私は、粗暴で破壊と暴力を好む人間だった。しかし、いまの私は、かつての私が興味を持っていたことに、まったく楽しみを見出せなくなっていた。なんというか……あのケリドノプサロの一件を経て、私は別人のように「いいひと」になっていた。

 もう、戦闘用のインプラントすら煩わしかった。私は、普通の人間がしてるようなインプラントに乗り換え、普通の人間がしているような職に就いた。いま、私はカフェの店員として働いている。人当たりも良く、接客がキビキビしていると評判だ。

 戦いから身を引いて、私はそれなりに幸せだった。ただ、どうしても気になってしまうのは、私の変化は明らかに脳を一部機械で置き換えたことにあるということだった。私の脳みそは80%は元のままだ、しかし、失われた20%の方に、私を私たらしめるなにかがあったのではないかと、どうしても考えてしまう。

 私は私のままなのだろうか。それとも、私はあのとき死んでいて、いまの私は機械で腐敗を防いでいるサイボーグ・ゾンビに過ぎないのか。その答えは、まだ、出ていない。

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