第202話 別れ

 ひとたび交わる道が永遠に一つだとは限らない。

 人の運命は流れゆく時の先に在るもので、川の流れが読めないように分からないものだ。

 だからこそ人は選択を繰り返す。

 常に最善の結果を得ることを願いながら。


 手にしたのはたった一本の剣だった。

 それは酷く錆びつき、刃こぼれも酷い。

 戦うための武器としては余りにも心許ないその見た目に、何度も不安を感じてしまう。

 それでもその剣を手放す事を考えたことは無い。


 生まれ育った環境は、決して恵まれているとは言えないものだろう。

 命こそ失う事は無かったが、それでも生きていく事が決して楽だったというわけでは無かった。

 善悪を尺度で測れるほどの余裕なんてものは無く、生きる為にやらなければならないことなど数え切れない程存在している。

 それが当たり前でそれ以外は考えられない。だからこそ、強い力を渇望したことは否定しない。

 見上げれば天高く聳え立つ輝かしく美しい都。

 底と呼ばれるスラムからは、その光景がいつも、憎々しげに映っていたものだ。

 それでも層と呼ばれるプレートのせいで、底から這い上がることはとても難しかった。

 結局は、与えられた環境が己に定められた運命。そうやって諦めなければならない事など、この世にはごまんと存在している。それでも足掻き続けようと決めたのは、単純に悔しくて仕方が無かったからだろう。


 転機が訪れたのは本当に偶然の出来事だ。


 都を支える層の一部が破損したという放送がスラム全体に響き渡る。

 安全の観点から直ぐに該当エリアは封鎖され、層の修復のために作業員の求人が出されたのはそれから数時間後の話だ。

 生活に困っているスラムの人間ならば、支払われる給料の高さから直ぐに飛びつくだろう。どうせ使い捨ての人間なのだ。危険が伴っても仕事が欲しい。そんな風に思われているのは分かっている事。実際、そうやってこの求人に飛びつく者は後を絶たず、条件に見合う者は全て作業員として雇用し連れて行かれてしまった。

 ただ、その切符はやはり片道分しか存在しない。

 支払われた給料が本人の手に渡ることは無く、作業が完了しないという理由により、実際に家族へと支払われた金額は微々たるものである。

 それでも不満が言えないのは、事故エリアの層以外で都に昇る手段が見つからないからだ。


 幸いにも、この工事の作業員として紛れ込めたのは実に幸運なことだったのだろう。昼は真面目な職員として働きつつ、夜になると様々な調査をと奔走する。そうやって見つけ出したのが都に入るための扉。

 いつの間にか周りには、同じ志を持った仲間が数人。それを破るタイミングを、今か今かと待っている。


 社会構造のシステムが崩壊したのはそれから数ヶ月後の話で、起されたクーデターにより都は混乱に飲まれていく。

 美しかった建物は瓦礫へと代わり、着飾った人々は恐怖を浮かべながら逃げ惑う。

 今まで反乱など起こった事の無い平和な世界は、ほんの小さな罅が入っただけで面白いくらいバラバラに崩壊してしまう。

 そうやって勝ち取った勝利に掲げるのは、錆び付いて輝くことを忘れた一本の剣。


 これで自由だ。


 誰もがそう思っただろう。

 そして、それを疑う事をしなかったはずだ。


 だが…………それはほんの儚い幻。


 いつの間にか分かつ道は、各々の行くべき先へと真っ直ぐに伸びる。

 どこまで辿ろうが二度と交わることの無い互いの道。

 そうやって変わる各々の運命が、これから始まる悲劇の序曲だとは気付きたくも無かった。


 必要な分かれと訪れるべき結末。

 その先に待つものが例え、全ての終わりだとしても、再び剣を握ることを躊躇わないだろう。

 抱いた信念を曲げることはしない。


 例えその先に激しい後悔が待っていたとしても、選んだ選択肢はただ一つ。なのだから。

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