第211話 採掘
ポイントを決め、振り下ろすピッケル。
探すのは珍しい鉱石で、どうしてもそれを手に入れなければと気持ちが焦る。
それを手に入れられなければ全てが終わってしまう。
これが最終試験。もう、後が無かった。
この世界は石によってランクが定められている。
そう言うと実に奇妙だと思われるのは仕方が無いだろう。
簡単に説明すると鉱物によって付与される能力というものがあり、それらを手にすることによって職業が定められると言うことだ。
一般的なパワーストーンと呼ばれるものから、中々耳に馴染まない特殊な石まで。その種類は実に様々で、それの大きさや加工の具合によって引き出される能力の個体差は変わる。
だからこそ、一般職とは異なる特殊な職業が流行るのだろう。
彼らは採掘屋と呼ばれ、石を掘る事を生業としている。今必死にピッケルを振り下ろしている彼も、そんな採掘屋の一人だった。
そんな採掘屋の彼には夢があった。
それはとても些細なもので、人によっては簡単に叶える事が出来るものである。
だが、彼にしてみればその夢を叶えるには、人並みの努力では足りない状態で。だからこそ、彼は必死にならざるを得なかった。
何故そうなってしまったのかは彼の生い立ちに関係している。
彼の家は決して裕福とは言えない家庭だった。
両親とも学ぶと言う環境は義務止まりで、学が無いと言えば分かりやすいだろうか。
その為安定した職業に就くことが出来ず、父親は日雇いや短期の契約雇用、母親もパートタイムに出る事で家計を支えていた。
それでも彼らは決して不幸だったというわけでは無く、笑顔の絶えない家庭だったことは付け加えておく。それは偏に彼らのおおらかな性格によるものではあるが、子どもの頃はそれが当たり前だと思い疑問に思うことは少なかった。
思春期に入ると流石に、彼自身も周りと自分の置かれている境遇の差に不満を感じるようになる。
人類みな平等だと口では幾らでも言えるが、実際は明確に測る基準のある格差社会。資本が無ければ裕福な生活を営むことなど難しく、底辺と呼ばれる生活から這い上がるためには並大抵の努力などでは追いつかないことの方が現実なのだ。だからこそ彼は必死になって働き、学を得るために学び舎の戸を叩いた。
知識さえあれば階級を上げる事が出来る。そう信じて止まなかったのは大学を卒業するまでの話。
ただ。実に皮肉なことに、彼にとっての不幸は大学を卒業するその年に就職システムが大きく変わったことにあるだろう。
学歴社会に突如終止符が打たれたのは、鉱石が人の能力に及ぼす影響についての論文が公開されたことに起因している。その論文は始め非現実だと小馬鹿にされていたもので、当然誰からも注目をされることは無かった。
だが、偶発的に起こった爆発事故により、石と人間の能力の関係が証明されたことで一気に脚光を浴び、早急に検証が成された結果、人の持つ潜在能力の可能性が見直され能力別の雇用形態が大幅に見直される事となった。
そうなってくると慌てるのが学問を選択していた者達で、今まで頭に詰め込んできた知識が配給される標準石で必ず評価されるとは限らない。
そのため、安定した職業に就いていた者たちが職にあぶれ、階級のカーストが大幅に変わってしまった。
そこで目を付けたのが鉱石の種類である。
確かに石はその人の潜在能力と密接な関係があるが、鉱石の種類によって能力の引き出され方は大きく異なっている事に気が付いた人間が、我先にとより良い鉱石を求めて採掘に走り始めたのが切っ掛け。
こうやって爆発的に増えた採掘屋という職業は、今じゃ一攫千金を狙う一大ビジネスにまで発展していた。
大きな山さえ当てられれば大金を手に入れられる。
それはリスクしか無いギャンブルととっても良く似ている。
スリルを味わいたいならばそれで構わないだろう。
だが、生活がかかっている人間からしてみれば、そこに足を踏み入れるかどうかは死活問題に直結していた。
彼がそのリスクを背負う事を決めたのは、彼に取って大切だと思えるかけがえのない相手が出来たからだ。
一生を共にしたい相手。そんな存在があるからこそ、彼はどうしても金を手に入れる必要があった。
金運に昔から縁の無い彼からしてみれば、本当に憑いていないとしか言い様が無い。それでも、それを逆転させなければ望んだ幸せを掴むことは難しい。
真面目に働けば得られる金額かもしれないが、悠長なことを言ってられる状態では無かったため、敢えてリスクの高い方法を選ばざるを得なかった事が悔しくて仕方が無い。
しかし、そんな彼にもたった一つだけ。幸運なことが存在している。
それは彼が貴重な鉱石の出る鉱脈を見つけることが出来るということだ。
その才能があるのならば、直ぐにでも大金を手に入れることが可能なのではと疑問に思ったのは当然だろう。だが、そこは神様も融通を利かせてはくれなかったようで、貴重な鉱石は採れる量が少なく、どれだけ希少価値だろうがそれを調度品や装飾品として加工出来る程の大きさを確保する事が難しいのだ。
よって、喉から手が出る程欲しいが、使い道にとても困るものとして、その鉱石は利用価値を模索中となってしまっている。
だからこそ彼は焦っていた。
加工が可能な大きさの貴重な鉱石を得る事が出来なければ、採掘権が今季限りで剥奪されてしまうためである。
洞窟に響くのは岩とぶつかる堅い鉄の音。少しずつ岩盤を削り出し、その中に閉じ込められている鉱石を慎重に掘り出していく。
やっとの思いで採掘し終えると、今回ばかりは神様も彼に微笑みかけたらしい。加工が可能な大きさどころか、これ一つで幾つかの装飾具を作る事が可能な量の鉱石を彼は漸く手にすることが出来た。
そのことに安堵し胸を撫で下ろすが、これで話が終わるほどシンプルなものでもない。
問題はまだ継続している。
彼が手にした希少価値。
それを鑑定所に持ち込むまでが彼の仕事。
ここから先は、ハイエナのように忍び寄る数多の手からこの鉱石を守り抜かなければならない。
それでも彼は諦めないだろう。
たった一つの大切な装飾具。それを寄り添いたいと願う人に贈るまでは諦めたくない。
薄暗い坑道の中。彼はゆっくりと息を吐き出す。
しっかりと仕舞った鉱石の重さを確かめ、彼は静かに歩き出す。
手に持ったのは一本のピッケル。
もしかしたら今度は、岩盤では無く別のものに振り下ろす事になるのかもしれない。
そんなことを考えながら、彼は真っ直ぐに探鉱の出口へと向かい進み始めたのだった。
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