第210話 信頼
信頼しているだなんて、嘘つきも良いところだ。
結局、言葉でいくら着飾っても、その心までは測れない。
人の本音なんて目で確かめられない分、どうしても読み間違える事も多い。
でも、それが間違いだと言われても、その答えなんて誰も教えてくれないだろう?
「大丈夫だって。信用してくれて良いから!」
そう言ってテーブルの上に広げられたのは一冊のパンフレットである。
「この情報ってさぁ、これから絶対反響が大きくなる注目株で、将来性は超期待していいんだって有名なんだぜ」
言葉巧みに提示されるサービスは今流行の情報売買に関する物で、如何にプライバシーを守りながら有益な情報を取引していくのかというのが注目されている案件である。
情報という目に見えないものを商材として扱う以上、機密の漏洩は避けたいところ。ましてや個人情報の取り扱いは取り締まりが日に日に厳しくなるのだから、常に気を張り続けていなければならない。
それでもそれで一山当てようよと持ちかけてきたのは、十年来の付き合いがある仲の良い友人で、彼は悪びれも無く胡散臭い内容のパンフレットを広げると、「一緒にやらない?」と声を掛けてきたのだ。
「うーん……でもなぁ」
正直に言えば、この話が本当に安全ならばこの提案に乗っかりたいという気持ちはあった。
実のところ俺の生活は今、とても苦しい状況に追い込まれている。そのため、どうしてもお金が稼げるという話は魅力的に感じてしまうのだ。だからと言ってリスクを冒したい訳では無い。だからこそ大きく気持ちが揺らいでしまう。
本来ならば疑わしいと思った時点で断るというのが正しい選択なのだろう。
「大丈夫、大丈夫! 絶対損はさせねぇぁからよ!」
それでも長い付き合いの友人である事と、彼がここまで自信を持って熱弁を繰り返すのだからという油断はあったのだと思う。結局、相手にゴリ押される形で自分も関わることになってしまったのは、契約書の控えを手渡された時に覚悟を決めるしか無かった。
始めの頃は何もかもが順調に進んでいたように思う。
彼の言った通り懸念していた問題は起こる事が無く、感じていた不安は少しずつ解消していくにつれ、手に入れた金額の大きさに気持ちが大きくなっていくのも当然で。
こんなにも簡単に利益が産み出せるのならばと警戒心が薄くなるまで時間はかからなかった。
だが、上手い話には常に裏があるものだ。いつまでも良い事が続くなんて、そんなことが有るはずも無い。
少しずつ傾き始める運が転落するまでに掛かる時間はあっという間。気が付けば、後戻りが出来ない程大きな責任と問題が目の前に突きつけられてしまっている。
そこから逃げたいと言う気持ちはあるが、逃げるための方法が分からない。
結局どうすることも出来ずに抱えた負債について、俺はどうして良いか分からず発狂してしまった。
一人で抱えるには大きすぎる問題を混乱した頭で処理するにはどう考えても難しい。
だからこそ無意識に弱音を吐き縋り付いてしまったのだろう、彼に。
ただ、彼はそんな俺を受け入れる訳では無く突き放してきた。
それに対して俺は、無意識にこう思ってしまったのだ。「裏切りやがったな」と。
考えてみれば見え方なんて片側からの視点しか捉えることは出来ない。
人の心なんて目に見えない具体性の無いことなのだ。理解しようと思っても、その形はその時々によって形を簡単に変えてしまうのだろう。
その言葉を信じた自分が悪いのか、その提案をしてきた相手が悪いのか。その真意を問うことは実に難しい事だと理解はしている。
ただ、それでも。
言葉というものがあるのだから、ぶつかり合って正すと言うことはしたかったのにと、そんな風に思ってしまう。
今は完全に切れてしまった関係性。
床に落ちる赤い雫をぼんやりと眺めながら、その悔しさに思わず嗚咽を零し奥歯を強く噛んだ。
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