第33話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その6 『ネオンピンク、ブルー』

 埠頭から見る街は光り輝く山々のように見える。ピンクと青のネオンサイン……光を絶やすことのない高層ビル群と空中投影されたホログラムが織りなす景色は、荘厳で安っぽい。もう夏は終わったはずだが、陸の方から生暖かい風が吹いてきて、どうにも額に汗が滲む。俺が懐から煙草を取り出して咥えると、ヨウが火をつけた。

「叔父貴が死んだのもこんな夜だったよな。ヨウ」

「はい。そうでした」

 いまとなっては、ヨウは叔父貴の忘れ形見だ。叔父貴が俺を育ててくれたように、俺はヨウを育てた。銃の撃ち方からネクタイの締め方まで……ヨウは俺にとって、実の弟も同然だった。

「あの日、俺はすっかり浮かれてたよ。なんせ、特A級電子ドラッグの太い取引だったんだからな……。上手く行きゃ、ちょっとした企業の年度予算並みに儲けられたはずだ。だが、ありゃあ罠だった。取引先にサツが張り込んでて、組の実行役は一網打尽……叔父貴は最後まで抵抗して射殺された」

 ヨウは俺の話を静かに聞いていた。俺が教えた通りのポーカーフェイスだった。

「組の中に裏切り者が居たはずだ。だが、見つからなかった」

「服毒自殺したハシモトが裏切り者だったと決着したのでは?」

「状況からしてそう思いたくなるが……タダシは組を裏切るようなタマじゃねえ。それに、あいつは自殺したんじゃなく、殺されたんだ」

「どういうことです?」

「昨日、やっと検察の検視結果を手に入れられた。あいつの腹の中には確かに毒物のカプセルが入っていたが、それは、死後にねじ込まれたものだった。だが、検察はヤクザもんの死の真相なんぞに興味はない。タダシは自殺したことにして、この件は闇に葬られていたわけだ」

「本当の死因はなんだったんです?」

「おそらくは、耳の裏に刺さったマイクロニードル……つまり、お前の得物だな」

 俺がそういうと、ヨウの右の義眼からマイクロニードルが飛び出してきた。繊細な中空構造に、たっぷり致死毒をため込んだ産毛ほどの針。それが額目掛けて飛んでくるのを、俺の強化視野はしっかりと捉えていた。

 思考加速装置を起動させる。時間がゆっくりと流れる。俺はマイクロニードルを身を沈めて躱し、ヨウへと踏み込んだ。拳を振りかぶると、ヨウの顔が恐怖にゆっくりと歪みはじめた。裏切り者の末路を悟った哀れな男の顔を、俺は思い切り殴り飛ばした

 ヨウの頭は180°回転しつつ、砕けた顎の破片を振りまいた。頸椎が砕ける間延びした音を俺は聞いた。

 思考加速装置を切ると、軽いめまいと共に、時間の流れが元に戻る。ヨウの死体がどちゃりと音を立てて、コンクリートに叩きつけられる。

「すーっ……ふぅ……」

 俺は深呼吸してから、ヨウが火をつけてくれた煙草を一口吸った。街の方を見てみると、輝かしい街並みは滲んでいて、みっちりと咲く朝顔の花のように美しく見えた。

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