第49話 アクションシーンのないファンタジー掌編を書いてみよう その3 『金のたまご』
俺は金のたまごを産むニワトリを二十羽飼っている。金のたまごと言っても本当の黄金ではない。見た目が金色なだけで、あとは普通のニワトリのたまごと変わらない。昔、本当に黄金で出来たたまごを産むものだと勘違いして、行商人から大枚叩いて買った六匹を増やしたものだ。あのときは大損をしたが、たまごの輝き自体は本物の黄金と遜色ない。俺はたまごの殻を使って、工芸品を作ることを思いついた。
昔から手先は器用な方で、農具の修理は自分でやっていたし、子どもの頃は暇なときに煮炊きに使った薪の炭でいたずら書きをしては親父に怒られていた。それらが、いまになって役に立った。俺は金のたまごの殻で小物入れを作った。これがなかなか好評で、週一で運河の朝市に持っていくと飛ぶように売れた。儲けで絵具を買って、たまごに絵を描いてみたら、もっとよく売れた。
俺はたまごの工芸品を売るだけで、いつの間にか家族を食わせてやれるようになっていた。二人の息子を学校に行かせてやれたのは、俺の誇りだった。
ただひとつだけ、俺には悩みがあった。後継者問題だ。この金のたまご細工を俺一代で終わらせるのはあまりにも惜しい。しかし、息子たちはまったくたまご細工に興味がなく、そもそも、センスもなかった。どうしたものかと悩んでいたら、ある日、くたびれた格好をした青年が俺の工房にやってきた。
青年はダンと名乗った。市場で見た俺の作品を見て惚れ込み、弟子入りしたいということだった。彼には職がなく、俺には後継者がいなかった。俺はダンを弟子にすることにした。
俺はダンにすべてを教えた、質の良いたまごをニワトリに産んでもらうための世話の仕方から、たまごの殻の性質とその加工の仕方まで。ダンは俺の言うことを乾いた手ぬぐいのように吸収し、あっという間にいっぱしの作品を作るようになった。俺は大変感心し、ときおりダンに工房を任せるようになった。
街に出て行った長男に会いに行って、帰ってきたある日、俺が工房に行くと、ストックしてあった作品がすべてなくなっていた。泥棒に荒らされたという感じではない。作品だけ綺麗になくなっている。まさか、と思って売上金を一時保管していた隠し金庫を開けてみると、中がすっからかんになっていた。この金庫を開けられるのは、俺とダンだけだった。ニワトリは無事のようで、俺は胸を撫でおろした。
裏切られたことへのショックよりも、ダンの才能がふいになってしまったことへの惜しさの方が俺の中では大きかった。ダンがあのままたまご細工を続けていれば、歴史に残るような傑作を作ったに違いないのだ。それに比べたら、一時の金などどうでもいいことだった。金のたまごを産むニワトリと、俺の両腕さえ無事なら、いくらでもやり直せる。
俺はまたひとりで作品を作り続けた。ひとりで使う工房は広々としていた。また弟子を取ろうとも思ったが、ダン以上の人物が来てくれるとは思えず、踏み切れないでいた。
ダンが居なくなって数週間後、硬く決意を決めた青年が俺の工房に入ってきた。ダンだった。ダンは床に這いつくばるように頭を下げて、謝罪した。どうやら、ダンが金や作品を盗んだのは、彼の母親の治療費を工面するためだったらしい。俺はダンと信用関係を築けていなかったことを悔いた。
そして、俺たちはまた二人で作品を作るようになった。ダンの腕前はメキメキとあがり、俺を超える日も近いだろう。
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