第27話 現代劇を書いてみよう 『奇行』
俺は今日一日中、ゴキブリのマネをしていた。昨日、三時間の格闘の末に、ゴキブリをラップの芯で粉砕して、俺は思った。一体どこから、ゴキブリが入ってきたのか。俺は昨日外に出ていないから、おそらく玄関から入ってきた訳ではない。というか、俺が外に出るのは、週一の買い出し・ゴミ出しの月曜日だけだから、この5日間は一度も玄関は開いていないことになる。
ゴキブリの侵入経路が、いくら頭を捻ってもわからない。これは、ゴキブリの気持ちになるよりほかないと思った。俺は腹ばいになり、カサコソと床を這いまわった。
まず気づいたのは、床が思ったより汚いということだ。絨毯の模様で誤魔化されていただけで、埃やらなにやらが散乱している。とにかく、毛がたくさん落ちている。この一年、俺以外にこの部屋に入った人間は居ないから、これはすべて俺の体毛なのだろう。俺は俺の毛深さを呪った。
俺は一旦ゴキブリのマネを中断し、床をコロコロで掃除した。見るもおぞましいことになった粘着テープをゴミ箱に捨て、また、ゴキブリに戻る。そして、気が付いた。いま俺はとんでもなくおかしなことをしている。
職を失って一年。貯金を食いつぶしながら暮らしてきた。他人と話すのはレジでだけ。友人とも家族ともほとんど接点を持たず、俺は孤独だった。だが、まったく苦ではなかった。一年間、「はい」「カードはいいです」くらいしか話さなくとも、俺はなんの苦痛もなく生きている。俺は孤独を愛していた。
ゆえに、『孤独に狂った』というのは行き過ぎた誇張表現だろう。『一年間の無職孤立生活が、もともと仮初だった社会性を引っぺがし、真の自分をむき出しにした』のだというべきだ。
そうだ。これが俺なのだ。土曜の晴れた日に、自室の床で這いつくばっているこの姿。これこそが、外聞を排した俺の素のありようなのだ。俺は生まれて初めて自分に向き合った気がした。
俺はそのまま、一日ゴキブリで居た。飯やトイレや風呂のときは、さすがに立った。そして、気が付いた。玄関のドアの下にわずかな隙間がある。俺は通れないが、本物のゴキブリなら通れるだろう。俺は深く合点した。一日ゴキブリのマネをした甲斐があったというものだ。
俺は次の月曜日、ゴキブリの忌避剤を買って、玄関に置いた。ゴキブリが部屋に出没することは無くなった。
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